琥珀色のソロル 

木乃十平

プロローグ

 そよ風が脱色された髪を揺らした。

 揺れるその髪を、心白は後ろ首あたりで団子にして結ぶ。


「……じゃあ、また来るよ」


 生まれ育った街の丘にある霊園。

 故人となった身内との再会を終えて、心白は愛車のバイクに跨る。

 キュキュキュッ――ドッドドッ、ドッドッ――。

 アメリカンスタイルのクルーザーモデル。

 大型の車体と華奢な体躯の心白は、不思議とミスマッチな雰囲気ではなかった。

 少し暖気運転をしてから、心白は霊園を一瞥して走り出す。

 ドッドドという重い振動を全身で受けながら、暖かい空気の中を往く。


 心白は既に見慣れたものとなって来た道中、街中の僅かな変化を見つけていく。

 生まれ育った故郷の風景に新鮮な気持ちを抱くことが、少し面白い。

 例えば、心白がよく父と食べていたコロッケを売っていた揚げ物屋は、コインランドリーに変わっていたし。決して広くはないがそれなりに遊具があった公園は、遊具が撤去され、ただの広場になっていたり。心白が通っていた小学校の体育館は建て替えたのか、とても綺麗に再建されていた。

 些細な違いは取るに足らないものではあったが、こうして意識してみれば中々、感慨深いものがあるようだ。


 しんみりとした面持ちで、心白はバイクを走らせる。

 あと五キロも走れば自宅に到着だ。

 この一年、色々な街を見て来た心白は、この街は地味で小さな街だなと改めて実感する。

 人も、昔と比べて減ったように感じるし、賑やかだった繁華街も前程の活気はない。だから、


「ちょっとだけ、寂しい……かな」


 心白がそう感じるのは気の所為ではないだろう。

 これまで自覚していなかったが、外の世界を知った事で思いの外、この場所を気に入っていたのだと心白は自覚した。


「――ん?」

 

 ふと、気になった。

 視界に入ったそれは、心白の目を惹き、釘付けにする。

 チェーンの外れてしまった年季の入った自転車に――ではない。

 外れてしまったチェーンを直そうと、手を汚し奮闘する可愛らしい少女に――でもない。


 ――自転車後部に括り付けられた何とも言えない、間抜けで緩く寸胴な、巨大ぬいぐるみに、だ。


 百人居れば百人が、「何それ」と、疑問を浮かべるであろう謎のキャラクターは、全身を雁字搦めにされキツく、めちゃくちゃに縛り付けられている。

 見るも無惨とはこの事か。


「……こっち見んな」


 まるで助けを求める様に目を合わせて来る……ような気がして、ぬいぐるみから視線を外した心白だったが――それはそれとして。

 チェーンが中々直らず困り果て、若干涙目になっている少女を無視し横を走り去ることが、何故か出来なかった。


「ねえ、大丈夫?」


 バイクのエンジンを止め、路肩に停車する。

 駐停車禁止ではないことを確認し心白はバイクから降りて、少女に歩み寄り声を掛けた。

 心白に気付いた少女は助けがあった事に驚いたのか、堪えていた涙が遂に零れ落ちる。

 そして、


「へるぷ、みいい!」

「……うん?」


 何故か拙い英語で泣きつかれた。

 

「チェーンが、チェーンがっ!」

「うん、見れば分かる。ちょっと任せてくれる」

「もっ……勿論です! よろしくお願いします!」


 少し驚いた後、恥ずかしそうに顔を赤くした少女は、心白の申し出を有難く受け入れた。

 少女の反応に不思議そうにしつつ、心白は自転車と向き合う。

 ……妙に自転車に括り付けられたぬいぐるみが気になるが、頑張って意識から逸らす。


「これなら――」


 心白は故障の症状を確認し、直ぐに必要な対策を施す。

 チェーンが脱落しただけだったから簡単だ。


「これで大丈夫」

「凄い! ありがとうございますっ、本当に助かりました!」


 素で驚きを顕に、礼を述べる少女。

 忙しなくお辞儀を繰り返して喜ぶ姿に、心白も悪い気はしない。


「気にしないで。それより、チェーンが外れて直すことも出来ないんじゃ困るでしょ。やり方くらい覚えておいた方がいいよ」

「あっ、そ、そうですよね……ありがとうございます! 覚えておきます!」


 あ……。


 心白はまたやってしまったと、内心で自責の念に駆られた。

 だが少女は、心白の言葉をあくまでも前向きに、大した事ではないと捉えたらしい。

 嬉しそうに、少女は大きく頭を下げた。


「助かりました。本当に、ありがとうございました!」

「いいえ、大した事はしてないし。私はもう行くから」

「あ、はい……」

「……あと、余り無茶な事はしない方がいいと思うよ。それじゃ」

「えっ? あ、待っ――」


 ――ドッドドッ


 少女の静止の声は、バイクのエンジン音に掻き消される。

 

「まっ、待ってくだ――」


 後ろから追って来た少女の声は心白には届かず、ガコンッと。ギアを一速に入れて、心白は少女の居ない道路側を後方確認し発進する。

 

「……行っちゃった」


 少女は走り去って行く心白の背中に、熱っぽく潤んだ瞳を向け、ぼうっと立ち尽くすのであった。

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