第21話 願いを叶えるために

 ステータスを振り終えたところで、明日斗は自らの下に迫る気配を感知した。

 リザードマンだ。


「丁度いい」


 ステータスを割り振った後の動きを確認したかったところだ。

 明日斗は短剣を握り、相手を待ち構える。


 ダンジョンの奥から、リザードマンの姿が現われた。

 その瞬間、前方に〈跳躍〉。


 一秒で、二十メートルの距離をゼロにする。

 素早い接近に、相手は対応出来ていない。その隙に明日斗は右手を軽く突き出した。


 ――ザクッ!!


 短剣は、狙い違わず鱗の隙間をすり抜けて、リザードマンの胸の奥――心臓に突き刺さった。

 その感触を確かめて、一気に引き抜く。


 胸から、ドクドクと血液が溢れ出す。

 反撃するつもりか、短槍を引き絞る。


 だが、出来たのはそこまでだった。

 リザードマンの体から力が抜け、地面に倒れ込んだ。


 敵が現われてから倒すまで、たったの二秒。上出来だ。


「……準備完了」

「おお、すげぇ強くなったな! ダンジョンに入った頃とは別人みたいだぜ。で、これからどうすんだ。そろそろボスでも倒すのか?」

「いや、戻る」

「そっか、今日はかなり戦ったしな。早く家に帰って、疲れをとった方がいいぜ」


 アミィの言葉を聞きながら、明日斗は短剣を抜いた。

 それを両手で握りしめて目を瞑り、深呼吸。


 再び瞼を開いた時、力一杯自らの胸に短剣を突き立てた。


 ザクッ。瞼の裏が赤く染まる。

 あまりの激痛に、叫び声を上げる。

 だが、喉の奥からはシュウシュウという掠れた声しか出てこない。


「ハァァァ!? おま、何してんだよ!?」

「……も、戻るんだ。すべてを、やり直す、ために」


 弱くて情けない自分を否定するために。

 誤った道を、分岐点からやり直すのだ。


「やり直す? ……ッ! そうか、だからお前は――」


 どうやら、アミィは明日斗のスキルに感づいたらしい。

 たった一言で気がつくとは、侮れない。


 試しにアミィの理解力を探ってみたが、想像以上だった。

 今後はより、用心した方がよさそうだ。


 アミィの頭の良さがわかったところで、意識が遠のいていく。


 ――次は、絶対に失敗しない。


 薄れた意識の闇の中で、明日斗はダンジョン完全攻略の強い決意を固めたのだった。



          ○



(この人についてきて、本当に良かったのかな)


 神咲真生は、ダンジョンを進む青年の後ろ姿を眺めながら、小さくため息を漏らした。

 彼は結希明日斗というハンターで、先ほど真生が声をかけて依頼を引き受けてくれた。


 先日のアウトブレイクで、母親が重傷を負った。

 手術を行ったが、それは最低限の延命措置にしかならなかった。


 昏睡状態の母を助けるためには、回復アイテムが必要だった。

 それも、特級ランクのアイテムだ。


 困り果てた真生に、天使のアイムが教えてくれた。


『夢見の滴ってアイテムがあってね、夢を叶えてくれるんだって。これを手に入れれば、お母さんを助けられるんじゃないかな?』


 アイムはハンターとして覚醒したおりに現われた、高位の存在だ。

 天使のことは有名で、ハンターになる前から知っていた。


 曰く、覚醒者を導く別次元の存在。

 それは、ハンターに適切な助言をしてくれる。

 よくわからない武具やスキルを、解説とともに教えてくれる。


 ハンターにとって天使は、サポーターのような位置づけだった。


 そんな天使のアイムから、『夢見の滴』の話を聞き、真生はなんとしてでも入手しようと奔走した。


 滴の出るダンジョンはDランクで、とてもではないがGランクの真生では攻略出来ない。

 ならばと他のハンターからの購入を考えた。しかし母親の医療費で貯蓄のほとんどが消えており、家には滴を購入するお金がない。


 苦肉の策で、真生はダンジョンをともに攻略するハンターを募集していた。

 なんとしてでも母を助けたい。その思いが通じたか、結希が引き受けてくれた。


 だが、どうにもおかしい。

 Dランクのダンジョンは普通、パーティで攻略するものだ。

 彼は仲間を呼ぶわけでもなく、真生と二人でダンジョンに足を踏み入れた。


(まさか、乱暴するつもりじゃ……)


 最悪の未来がよぎったが、であればダンジョンに入るのはおかしい。

 そんなところで乱暴を働けば、後ろから魔物に襲われる。


(一人で攻略するつもり? 本当に……?)


 一見すると、初心者ハンターにしか見えない。

 武器は普通の短剣一本だけだし、防具はない。普通の衣服を身につけているだけだ。


 こちらの要請に応えようとしてくれているのは、非常にありがたい。

 だが、命の危険に晒すわけにはいかない。


 結希を引き留めようかどうか、迷っている時だった。


「神咲さん、バフをお願い」

「はい」

「それと、少し下がってて」

「は、はい」


 言われた通り、〈大征伐〉を使用する。

 ふわり、体が軽くなる。スキルの発動が成功したのだ。


(良かった、ちゃんと使えた)


 スキルの使用に慣れていないため、上手く発動するかどうか不安だったが、無事発動しほっと胸をなで下ろす。


 それからすぐに、五メートルほど後ろに下がった。

 これから、戦闘が始まる。

 その気配をチリチリとするうなじに感じる。


(――来たッ!)

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