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Nora

01話.[なんとかなった]

 引っ越しでこの土地に来てから一ヶ月が経過した。

 春休みに合わせてだからもう五月ということになる。

 初めてのテストも緊張しつつもなんとか乗り越えた。


「谷田、飯食いに行こうぜ」

「うん、行こう」


 お弁当持参派ではないから毎回お昼休みには食堂に行くことになる。

 購買もあるけど、こっちの方が温かくて美味しい。

 毎日沢山の生徒が利用する場所、でも、席も沢山あるから問題なく座って食べることができる。

 ちなみに彼は入学式の日に話しかけてきてくれた八代緑郎ろくろう君だ。

 最初だけではなくいまも一緒にいてくれているうえに優しいからありがたい存在だと言える。


「わお、今日も混んでいるな」

「いつも通りで逆に落ち着くよ」

「谷田って意外と得意だよな」


 彼はこっちの肩に手を置いてから「やっぱり関わってみないと分からないな」と。

 違う土地に住むことに比べればこんなことはなんてことはない。

 命が狙われる戦場というわけでもないし、大人しく並んで待っていれば敵視されることもないからだ。

 長時間並んだのに結局食べられずに終わりました、なんてこともないからね。


「よし、ゲットできたな」

「うん、あ、そこが空いてるよ」

「ナイス、行こう」


 並ぶ価値がある、温かいご飯は分かりやすく力をくれる。

 彼がいてくれるのも大きい、誰かと食べられるからこそもっと美味しくなるから。


「美味い、俺の妹が作る飯よりも美味い」

「あれ、妹さんがいるんだ?」

「おう、中学生になってからはクソ生意気だけどな」

「はは、年頃だから仕方がないよ」


 クソ生意気のはずなのにご飯を作ってくれるなんて矛盾している。

 本当のところは分からないけど素直になれないだけだと思う、変に歳が近いからこそ甘えるのが恥ずかしいのかもしれない。


「でもさ、何故か飯だけは絶対に作るって言って聞かないんだよ」

「八代君に『美味しい』と言ってもらいたいからじゃない?」

「んー、まあ……不味いわけではないけどさ」

「ちゃんと言ってあげてよ、そういうところをちゃんとすれば妹さんも甘えてくれるだろうから――」

「うぇぇ、甘えられたら気持ちが悪すぎて吐くぞ……」


 お兄ちゃんもお兄ちゃんで素直になれていないだけということにしておこう。

 とりあえず席に余裕はあるといってもイメージが悪くなるからいつまでも話していないで食べてしまおう。

 結構早いタイミングで受け取れたから教室に戻ってからでも十分話せる。


「ごちそうさまでした」

「戻るか」

「うん」


 人が沢山いるところでも問題はないと言えば問題はないけど、食堂から出られた瞬間にほっとした。

 あそこから校舎に戻ってしまえば気になることなどなにもない。

 授業を受けて帰る、彼に誘われたら遊んでから帰る、毎日それでいいのだ。


「あ、根来だ」

「ん? あ、クラスメイトの根来葉子ようこさんか」


 僕の席からも彼の席からも微妙に遠い場所に座っている女の子がいた。

 運動部に所属している影響なのか髪は短く整えられている――って、別に色々な情報を求めて行動しているわけではない。

 あの子の友達の声が大きいから教室にいる自分の耳によく入ってくるというだけのことだ。


「あいつとは三年間同じクラスだったけどさ、まさか高校でも一緒のクラスになるとは思わなかったよ」

「運命の相手なのかもね」

「う、運命ねえ」


 その割には話しかけていなくて気になるから近づいた。


「根来さん、ちょっといいかな?」

「んー、どうしようかなー」

「八代君が話したいみたいでさ」

「ん? ろーうくんが私と話したいって?」

「えっと、あ、うん」


 緑郎だからろーうか。

 とにかく待ってくれていた彼のところまで移動した。


「谷田、ひとりで戻ったりしないよな?」

「しないよ、それよりほら、根来さんが来てくれたよ」

「あー、久しぶりだな」

「うん、久しぶりー」


 久しぶりって毎日同じ教室で学んでいるんだけどね。

 あと今日初めて話しかけたけどふわふわしているというか、運動部に所属しているのに大丈夫なのかと心配になるぐらいだった。


「私、三年間同じ中学校にいたけどきみは見たことがないなー」

「僕は高校に合わせて引っ越してきたからね」

