第15話 意趣返し

 フェリシエルは久しぶりに街に出た。王都は活気があってそれなり楽しい。彼女は今町娘の扮装をして、この界隈で一番大きな市場に来ていた。護衛が街に馴染むような姿で彼女を守っている。


 フェリシエルはお目当てのハムスターを扱っている店を見つけた。乙女ゲームの世界だけあって、この世界でもハムスターはペットとして飼われていたのだ。そのほかにも異国からきた多彩な愛玩動物たちがいた。

あのサテンシルバーを見てからはどうしても飼いたいという欲求を抑えることが出来なかった。もちろんミイシャもかわいいが、子猫は気まぐれでフェリシエルの前に現れないときもよくある。


 子猫とハムスターの組み合わせは危険な気がするが、きっと頑丈なゲージに入れれば大丈夫だと都合よく考えることにした。それに本人曰く神獣だし。


 鼻歌交じりに店を見て回ったが、ミイシャを超えるかわいいハムスターは見つからなかった。残念に思いながら、市場を歩いていると金の素敵な鳥かごが目に入った。店主に聞くと鉄製のかごに金メッキが施されているという。かなり頑丈なものだ。


 この瀟洒なデザインの鳥かごならば部屋の装飾にもぴったりだし、上からつるすタイプだからハムスターも安全だろう。フェリシエルは迷わず購入した。


 その次、気になったのがハムスターの回し車だ。前世の断片的な記憶にはあるが、この世界にはないらしい。フェリシエルは図案を書いて工房に特注した。そして濃紺色の手触りの良い布と小さな籠を買い求めた。

それから使用人達に焼き菓子の土産を買い、帰りの馬車に乗り込んだ。


家に着くなり、部屋に籠ると彼女は裁縫を始めた。 

 お茶を入れるために、ヘレンとセシルが入ってきたので、ちょうどよかった。フェリシエルはひと息つくついでに彼女たちに土産をわたした。書類仕事が多いヘレンにはフェリシエルおすすめの書きやすい羽ペンを、最近好きな人ができたというセシルには彼女のブルネットの髪に映える銀の髪飾りを渡した。市場で目についたら買っておいたのだ。


 いつもは買い物に付き添って来る二人だったが、最近物騒なので彼女たちは置いていって、代わりに護衛騎士を増やしていた。


 ファンネル公爵家では買い物に出たとき、ちょくちょく使用人に土産を買うことがある。フェリシエルには取り巻きはいたが、友達はいなかったので、これがこの国の貴族には珍しい習慣だという事を知らなかった。他家の貴族はしない。強いて言えばモーリスのいるオーギュスト侯爵家がときどきやるくらいだった。


 ヘレンもセシルも気づいていた。フェリシエルが以前よりも彼女たちに心を砕いて土産を選んでくれていることに。




 ◇◇◇



 お茶会の日がやってきた。最近茶会という塞ぎがちだったフェリシエルが今日は上機嫌だ。ヘレンもセシルも首を傾げたが、いつものように地味な色合いのドレスがいいなどとうるさく注文をしてこないので、光沢のある水色のふんわりとした生地で縫われたフェミニンなドレスを着せた。髪は半分あみこんであとはゆるくカールする。


 きつさが少し和らぎとても可愛らしい感じの仕上がりだったが、フェリシエルは残念ながら、最近自分の容姿に興味を失っていた。


 


城門に入り馬車がとまるとフェリシエルは大きめのバスケットを持って降り立った。

しかし、驚いたことに城の入口には王子の護衛のエスターがいる。彼は普段ここまで降りてこない。


訝しんでいると彼はフェリシエルのバスケットを見咎めた。ミイシャは驚くほど賢い猫なので通り抜ける自信はあったのだが、エスターがマタタビを出し、あっけなく子猫は公爵家へ送還された。


「申し訳ございません。殿下のご命令で。ペットの持ち込みは禁止になりました」


フェリシエルは文字通り地団駄を踏んだ。王子が回廊から腹を抱えて笑いながら眺めているのも気づかずに。




そして茶会はつつがなく行われた。相変わらず多忙な王子の傍らには白い砂が時を刻む時計が置かれている。


たかだか15分から20分程度の茶会ではあるが、王妃と王子が水面下で主導権争いを繰り広げていた。王子が相変わらずフェリシエルを大切にしているような芝居をするからだ。明らかな挑発だからやめてほしい。


しかし、さすがに第一王子を蔑ろにするような真似はできないので、フェリシエルは面倒くささを感じながらもぐっとこらえ、王子に極力合わせるよう努力した。


そしていつもはぶりっ子のメリベルが、今日はなぜか鋭い視線を向け、牽制してくる。そのうえ、大胆にも王子にしなだれかかった。王妃はその姿を嬉しそうに目を細めて眺めている。フェリシエルは気付かぬふりをしてやり過ごした。むきになって馬鹿を見るのは自分なのだ。多分王子に恋をしていたならば、嫉妬でこうも上手くはあしらえなかっただろう。


そして茶会が終わりに近づくころ、フェリシエルは王子にプレゼントを差し出した。王妃もメリベルも顔を引きつらせていたが、彼女の頭の中は王子を悔しがらせる計画でいっぱいだった。

彼はさわやかに微笑んで、プレンゼントと受け取る。


「昨夜、寝ずに作りました。気に入って頂けると嬉しいのですが」

フェリシエルが屈託のない笑みを浮かべる。


 「フェリシエルの手作り? なにかな」


 王子が好奇心に勝てず包を開けると、小さな籐籠の底にふかふかのビロードのクッションを敷いたものが出てきた。


「ん? で、これは何かな?」

 

 (ふふ、あなたの寝床ですよ、殿下)


 驚いたことに王子の鉄壁の笑顔は崩れない。彼のことだから察しているはずだ。それは可愛い可愛いハムスターのベッドだということを。


「綺麗なジュエリーをいれたら濃紺のビロードに映えるのではないかと思いまして」


(これに映えるのはサテンシルバーの宝石ですよ。ご存じですよね?)


 フェリシエルはわざとメリベルの真似をして首をちょこんと傾げる。これで王子はイライラを更に加速させるはずだ。うっかり腹の底か笑いがこみ上げてきそうになって、慌てて扇で口元を覆う。


王妃とメリベルは、フェリシエルがプレゼントを渡したことに焦りに感じ顔を引きつらせていたが、そのセンスに失笑した。

「あらあら、カフスくらい渡せないのかしら」

 王妃がメリベルの耳元で聞こえよがしに囁き、くすくすと笑う。


 しかし、フェリシエルはそんなことは気にならない。王子に一矢報いた気持ちだった。彼女たちのいる前でこのプレゼントをフェリシエルに突き返せるわけがない。そんなことをすればすぐに不仲説が広まる。


王子は礼を言うと大事そうに籠を抱える。その瞬間、勝ったと思いフェリシエルは会心の笑みを浮かべた。


「そうだね。フェルのいうとおり、綺麗な宝石が似合いそうだ。こんど揺るぎない婚約の証にダイヤを贈ろう。この籠に入れて君の家に届けさせるよ」


 きらきらした笑顔で王子はそう告げると去っていった。後には悔しさに歯噛みする王妃とメリベル、またしても王子にしてやられたフェリシエルが残った。


(揺るぎない婚約とか言っているし、どさくさに紛れてフェルとか呼んでるし。うちの家族は名前を大切にするから、誰も愛称で呼ばないのよ?)



フェリシエルは帰りの馬車ではたと膝を打って、うめいた。


「あの籠返ってくるの? しかも私が宝石おねだりしたふうになってる。うそでしょ? 断罪早まったの、これ?」




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