第24話 公爵家ペット頂上対決とお客様
「殿下、最近インクの減りが異様に早かったり、羽ペンも先がボロボロになってたりするんですけど、なんでか知りません?」
ハムスターがファンネル家に来てはや一週間が過ぎた。その間城の公式発表では王子は病気で臥せっていることになっている。
「知らん。私はこの姿だ。書き物などできぬ」
「ですよねえ」
二人はいまお茶を楽しんでいる。ノックの音がして執事のテイラーが入ってきた。フェリシエルに客だという。王子はほっとした。
予告なくはじまるフェリシエルのおままごとや着せ替えごっこに付き合わされ疲弊していたのだ。やっと解放される。
サテンシルバーの王族ハムスターの首のまわりには美しい紫紺のリボンが巻かれていた。首の後ろでちょこんと可愛くリボン結びにしてある。これは動物虐待だから、やめてくれと何度言っても鳥頭にはつうじない。
「殿下最高にクールです」
といって身悶えるばかり。溺愛もここまでくると戦慄する。フェリシエルは変態なのでは? と思う今日この頃だ。
「でんちゃん、ちょっとお待ちくださいね」
執事と部屋を出て行くフェリシエルを見てほっとした。
フェリシエルが用意してくれた。ぬるい薄めのお茶を飲むと王子は一息ついた。体の小さなハムスターが火傷をしないように気を使ってくれている。カフェインも取り過ぎはよくないと何かと口うるさい。
一緒に暮らす前は、大雑把な令嬢かと思っていた。しかし、彼女は驚くほど王子の好みを知っていて、気遣いがこまやかだ。なぜあれを素直に表に出せないのかと思う。しかし、下手に表にだして、いまさら男からモテるとか面倒だから、やっぱりいいやと王子は思った。
しかし、人一倍、責任感の強い彼女がなぜ婚約破棄したがっているのかがわからない。彼女も貴族だ。気に入らないというだけでそんなことを言い出したりしない。てっきり思い合う相手でもできたのかと思ったが、彼女は猫を溺愛し、領地にこもりたがった。解せぬ。
また生活を共にしてみると、公爵家は家族関係も良好で彼女は家族だけではなく、使用人からも愛されている。婚約破棄したがっているのは、いっときの気まぐれやわがままとは違うのだろう。
徒然なるままに思索にふけっていると、唐突に後ろから殺気を感じた。ハムスターが素早くよけた瞬間鋭い爪が空をかく。
「シャー!」
王子は部屋の中をとっとこ走りながら、襲撃者を視認する。
「貴様! ミイシャ」
「なあごぉ」
ミイシャの金色の瞳がハムスターをロックオンする。
「やはり、まだフェリシエルに付き纏っていたか」
王子は猫の追撃をかわしつつポーン文机からチェストに飛び移りかけぬけた。助走をつけて、一気に鳥籠のうえに跳躍する。ハムスターにはありえない運動能力。フェリシエルには鳥かごまで一挙にジャンプできるのは秘密だ。猫がさっきまで王子のいた文机に登ろうとしている。
王子は鳥籠を大きくゆすり、その反動で空中に躍り出た。丸くなって、くるくると回転をつけると猫に鞠のように体当たりする。
猫はたまらずとばされ、床に落ちた。
文机にすくりと立ち、無様にも床に転げ落ちた猫を見下ろす。
「ふん、貴様、誰の使い魔だ?」
「しゃーー!」
ミイシャが毛を逆立てハムスターを威嚇する。王子はチッチッと立てた指をふる。
「そう、いきりたつな。確かにいまの私は、魔法はつかえない。しかし、知識と特殊能力さえあれば魔術はつかえるのだ。調子に乗るな、小童。この私を相手にマウントをとれると思うなよ」
ハムスターが右手をぴんとあげると、魔法陣が床に浮かび上がってきた。実はフェリシエルが寝たあと絨毯の下にせっせと書いていたものだ。羽ペンが地味に重くて疲れた。
(お気に入りの羽ペン、駄目にして済まない。今度プレゼントするからね、フェリシエル)
一応、あの鳥頭は婚約者であるから、彼女を守らねばならない。王子はそのために襲撃に備えていたのだ。
「フハハハ!獣よ。我に従属するがよい!」
ミイシャが赤い光の帯につつまれた。
「ふんぎゃあ!」
猫が断末魔を上げる
「かかかっ! 満月にしか人型になれぬ猫風情が、ネズミをなめるなよ!」
◇◇◇
ファンネル家のペットたちの間で死闘が繰り広げられている頃、フェリシエルはサロンで客を迎えていた。
「申し訳ありません。フェリシエル嬢。こんなときに。あなたはいつも元気な気がして」
「あらあら、私なら大丈夫ですよ。すっかり元気になりました」
「殿下の意識が戻られましたからね。順調に快方に向かっているそうですよ。ただ、まだどなたにもお会いできませんが」
かれこれ一週間公爵家に居ついているが、側近たちには何と言っているのだろうか。フェリシエルは不思議に思った。あの王子のことだ。きっとうまい言い訳でもしているのだろう。
「それで、今日はどのようなご用件ですか」
「ああ、いえ、今日はフェリシエル嬢にお見舞いという事で」
「本当は何か相談事があるのですよね」
「図星です」
済まなさそうに、モーリスが頭を下げる。
「なんですの? もしかしてメリベル様のことですか」
「ええ、まあ」
きまり悪そうだ。
「せっかくですから、お聞きしますよ?」
「いえ、それが、メリベルが、殿下がけがをして、すっかり食欲もなくなり気落ちしているときいて、元気づけようと話し相手になっていたのですが、いつも泣いていて」
「はあ、それでどうやって元気づけようかと、私に相談しに来たわけですね」
なるほどメリベルに夢中な彼らしい。
「しかし、あなたにお会いして……。こんな用件できて申し訳なかったと。心中お察しします」
「えっ? いえいえ、私なら大丈夫ですよ」
フェリシエルがそう答えたとき、モーリスのつけていたサファイヤのブローチがチカッと光る。微弱だが、魔力の波動を感じた。何かの魔道具だろうか? フェリシエルは首を傾げる。
「そんなに、憔悴しきっているのに、あなたは気丈にふるまわれている。私は無神経なまねをした自分が恥ずかしいです」
家族も使用人も誰もそんなこと言わなかった。ただいつもよりとても甘やかしてはくれていたが……。あらためて痩せてしまった自分の腕を見た。
でも、いまはハムスターがそばにいるから、ご飯がおいしい。
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