ブレイン・フラワーガーデンの記憶

ペアーズナックル(縫人)

ブレイン・フラワーガーデンの記憶

お嬢様はとてもお花が好きな方でした。

だから私めのような執事型護衛人形をお買い上げなさった時、最初の仕事としてお花畑の造園を命じられたのです。

ですがあなたもご存知の通り、この星はもう花どころか雑草も生えないくらい荒廃した環境でしたのでそれは無理なご相談でした。ですので代案として、私めの能力の一つでございます、仮想現実没入装置をお嬢様の神経回路に直結させ、脳内仮想空間にて一緒にお花畑を造園した次第でございます。ちょうど四季でいえば春の頃だったでしょうか。仮想空間とはいえ菜の花やチューリップ等の花が咲き乱れたお嬢様はとても喜んでおられましたので、私もつられて顔がほころんでしまいそうでした。




可哀想なお嬢様は私めをお迎えしてからすぐに星間戦争で軍人であるご両親を亡くされてしまいました。

三日三晩泣き崩れていたお嬢様を少しでも慰めるため、またブレイン・フラワーガーデンに連れて行って差し上げたのです。脳内仮想空間はその空間を生み出す人間の感情が少なからず影響されますので、お花畑はざあざあとした雨が降っていたのでございますが、咲いている花もも雨が似合う紫陽花などの花に変わっておりましたので一層映えて見えました。お嬢様もそれを見てようやく気分を落ち着かせられたのか、私めの膝の上でぐっすりとおやすみになられたのです。すやすやと眠るお嬢様の姿を見てこれからはこの子の親代わりとして、私めがしっかり育て上げねばならない、とこの時固く誓ったのであります。




「誰にも言えなかったのだけれど、わたし、貴方のことが好き。人間かどうかなんて関係ない…私は貴方が好きなの…」


ヒマワリとラベンダーの香りが香るお花畑の中で、軍人として立派になられたお嬢様は休暇でご実家へと帰られた際に心の内を私めに曝け出して下さいました。ですが私とお嬢様はあくまでも主人と給仕の関係。しかも人間とロボットが恋愛感情を持つなど、そのようなことが知れたら私のみならずお嬢様も立場が危うくなります。


「私が嬉しい時や悲しい時も、貴方はずっとそばにいてくれた。私を守ってくれた…私は貴方のそばにいたい!統治政府軍との戦争とか、この国の運命とかなんて全部投げ出して、このお花畑の中でずっと貴方のそばにいたいの!」


両親が死んでからずっと嫌な顔ひとつしてこなかったお嬢様の、最初で最後のわがままでした。今だから話せるのですが、この時私めもお嬢様と同じ気持ちだったのです。それをどうにか堪えてお嬢様を説得し、その背中を押して差し上げました。お嬢様は今や統治政府軍の立派な将軍でございます。貴方の命令を待っている人がいらっしゃいます。貴方しか、この国を、このお花畑を守れる人は居ないのです、と。お嬢様はご自分の立場をどうにか理解し、決意を固め、再び戦場へと旅立っていったのです。

ですがその時の悲しそうな目は私の記憶回路に、深く、深く、刻み込まれました。




戦争が終わり、私たちの国は負けてしまいました。お屋敷もすっかり焼け落ちてしまって、今では雨露をしのぐ程度のバラックしか建っておりません。ああ、お嬢様はお帰りになられましたよ。そしてここにいらっしゃいます。どうして私めのようなただの自律思考ロボットに脳髄が付いているのか、理由は大体お分かりになられたでしょう。ええ。そうです。こちらがお嬢様です。


お嬢様はこのような姿になられてもどうにか生きていました。いや、生かされていると言った方が正しいでしょうか?どのような形にせよ生きて帰ってこれただけでも私にはありがたいことでした。私めは帰ってきてから早速仮想現実空間へと連れて行ってあげました。ブレイン・フラワーガーデンの中でさえ五体満足の姿を見せてくれるのであれば特に問題はございません。これからはお嬢様と私めはずっとお花畑の中で暮らすのです。もう離れ離れになることはありません。そうだ、お嬢様に会わせて差し上げましょう。半機械人間の貴方なら接続コードで直ぐに仮想現実空間へアクセスできるはずです。さあ、どうぞ。


「…あいにくそのコードは対応していない。それに、その脳髄は…とっくに…」


何をおっしゃいますか。お嬢様はまだ生きていらっしゃいます。ほら、今もお花畑の中で走り回っておりますよ。全くお嬢様はすばしっこいなぁ。


「脳髄だけになった生物の生命を維持できる技術は少なくともこの星にはない。…いい加減現実を認めたらどうだ。」


違う。違う。お嬢様は生きている。ここにいる。ここに、いいる。ここここにににいいるるるるるる!ででででたたたたららららめめめめななななな…


--チャキ…--


「悪く思うなよ。これはあんたと、お嬢様のためでもあるんだ…」


--バシュウウウウウウウ!!--


この光は…まぶしい、まぶしい、ただのひかりか、いや、ちがう、なにかがくずれはじめた。よせ、やめろ、なぜだ、このおはなばたけがぼろぼろとくずれていく、わたしのきおくがくずれていく、おじょうさまのきおくがくずれていく、そうはさせない、このおはなばたけは、わたしがまもるのだ、おじょうさまのために、わたしがまもるのだ、わたしが、わたしが、わたしが


〜「もうやめて!」〜


はっ!…お、お嬢様…


〜「ごめんね…ううっ…ごめんね…」〜


どうして涙を流すのですか、貴方に涙は似合いません。私はただお嬢様のお言付け通りに。


〜「…もう、いいの。いいのよ…一人で辛い思いさせてごめんね…辛かったよね…」〜


お嬢様…私めは…私めは…


〜「貴方に命令するわ。…これからは、ずっと、ずうっと一緒にいてくれる?」〜


勿論です、お嬢様。私めはこれからいついかなる時でもお嬢様のお側を離れることは致しません。


〜「それじゃあ、早速行きましょう!私たちの…お花畑(フラワーガーデン)へ…!」〜


はい、お嬢様。




[機能停止:確認]

[再起動:不可能]


「今際の際でお迎えが来たようだな。しかしロボットでも現実逃避することがあるんだな…」


〜介錯人、というのも楽じゃないね、クロハ。〜


「…まぁ、あのまま放っておくのは流石に酷だしな…」


〜…もしかして、ライティアのことを重ねて考えてたんじゃないのかい?〜


「…人の心中は覗かないって約束だろうが。」


〜ああ、そうだったね。すまない。〜


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ブレイン・フラワーガーデンの記憶 ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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