勇者になった彼、宿に着く
「マコト殿、ここが話していた宿だ」
カルミアさんの案内でたどり着いたその宿は、街の東側、中心部から離れた細い裏路地にあった。3階建ての古びた建物に、『宿』とだけ書かれた立て札が立っている。
看板も出さず、こんな裏路地に店を構えてて儲かるのかな?
「む、マコト殿。その顔はこんなところに店があっても儲からないだろう、と考えているな。ここに人を連れてくると皆そういう顔をするのだ。それはだな…「普通のお客さんはとってないのさ」
そう言って、1人の男性が宿から出てくる。年齢は40前後だろうか。身長は180センチ程、その右足は義足だった。
「久しぶりだなカルミア。その少年が背負っているのは、アリシア嬢か?なんにせよ訳ありみたいだな、入れ」
「助かる。ありがとう隊長」
「隊長呼びは止めろ、むず痒い。それに隊長はもうお前だろう」
「あぁ、そうだったな」
宿の中は外観からは想像出来ないほどに綺麗だ。ただ、建物自体が大きくないため部屋は3部屋しかないらしい。
俺達は、その3部屋の中でも最も大きいという部屋に案内される。
「そっちの少年は初めて会うな、俺はストラスト。元騎士だ。この宿は半分趣味みたいなもんでな、基本的にほとんど客は来ない。壁も防音だから安心しろ。さて、じゃあ話を聞こうか。何があった?」
「今日の明け方のことだ。お嬢様が急に王都に行くと言い、護衛騎士だけを連れて屋敷を飛び出したんだ。そして街を出てしばらくしたところで、盗賊達に襲われて護衛は私を残して全滅した。そこでこのマコト殿に救われて、今にいたる」
「護衛騎士は精鋭揃いだろう、お前も普通の盗賊なんかに遅れを取るとは思えない、そんなに強い相手だったのか?」
話を聞いたストラストさんが、そう訝しむ。
「盗賊達が変な魔導具を使っていたんだ。黒い水晶のような玉から、同じく黒い靄のようなものが出て来て視界を塞がれ、同時に体が凄く重くなって思うように動かなくなった」
(闇結晶の塊じゃな)
ラ―ヴァがポツリとそう呟いた。
(闇結晶?)
(あぁ、魔族達の住む魔族領で希に採掘される宝石じゃ。術者の魔力を黒く重い靄に変えて、思いのままに操ることが出来る魔道具になる。かなり純度の高い闇結晶の魔道具を、盗賊の1人が持っていた。しっかり斬っておいたぞ)
俺の疑問にラ―ヴァが丁寧に答えてくれる。それはありがたいのだが……
(ラーヴァ、そういうことはちゃんと言っておいてくれよ)
どうやら俺は、知らない間に何やら危険ものを斬っていたらしい。
(まぁ珍しいものではあるが、どんなものか知っていれば、脅威となるようなものでもないじゃろう)
「カルミア、それって闇結晶じゃないか?」
どうやらストラストさんも、ラーヴァと同じ結論に至った様だ。
「闇結晶?なんだそれは?」
「魔族領で採掘される宝石を使った魔道具だよ。昔散々話をしただろうが。全くお前は相変わらず腕は良いのに、頭の方はいつからこう…ハァ。まぁ良い、問題は何故その魔道具を盗賊なんかが持っていたかだ。闇結晶は魔族領でもほとんど取れない。…取れるのは災厄の1柱、吸血公の領域だけだ」
災厄?!俺が召喚された原因かっ。
それまで黙っていた俺だが、これは話を聞かなければと思わず口を挟む。
「ストラストさん。その、災厄っていうのは一体何なんですか?」
俺のその質問に、ストラストさんは唖然とした。
「災厄のことを知らないって少年、君どんな田舎から来たんだ……」
(馬鹿正直に尋ねるから呆れられるんだ阿呆)
「災厄は聖神教の中央教会が発表してる、神敵になりうる存在のことだ。神を殺せるだけの力を持つ、もしくはその可能性がある人族以外の者達、それらを総じて災厄と呼ぶ」
「「へーなるほど」」
俺の声とカルミアさんの声がそうハモる。
「ちょっと待て、少年はまだしもカルミア!何でお前が初めて聞いた、みたいな顔してるんだ」
「いやー勉強になったよ隊長」
「だから隊長はお前だろう……」
ストラストさんは、顔を手で覆い首を振る。どうやらカルミアさんはあまり物覚えが良くないようだ。
(アホの子じゃな)
(ラーヴァ、そんな言葉どこで聞いたのさ)
(儂の前の使い手が使っておった言葉じゃ。頭の足りない娘っ子を指すらしいぞ)
…ラーヴァの前の使い手の人も多分転生者だな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
月明かりに照らされた絢爛風靡な巨城。その最上階の玉座で座る男は、真っ白な髪に同じく病的なまでに白い肌、痩せこけ目の下に深い隈を作って尚、衰えぬ王者としての風格を纏っていた。
私はその前で膝をつき頭を垂れ、その威容を全身で感じる。
「進捗はどうだ」
「はい、グレイの街にいる領主はもう私の術中。作戦は順調です」
「そうか、グレイは制圧しだいアール王国を制するための拠点とする。人はどれだけ殺しても良いが、街はあまり壊すな」
やはりこのお方こそ王の中の王、世界を手にするべき尊きお方。厄災などという野蛮な呼び名は相応しくない。
「御意に。我ら
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