第11話 イベント2

 どうにも嫌な予感がする。この部屋は長く使われていないのではなかろうか。フェリシエルがそんな感想をいだく。


「殿下、この部屋、少しおかしくないですか?」

「静かに黙って」


 王子が押し殺したような声でいう。フェリシエルはムッときたが黙った。するといきなりグイっと王子に腕を引かれた。


「痛い」


 フェリシエルが振りほどこうとすると、頭を押さえつけられ、跪かされた。乱暴な態度に驚いた。常日頃、言葉はきついがこんな扱いは初めてだ。すると上からぽろりと砂と細かな破片が落ちてきた。次の瞬間、ごごおっと大きな音が頭上からなり響く。

「早く、ここに入れ!」

 緊迫した声で言うと彼はフェリシエルをテーブルの下に押し込んだ。それと同時に部屋に大きな物が落下してくるゴオオオっと耳をつんざくような音が響いた。あまりのことにフェリシエルは本能的に目を閉じ耳を塞いだ。

 やがて大音響が止む。彼女はこわごわ目を開くと辺りを見回した。もうもうとたつ埃の合間から、天井の一部が崩落しているのが見えてぞっとする。


 テーブルの下にいなければ、無事ではなかっただろう。部屋には埃が舞い上がっているので、いまだ視界が聞かない。それでも王子の姿を探した。

「殿下!」

 まさかフェリシエルをかばって崩落した天井の下敷きになっただろうか。そう思うといてもたってもいられない。その時、バタンと扉が開ける音がした。

「フェリシエル、まだテーブルの下から出るな。人を呼んでくる」


 王子の声だ。いつの間に避難したのだろう。フェリシエルとは別のテーブルの下にいたのだろうか? 混乱していてこの部屋の家具の配置を思い出せない。不思議に感じたが、それ以上に命を狙われたことが、ただただ怖かった。


 


 本来ならばその後大公のもとへ挨拶に行く予定だったが、王子と二人急遽王都へ戻ることとなった。


 帰りの馬車の中でフェリシエルはぐったりしていた。今回のことはおそらく事故として処理されるのだろう。だが事故とは信じがたい。あの部屋に二人を案内した修道女はどうなったのだろう。フェリシエルが聞いても答える者はいない。いま修道院の調査をしているらしいが、多分うやむやになる。なんといってもここは大公領だ。下手をしたら事故ごと揉み消されかねない。


「そういえば、フェリシエル。毒入りフィナンシュの件、犯人が気にならないか?」


 王子のその言葉に顔を上げた。

「何かわかったのですか?」

 

 知っているのならば教えてほしい。

「事件の三日後にメイドがひとり姿を消した」

「え?」

「もちろん、事件のあと私付きの使用人は皆厳しい監視下にあった。それにも関わらず消えたんだ」

 ということはメイドが逃げ出せるよう手引きをしたものがいたといことだ。

「それで、黒幕はわかったんですか?」

「まさか、そう簡単にしっぽは出さないだろう」


 だから、わざと自分の身を危険にさらしているのだろうか。だとしたら、それに付き合わされるのはたまったものではない。


「それは、殿下の命を狙っているのは、一人ではないということですよね」

「いやなことをはっきり言うな」

「ええ、言わせてもらいます。私、巻き込まれていますから」

 そう言うと王子が苦笑する。


「まさか、そのメイド、殺されているなんてことありませんよね」

「驚いたな。フェリシエル、メイドの心配をしているのかい」

 王子があざけるように言うのでフェリシエルは黙った。


 結局彼は手の内を明かしてはくれないようだ。彼は簡単には死なないからいいにしてもフェリシエルは王子のような特異体質ではない。

 シナリオ通り断罪まで自分は生きていられるのだろうか。そちらの方が気になった。


 そろそろ、乙女ゲームを頭から追い払った方が良いのかもしれない。同じなのは登場人物とその境遇だけ。明らかにシナリオからそれてきている。


 多分、今回もフェリシエルは王子に助けられたのだろう。だが、全く彼に惹かれるようなことはない。一度醒めた恋というのはこういうものなのだろうかとフェリシエルは思った。自分の命がかかっていればなおさらだ。


 順調に走っていた馬車がゆっくりと停止した。目的地に着いたのだろうか。フェリシエルが窓からのぞくと、馬車は何もないところで止まっていた。


 すると王子の護衛騎士のエスターが馬車までやってきた。この先、がけ崩れで道が塞がれていて迂回路の森を抜けるしかないとのこと、フェリシエルは嫌な予感がした。

 

 異例のことだが、彼女は今回自分の家から侍女やメイドを連れてきていない。すべてを王子付きの者に任せている。何もみすみす公爵家の者を危険に巻き込む必要はないと思ったからだ。その予感が的中した。


 同じ馬車にエスターが乗り込み、出発した。王子は騎士が周りにいるときは、フェリシエルと仲が良いふりをする。しかし、それがエスターの時は別だ。彼を信頼しているらしく、不機嫌なままだ。


「殿下、先ほどのがけ崩れ人為的なものとは考えられませんか?」

「……」


 フェリシエルの問いは見事に無視された。エスターが王子の態度に少し焦りを見せる。馬車の中に気まずい空気が流れた。


 一行は深く暗い森へと進路を変える。

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