【第八天 小さな獣】
札幌某所——
『今日で仕留めましょう。私の予報が正しければ札幌駅周辺に発生します。そこを奇襲して一気に片付けます。三人とも、頼みましたよ』
『うっす』
『はい』
『なんで俺がこいつらと……』
『
『別に。言っとくけど、足ひっぱじゃねぇぞ』
『それでは参りましょうか。散——』
“今日の天気です。連日続いた雨が止み、今日から清々しい天気になるでしょう”
「お兄ちゃん、お土産よろしいく」
「おう。
「もう子どもじゃないっての。お兄ちゃんこそ、雨男なんだから気をつけなよ」
「うん、ありがとう」
いつも口調が冷たい。それでも毎回玄関まで見送りに来てくれる。
血のつながった家族は俺と
つま先を鳴らし、靴を整える。玄関のドアを開けると、眩しい光が入ってきた。
「いってきます」
「いってらっしゃーい」
* * *
北海道空知郡中富良野町。
「ここが……」
「ファーム富田だ」
北海道にある有名な観光スポット。ラベンダーを中心に、さまざまな植物が植えられている。香水の調合が体験できたり、スイーツやショップを楽しむことができる。
この時期になると、よくテレビで取り上げられている。
——まあ、ここに来たの初めてだし、興味もないし。
「ひとまず巡回して……」
「わぁぁ」
目を輝かせ、無邪気に口を開けていた。まだ入り口で花すら見えていないっていうのに、
ガムを噛みながらため息をつく。ふーっと膨らませて、閉じる。
「いつもどおり索敵して……」
「え、なに! 散策?? 早く行こうよ!!」
そう言うと、私を置いて奥へ消えていった。プスッと風船が割れて萎んだ。それを口に戻して天を仰ぐ。
「天気いいな……」
ロッカーに着替えをしまって、戦闘服で索敵(散策)をする。
花人の舎(いえ)と呼ばれる西洋風の建物を出る。目の前には赤や黄色、紫などの花が一面に広がっていた。風が吹くと波打つように光り輝いていた。帯状に綺麗に配置されていて、まるで虹のようだった。
「わあ、無駄な葉や蕾がない。発色もいい。外の場合、どうやって管理してるんだろう」
ぽつぽつ、ぶつぶつ。
小雨のように言の葉を散らしていく。私には拾えないものばかりだった。別に花が嫌いなわけじゃない。興味がないだけ。数学の点Pが動くのくらいどうでもいい。
「でっかいタンポポ。まあ綺麗だな」
「これはマリーゴールドだよ。一年草で暑さに強いから育てるの難しくないんだ。黄色いマリーゴールドの花言葉は“健康”、オレンジは“予言”。全体的には“絶望”ってのもあるね」
——なんかムカつく……!!
気を遣って寄り添ったのに、間違いを指摘されただけでなく、知識までひけらかされた。本人はいたって楽しそうだった。同じ種類の花なのに見比べている。
ラベンダーを横目にポプラ並木を通り、またラベンダーを見る。細い白樺が両脇に植えてある道を歩いた。
温室なだけあって涼しくなかった。でも直射日光がないだけ、気持ち的にストレスはない。暇つぶしに索敵という文字に疑問を抱きつつ、
「お前、なんでそんなに植物が好きなんだ?」
顎に手を当てて、考える素振りを見せた。すっと近くのラベンダーに目線を送って口を開いた。
「母さんが好きだったからかな」
あっと息をこぼした。
ラベンダーを見ているのか、はたまた視界がぼやけているのか。どこか遠い目をしていた。ほんの少しだけ、気まずい雰囲気が流れる。
「母さんの実家が酪農家だったんだよ。離農したけどね。休日は母さんについていって土いじりしてたんだ。じゃがいもとか、ピーマンとか、あと花も。妹たちは妹たちで遊んでたし、俺は母さんにくっついてたんだ」
花を語るときと同じだった。蔓を伸ばして葉を伸ばす。種を植えて芽が出る。ぽつりぽつりと話題を広げていった。
私に気を遣わせないためか、ときおり冗談を混ぜる。話半分であまり聞いていないけど、退屈はしなかった。
花に興味はない。でも隣に咲いた花はちょっと知りたいって思った。
「あ、そうそう! ここにはラベンダー味のアイスがあるんだって。あっちかなぁ」
「この服じゃどっちみち買えねぇだろ。あとにしろ」
“ブアンッ”
少し離れたところに反応があった。気の乱れからして
観光客にぶつからないように現場に向かう。
「いた」
一面にラベンダーが咲き誇っているところにそいつはいた。花を踏まないように、細い道を歩く。
「ボア?」
こっちの存在に気づいたようだ。
下半身が細くて上半身が大きい。特徴的なのは手だ。指の一本一本が長くて太い。おまけにストローのように管状になっている。顔は細長くて、クラスにひとりはいそうな間抜けな顔をしている。
「私が突撃するからフォローよろしく」
「
青ざめた
「ぎいやゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「こいつは……自然発火か!」
空気中の可燃性の物質が熱によって自然に発火する現象のこと。木材チップや塗料なんかが有名な例だが、山火事も自然発火によるものが多い。
この場所でこいつが発生したってことはおそらくそういうことなんだろう。放っておけば、あたり一面火の海と化す。
——でも植物って水分多そうだよな。そんな簡単に燃えるんか?
