食べられないチョコ

みやま

第1話

2月14日の朝。

「おお?」

いつものように上履きを履こうとすると、その中には綺麗にラッピングされた小さな袋が。

「おおおおおおお!!!」

即座にその袋をバックの中に放り込み、トイレにダッシュ。洋式トイレの個室の鍵をかける。

恐る恐るそれをバックから取り出し、赤いリボンを丁寧にほどくと、中にはハート型の小さなチョコレートとメッセージカードが入っていた。

『○○へ

いつもホントにありがとう!直接は恥ずかしくて言えないけど、こういう日なら、ねっ?大好きだよ!』

うっひょー!本命は人生2回目だ(1回目は幼稚園のころにあかねちゃんから貰ったやつ)!

しかし、そこで僕は重要な欠陥に気がつく。

「これ、送り主はだれなんだ?」

カードには自分の名前しか書いていない。ラッピングにも書いていない。チョコに彫られているという奇想天外なパターンも考えたが、もちろんそんなものもなかった。

僕が貰ったのは、送り主が不明なチョコレートだったのである。



「それは結構怪しいんじゃない?」

親友のツバサは優等生風にメガネの縁に触れると、うーんと唸った。

彼は推理小説が好きで、先読みの能力が高いと自負している。しかもツバサなら誰にもバラさないし、真剣に考えてくれるだろう。優等生だから。

「浮かれるお前を面白がる誰かの仕業かもしれないぞ」

「いや、それは絶対ない!いや、あり得る」

「どっちだよ」

ツバサは優等生風のため息をついた。

「ともかくその袋を見せてくれ」


「うーん、確かにどこにも名前がないな…」

ツバサは袋を一通り見回してうーんとまた唸った。

「ただ、カードの文字が女子っぽいし、本当に心のこもった贈り物にみえるけどね」

「だろ?」

「ドヤ顔すんな、サルそっくりに見える」

「しかもこの文字、どっかで何度か見たことあるんだよ。誰だったっけなあ…」

「そうか。それなら今日、女子の筆跡をありったけ探ってみたらどうだ?気持ち悪い行為だけど、お前ならもはや許されそうだ」

「それはどういう意味だ?」

「ともかく、情報を集めることが第一だ。筆跡だけでなく、女子からの小さなアプローチも見逃すな。お前かなり鈍感だから」

「お前にだけは言われたくない。わかった、とりあえずそうしてみる。ありがとう」

「頑張れよ」

ツバサはそういうと、自分の教室に入っていった。


こういう状況ではツバサは本当に頼りになる。普通はバカにされたり囃されたりしてクラス中に広められるので、こんなことは相談できない。彼はそういうことは絶対にしない。

やっぱりいい奴だな、あいつは。

「やめろ、照れるだろ」

「心の中まで読むなよ!」




「ふんふん…ふん!ふんふんふん」

漢字テストの返却最っ只中。

僕は僕が持ちうる全集中力を、クラスメイトの答案用紙の筆跡に向けている。もちろん女子限定で。

まずは隣の席の高崎華の筆跡を鑑定。

「なに覗きながらふんふん言ってるの?きもいんだけど。

あっでも○○くんだからしょうがないよね」

「アイツの言った通りだわ!」

30分前のツバサから不意の時間差攻撃。なんとまあ理不尽なことか。

「しかし字体は似てないよな…しかもこいつだけはあり得ん。絶対あり得ん。もしこいつだったらごめんなさいするな。うん、絶対ごめんなさいするよ多分」

「なにをブツブツいってるの?」

「なんでもない」

こんな調子で、自分の席周辺の女子の文字を『あの文字』と比べてみたが、あのまるっこい特徴的な字と一致する筆跡は一つもなかった。

余談だが、この漢字テスト、自分の名前を書き忘れていた。お陰で本当は1ミスなのに0点にされた。

「あのくそ教師め。名前くらい別にいいじゃないか、ケチ」


次に、ツバサに言われたことを意識して、いつもより女子の動向に注意を払ってみた。

一日を通して気になった人物は三人。まずは西川さん。ひとつ席を挟んで隣なのだが、授業中ずっと僕を見ていた気がする。なんでだろう。

次に斎藤さん。いつもは普通に接しているのに、今日は僕の顔を見るなり隠れるようにどこかへいってしまった。怪しい。