「あーやっぱりー? それならよかったよー」


 伸びる伸びる、だから八代君も微妙そうな顔をしているのだろうか。

 僕的にはこういう子もたまにはいるよねという感想で終わりだけど、知っているからこその問題があるのかもしれない。


「きみは二点、ろーうくんは四点」

「ちなみに何点中?」

「五点だよー」


 正直に言ってしまうと普通に授業を受けられればそれでいいから気にならない。

 邪魔をしてくれなければこれでいい、自分のために近づいたわけではないから。


「おいおい、谷田のなにが悪いんだ?」

「それは前髪、目の前まできそうなぐらい前髪が長いから」

「あ、それは俺も切った方がいいと思うわ」

「そろそろ切ろうとしていたところなんだ、指摘してくれてありがとう」


 母が得意だから切って揃えてもらおう。

 僕自身も邪魔だと感じていたから今日してもらおうと決めた。




「おー、短くなってる」

「昨日切ってもらったんだ」


 母から「面倒くさいから坊主にしなよ」と言われたときは困った。

 なんとか守った結果がこれだ、こういう反応を貰えたということは悪くはないということだろう。


「いまのきみは三点だよ、レベルアップだねー」

「そっか」


 彼女の話はそれだけで終わったから突っ伏して休んでいる八代君のところに向かうと、


「来ると思ったぜ」


 声をかける前に起きてくれて助かった。

 どんな理由からであれ休んでいるときに声はかけづらいからだ。


「どうだ? 根来とは仲良くやれそうか?」

「三点にレベルアップしたらしいよ」

「五点中三点ならいいだろ、つか、俺の四点がおかしいからな」


 一緒に見てみると先程までの彼みたいに突っ伏して休んでいるみたいだった。

 別にいま登校してきたというわけでもないのによく話しかけてきたな、と。

 分かりやすい変化というわけでもないのによく気づいたな、というのが今日の感想だった。


「ろーう君と言っているぐらいだから気に入っているんだろうね」

「俺らは別に仲良しというわけじゃないけどな」

「それならこれから真剣に向き合ってみるとか?」

「んー、根来はマイペースだからな……」


 まあいいや、余計なことは言わずに席に戻ろう。

 教室から頻繁に出ていく人間ではないから朝からほとんどの時間をここで過ごす。

 クラスメイト達は仲のいい子と集まってよく話しているけど、八代君と根来さんのふたりはよく突っ伏していた。

 根来さんの方は部活をやっているからこういう時間に休むようにしているのかもしれない。


「視線を感じるっ」


 自由だな、友達が横の席でよかっただろうな。

 なにかがあってもフォローをしてもらえる。

 だが、あそこまで俊敏に動けるとはとこちらは驚いていた。

 運動部所属と分かっているのに話し方だけで舐めてしまっていたということか。


「葉子?」

「誰かに見られてるっ、私はどうすればいい?」

「葉子さーん?」


 視線に敏感だと聞いたことがあるから僕のこれも気づかれている可能性はある。

 ただ、彼女と過ごしたいと考えて見ている子もいるかもしれないから僕だけのせいではない。

 って、やめよう、このままだとただの無害なクラスメイトから気持ちが悪いクラスメイトになってしまうぞ。


「本当に見られているんだよー、信じてくれよー」

「ふむ、なるほど」


 あの子は根来さんの友達の西乃西香せいかさんだ、彼女が運動部に所属していると分かったのはあの子の声が大きいからだった。


「ぶるるっ、わ、私も見られてるよっ」

「でしょー?」

「だ、誰なんだ……」


 あ、ちなみにいまは僕も突っ伏しているから犯人は僕ではない。

 言ってしまうとふたりとも声が大きいのだ、それで注目を集めているだけだろう。

 クラスメイトの反応も「またあのふたりか」というやつだし、悪い雰囲気になることもない。


「犯人はきみだ」

「え、谷田君が犯人なの?」


 え!? 本当に見ていなかったのに犯人にされてしまった。

 こ、これなら突っ伏して休んでくれていた方がいいな。


「昨日私は初めて彼に話しかけられたからね、それって興味を持ったと――」

「馬鹿なことを言わないの、ごめんねー」

「驚いたけど大丈夫だよ」


 ほっ、なんとかなった。

 教室で過ごしづらくなると困るから気をつけなければならない。

 誰だ、彼女達を見ていた人間は――って、もしかして八代君か……?