「くっ……ラベンダーは揮発性の油分を多く含んだ植物。温度次第では自然発火もありゆる……。そう! ゴジアオイのように……!!」
——なんで心読まれてんだよ……ゴジアオイ??
今すぐに切りかかってもいいが、そうすると自分を犠牲にして火を放つ可能性がある。それじゃあ元も子もない。
不気味な笑みを浮かべた
「ジーザス!!」
火を近づけたり、遠ざけたり。それにいちいち反応する
「完全に遊ばれてるな……」
「くっ……どうすれば……!!」
「ボーアボアボアボアボア」
風が吹いて火が揺れる。
「くっ……植物が燃えればその灰で土が肥える。これも自然の摂理か……」
「職務放棄すんな。てか、その“くっ”ってやつやめろ。うざい」
頭をかいて、追加でガムを放り込む。こうしないとそろそろ手が出そう。
ガムを噛んで深呼吸をする。こんな狭いところでやりあうのはまずい。針の穴に糸を通す作業は苦手なんだ。だからってこんな状況で奇襲もできない。それならいっそぶっ放したほうが早いかも。
「最後に写真撮っておこ」
「なに呑気にしてんだ!!」
「ボア、ボーア」
「お前も混ざるんじゃねぇ!!」
それを見て、
「ああもう!! 全員駆逐してやる!!!!」
“リン”
どこからか鈴の音が聞こえた。はっとして音のほうを見る。そこには一匹の生き物がいた。
「なんだ……あれ……犬?」
「ワン」
見惚れていたそのとき、そいつが鳴いた。次の瞬間、
肩に乗っていた謎の生き物はふわっと地面に降り立った。呆然とする私たち。小さいあいつと目が合って、体が押しつぶされるように重たくなる。私たちが敵うわけがないほどの多大な気を感じた。
ひと言「ワン」と吠えて突進してきた。
「まずっ……!!」
「うわぁぁぁぁ!!!」
まっすぐ向かった先は
でも
「犬怖い!!」
ひょいっと仔犬を持ち上げて
ひとまず
* * *
「わお、見るからに怪しいね。私見たことないよ」
仕事が終わって、おつゆさんの家にやってきた。リビングの机にちょこんと座らせて、三人でじっと見る。
真っ白な毛と黄色の瞳。右耳に鈴がついていた。それだけじゃない。頭頂部から二本の角が生えていた。鹿のような先端が枝分かれしているやつ。触ってみるとちゃんと硬い。
「こいつは犬なのか? それとも鹿なのか?」
「体は犬っぽいよね。というか、これ絶対俺の世界の生き物じゃない」
「華仙境でも見たことねぇよ……あ、そうだ」
そういうと
おつゆさんは指で角をツンツンして、頭を撫でる。そして軽々と持ち上げて抱きかかえた。
数分が経ち、
「
「やあ
戦闘服に身を包んだ彼は袖に両腕を入れていた。夏だというのに、長袖でも汗ひとつかいていない。それに心なしか俺まで涼しく感じる。これが本当の爽やか系男子というのだろうか。
おつゆさんが抱えている例の生き物に近づく。「ほう、これはこれは……」と興味深そうに見る。
「どうだ?」
「すみません、私もわかりません。こんな生物は初めてです。そうだ、あそこに行きましょう」
おつゆさんの店を出て、みんな
道中はずっと俺の頭に乗っていた。想像以上に軽くて、首が疲れるほどじゃなかった。たまにバシバシと尻尾が当たるけど。
「いらっしゃい……あら、あなたたち。どうしたの」
「こんにちは
紙袋を取り出して、それを手渡す。中身は小さな小瓶に入ったラベンダーオイルだった。袋もその商品も見覚えしかなかった。
「あ、それ私が買ってきたやつ。お前が欲しいっていうから……さては元からプレゼントする気だったな」
「肉まん奢りますから、それで許してください」
「ふたりともありがとう。立ち話もなんだし、奥へどうぞ」
普段着といっても、着る人が着ればこんなにも美しいのか。男が嫌いなわけがない。
「さあ、そこに座って」
客間のような部屋に案内された。日当たりも悪すぎず、お香を焚いていても涼しかった。壁や部屋の仕切り、家具にいたるまで伝統的な中華を感じる。確か中国には香道という芸道があるらしい。
部屋の雰囲気といい、
「あらこの子、鼻が効くのね。お香でひどい顔してるわ。ちょっと待ってて」
俺の隣に来て、手を伸ばす。黒い手袋を外して、頭に手を乗せる。その瞬間、さっきまでの形相が嘘みたいに変わった。むしろ心地よさそうに目をとろんとさせている。