最後に後ろの席の松浦さん。僕の名無しの解答用紙がチラッと見えたらしく、くすっと笑っていた。

もちろんこれは下校時にツバサに報告する。


「なるほど…」

ツバサは眼鏡の縁に触れ、頭の中で色々と整理しているように見える。

「ひとつ思ったんだけど」

「なんだ?」

「松浦さんって全然関係ないよね?」

「やっぱり?」

「じゃあ入れるなよ」

「だって他に全然心当たりがないんだもん。クイズってだいたい三択じゃん?」

「やめろ、紛らわしい。妹さんもこんな兄をもって大変なんだろうな」

「やめろ!俺のまあまあかわいい妹を突然引き合いに出すな!」

「なんでまあまあなんだよ」

「最近反抗期に入ったみたいでな…色々と手を焼いているんだよ」

3つ下の妹(中学二年)がいるのだが、最近自我が芽生えてきたようで、若干母に反発し始めた。

しかし男女の兄弟としては結構仲が良い方で、日曜日にはよくトランプとかをやっていた。負けると不機嫌になるので、適当に手を抜いてやらなければならない点は面倒ではあるが。それでもまあ一応かわいい妹ではある。

「そういえば最近は話す機会も減ったな…これが子の巣立ちというやつか。お父さんうれしいよ」

「誰だよあんた」

ツバサはやれやれと呆れた顔をしている。

「ともかくさっきの二人だけど、情報が少なすぎるから、明日も様子を観察してみてくれ」

「勝手に松浦さん消すなよ。わかった、ありがとう」

そうして僕らは別れた。



家に帰ると、僕は今日もらったチョコレートの包装を眺めていた。

外装は赤白のチェック柄で、女子らしい器用なラッピングが施されている。

「きっとかわいい子がつくってくれたんだろうな。西川さんだったら最高だな…いやそれはさすがに」

西川さんはクラスのいわばアイドル的存在だ。容姿端麗なだけでなく、誰にでも思いやりのある優しい性格が人気を博している理由である。もし、そんな彼女からの贈り物だったとしたら…考えただけでニヤニヤが止まらない。

しかし、もし送り主がクラスメイトならば、今日中にこれといったアプローチがなかったのはおかしい。

また、なぜ名前を書かなかったのだろうか。誰からかわからなければ何のアクションも起こせないではないか。考えれば考えるほどわからなくなってくる。

「それにしても誰なんだろう?」

本当に謎だらけである。

こういうときは風呂にでも入って頭をスッキリさせよう。




僕は風呂からあがると、小さめのコップに浄水を注いで一気に飲み干した。ゴクリ、ゴクリという音が気持ちよく喉に響く。

「やっぱ風呂あがりの水は最高だな!」

テレビの宣伝でお酒を美味しそうに飲み干す芸能人のように、「っああ~」と云ってみる。

すると、

「ねえ、ここわかんない。教えて」

リビングで宿題をしている妹が鉛筆を片手に手招きしている。

「うーんどれどれ。『平安京は何時代に建てられたか。』決まってんだろ、それはそのまま平安時代ってああああ!!」

僕は見てしまった。

そう、宿題のノートに羅列されている文字がメッセージカードの『あの文字』によく似ていた。

ってことは、まさか…

「あのチョコの送り主はお前だったのか!?」

「ん?そうだよ?なんでいまさら?」

「送り主の名前書いたか?」

「あっ、忘れてた!」

「くそっ…俺と同じことしてやがる…」

昼間の名前を書き忘れた答案用紙が頭に浮かんだ。

「じゃああれは俺のことが気になってる純粋無垢な少女の恋の告白ではないのか…」

「私もじゅんすいむくだよ?」

だんだんと気が遠くなっていく。

「俺は…なんのために…くっ…ああ…うう…」

「お兄ちゃん、」

床にひざまずいて嗚咽している僕を遮り、妹は滅多にみせない極上の笑顔を添えてこう言った。

「いつもやさしくしてくれてありがとう」



なんだかんだほっこりするバレンタインデーだった。

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食べられないチョコ みやま @miyama25

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