 いつの間にか頬杖をついて違うところを見ているし、その可能性はゼロではない。

 それかもしくは馬鹿な妄想だけど他者の考えていることを分かってしまうような能力が……。


「授業始めるぞー」


 まあ、今日もやることをやって帰ることにしよう。

 寄り道もせずに真っ直ぐに、変なことに巻き込まれないように自衛をしてね。

 最後の授業が終わった後は掃除をする必要があるけど、僕はこの時間も好きだから苦ではなかった。


「むむ? これはどういう偶然なんだろうねー」

「根来さんも一緒のところか、よろしくね」


 相手が誰だろうと変わらない、やらなければいけないことをやるだけだ。

 キラキラにしてからの方が気持ち良く帰ることができる。


「よろしくー、あ、本当に谷田くんが見ていたわけではないのー?」

「ごめん、実は最初だけは見ていたんだよ」

「興味があるのー?」

「それよりも八代君とはどうなのかなと気になっているかな」


 話している間も手は止めない、先生がたまに歩いてくるからサボっていると判断されるのを避けるためだった。

 できれば必要なこと以外は話さない方がいいんだけど、流石に無視はできないからこうすることで対策、というところだった。


「ふっ、私の背中はそんなに魅力的だったのか?」

「さっきもそうだったけど普通に伸ばさないで話せるんだね」

「そりゃまあそうだよ、いつだってこれを続けていたら先生に怒られちゃう」

「そっか、教えてくれてありがとう」


 なんとなくだけど伸ばさずに話してくれるようになったら信用してもらえているということになりそうだった。




「掃除お疲れ様、ということで放課後になったから部活に行ってくるねー」

「え、なんで僕に?」

「やだなー、掃除仲間じゃないかー」

「あ、頑張ってね」

「ありがとー」


 難しそうな子に見えたのにそうでもない……のかな?