「すごい……」
「私の能力は香りを操る“香操”なの。戦闘時は主に味方のサポートをしているわ。今度一緒に任務することあったら試してみる? 結構気持ちいいわよ」
顔が近かった。周りにお香が焚いてあるのに、この人の香りはまた別物だった。優しく、バラのような香りが漂ってきた。
その香りを嗅いでいると、だんだん顔が熱くなって、体も……。
「雨降っちまえばいいのに」
「同感です」
「まったく、
手袋を履いて席に戻る。髪の毛を耳にかけて、改めてこいつを見ている。
「私もわからないわ。ごめんなさいね」
「あ、そうだわ。あそこへ行きましょう」
「あそこ?」
あそこへ行く途中、他の班員と出会した。
「お? なんだこのちっけぇの。見たことねぇな」
ひとり加わって、またひとり、ふたり。
「おお! かわいいぃぃぃ!! パンダ饅頭食べるかな?」
「やめておけ
——
* * *
王室で側近とふたり、それが日常。散歩に行こうとしてもこいつに止められるのじゃ。まあこっそり行くがの。
「今日はなんだか胸騒ぎがする……お散歩行ってよいか?」
「ダメです」
“トントントン”
扉を叩く音がした。嫌な予感もした。
「……入れ」
扉の先には正装を着た八人と一匹がいた。
「「へいかー、これなーにー??」」
「ここは幼稚園かっ!!!!」
* * *
「え、なんで切り替わったのじゃ?」
「おそらく、作者があれをしたかっただけみたいです」
「陛下、本日はお日柄もよく……」
「急にそのスタンスやめい」
おつゆさんも俺らと違った黒い正装を着ている。俺らでいう喪服みたいなものなのかな。ちなみにこの犬(仮)の服はおつゆさんの雑貨にあったもの。サイズもぴったりだった。本当になんでも揃っていて、驚きをとおりすぎてちょっと怖い。
ここに出向いたのはいうまでもない。この国の王ならきっと知っているだろう。
「おい……そいつは……!」
犬(仮)を見た瞬間に血相を変えた。重くのしかかるような雰囲気が漂う。こいつはそんなに危険な生き物なのか……!
「陛下、この犬(仮)をご存知なんですか」
「そ、そいつは……」
全員が息を呑んだ。陛下は椅子から降りて身構えた。それに気づいて、俺らも指先を仙器に当てる。
「かわいいぃぃぃのうぉぉぉ!!!」
「「ズコーーー!!」」
韋駄天のごとく駆け寄り、抱きついた。もふもふして顔を埋めている。背の小さい陛下が抱えると犬(仮)も大きく見える。
緊張感もなにもかもが吹き飛んで、やれやれとため息をつく。そんな俺たちなどつゆ知らず、一ヶ月ぶりに再開したペットと飼い主のように遊んでいた。
「おて!」
「ワン」
「おかわり!」
「ワン」
「ちんちんからのバーン!」
「ワオーン」
——あれ、なんか、めっちゃ手懐けてね??
話しかけようにも話しかけにくい。ひと通り遊んだところを見計らって聞いてみた。さっきの様子を見て、きっと以前飼っていたことがあるんだろうと思っていた。しかし陛下は「知らんのう」と首を振った。
陛下でもわからない。それならば、こいつは一体なんなんだ。
「まあそんなに難しく考えるもんじゃない。こいつは
「犬の散歩という口実は使えませんからね」
「むーー!」
側近と陛下のやりとりを見守って俺らは退室する。
廊下を歩いているとき、陛下の言葉を思い返した。
「名前か……なにがいいんだろう」
こいつと目があった。綺麗な金色の目が笑っているような気がした。
せっかくだし、みんなにも考えてもらおうとした。しかし出てくるのは「肉まん」とか「シカモドキ」とか「
「そういえば、この子なに食べるのかしら? 育てるならそこも大事よね」
「私と
「豆かぁ」
ボソッと口に出してみた。そのとき、ピクッと耳が動いた。もしかすると思い、もう一度言ってみると、今度は「ワン」と答えた。
「おお……じゃあお前の名前は“
「ワン!」
チリンと耳の鈴を鳴らして顔を舐めてきた。人語が理解できるのかどうかわからない。けど、ほんの少し距離が縮まったような気がした。
俺と
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