 まあいい、嫌われているわけではないのであれば僕はいつも通り上手くやれる。


「八代君、帰ろ――あ」

「雨だな、俺傘持ってないぞ」

「僕も持ってないや」


 六月近くだから常備しておくべきだったか。

 だが、後悔したところでないことには変わらないから意味がない。


「でも、雨が降らなくなることを期待して待っていても意味がないから帰ろう」

「そうだね、走れば家にはすぐに着くし」


 彼の家の方が近いからすぐに別れることになるけど雨だからその方がいい。

 ゆっくり話すこともできないし、ゆっくりしたばっかりに風邪を引いてしまったらアホらしいからだ。


「そうだ、傘貸してやるから寄っていけよ」

「あ、いいの? ありがとう」

「おう、よし、頑張るか」


 数分もしない内に彼の家に着いて傘を借りて帰ろうとしたものの、何故か上がることになってしまった。

 いやまあ急ぐ必要はないからいいと言えばいい、傘を借りるわけだから付き合うのも当然か。


「ほいタオル」

「ありがとう、これだけではなくていつもありがとう」

「はは、礼を言ってばっかりだな」


 彼が誘ってくれたからソファに座らせてもらう。

 柔らかいな、自宅にあるのはもう少しぐらい硬めのソファだから少し羨ましい。

 でも、ちゃんとリビングがあって、そのうえでソファとか自分の部屋とかがあるから文句は言うべきではない。


「根来のことだけどさ」

「うん」


 自分からではなく彼の方から出すということはなにかが変わったのだろうか。


「放課後まで使って考えたんだけど、仲良くしてみようかなって」

「おお」

「ま、まあ、根来がどういう対応をするのかは分からないけどな」


 彼はスマホを取り出すと「連絡先は知っているんだ」と、それでやり取りはたまにしているということも教えてくれた。

 マイペースだと言っていたのはそういうところからもきているのかもしれない。


「でも、根来さんは部活をやっているからあんまり時間がないね」

「ああ、教室内でも西乃と話しているか突っ伏しているかだからな」

「だけど積極的に話しかければ変わると思うよ」

「いつか協力を求めるかもしれない」

「僕にできることなら任せてよ」


 動くためには根来さんとも仲良くできていた方がいいけど、彼に勘違いされたくはないから自分から動くのはやめようと決めた。

 だけど楽しみだ、誰かのために動ける機会があるかもしれないと考えるだけでテンションが上がる。

 自分のためだけに動いて死ぬ人生なんて嫌だ。


「あ、もし根来が谷田と仲良くしたがっていたら遠慮なんかしなくていいからな」

「分かった」

「しかも掃除仲間だろ? 仲良くしておいた方がいい」

「確かにね」


 仲良くなるとついつい話したくなってしまうというのが問題だったりもする。

 僕は話すことも好きなのだ、そういう性格が関係して母に「うるさい」と何度も言われたことがある。

 止まってしまったら死んでしまうマグロのように、話せないとこちらも分かりやすく能力が低下してしまう。


「マイペースだからとか言ったけど、あの喋り方とかも癖になるんだよな」

「き、気に入っているね」

「こんなことを話していたら話したくなってきた、ちょっと学校に行ってくるわ」

「そ、そう、気をつけてね」

「おう、谷田もな」


 傘はちゃんと貸してくれたからさしてゆっくり帰った。

 明日からはしっかり常備しよう、雨のときぐらい走らずに帰りたい。

 家に着いたら濡れた傘を拭いてから部屋に移動したんだけど、


「あっ、課題のプリント忘れた……」


 しっかりチェックしてから帰ろうよと自分にツッコミたくなった。

 仕方がない、こっちも学校に向かおう。

 制服から着替える前に鞄をチェックしてよかった、まあ、遅いと言えば遅いけど。


「あれ、教室にいたんだ」

「どうしたんだよ?」

「課題のプリントを忘れちゃってね」

「ははは、そりゃ面倒くさいな」


 明日の一時間目の授業だから明日の朝やるという方法は選びたくなかった。

 彼がいてくれるならここでやっていこう。


「一応教室に残っているということを連絡しておいたけど、根来が気づいてくれるかねえ……」

「どうだろうね、部活が終わったら早く帰りたいだろうからさ」

「だよな……」


 でも、根来さんが傘を持ってきていないのであれば貸すということもできる。

 そういうのはいいと思う、単純に濡れなくて済むというだけでありがたいものだ。

 なんて考えていないでささっと終わらせてしまおう。


「終わり、それじゃあまた明日ね、あ、傘は明日返すから」

「おう、気をつけろ」


 今度もゆっくり歩いて帰っていると、


則男のりお、丁度いいところにいてくれたよ」


 途中のところで母と遭遇した。

 なにかを言われる前になにをしてほしいのかは分かったから袋を持つ。

 これまた沢山買ってきたな、まあ、家には沢山食べる存在がいるからこれぐらいしないといけないのか。


「お母さんもいつもありがとう」

「え、雨だからおかしくなっているの?」

「違うよ、色々やってくれているからだよ」

「まあ、私は親だからね」

「だからちゃんと言葉にしておこうと思って」


 なんか恥ずかしくなったから早足で家まで歩いて、着いたらささっと冷蔵庫にしまわなければならない食材などをしまっておいた。


「あ、おかえりー」

「ただいま、さっき帰ってきたの?」

「そうねー、あ、お菓子ある?」

「あるよ」


 この存在が僕や父よりも食べるから沢山買う必要があるのだ。

 名前は友希ゆき、最近の口癖は「勉強って怠いわよね」だ。

 それでストレスが溜まっているのかご飯を多く食べているというのが現状だった。

 だから言ってはいないけど少しずつ太ってきているような……。


「友希、食べ過ぎだよ」

「食べていないとやっていられないのよ、そうだ、後でまたよろしくね」

「それはいいけどさ」


 一緒に勉強をやるという約束をしていた。

 勉強をしていれば別にいいらしいから僕にとっても悪い時間ではなかった。

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