6. 姉
真っ暗な視界に、突然光が差し込んだ。
目を開けると、その光は窓から差し込んだ朝日だということが分かった。
「そっか、俺は昨日……」
昨日のことを思い出す。
俺の本音と、有岡の秘密の告白。そして、彼女の胸で泣いてしまった記憶。
「うっ」
思い出すとちょっと恥ずかしい。しかし、そのおかげかこれまでで一番ぐっすりと眠ることができた。
会うのは気まずいが、今日学校で有岡にあったら、お礼を言おう。
あと、家族全員寝ている中で、家に置いてけぼりにしてしまったことも謝らなくては。
そう思いながら、時計を見る。
「……はぁ!?」
ぐっすり眠りすぎた!
現在時刻は8時。
今から朝食作ってたんじゃ、間に合わない!
というか、智花がお腹を空かせて待ってる!
俺はベッドから飛び上がり、リビングに向かう。
「ごめん智花! おくれ――」
しかし、なぜか美味しそうな匂いがして、思わず言葉を止めてしまう。
その匂いのする方向――キッチンに目を向けると、そこには人影。
智花じゃない。あれは――。
「あ、おはよう!」
「有岡!?」
有岡が制服にエプロンを付けて料理を作っていた。
「今日は和食にしてみたよ! 席座って待っててね~」
「おう。――って違う違う!! なんで有岡がいるんだよ!?」
いや、確かに同じマンションだから、朝来ることはできるかもしれないけど!
昨日置いてけぼりにしちゃったから、家の鍵を持っていたりしても不思議じゃないけど!
どうみてもおかしいだろ!?
「昨日言ったでしょ? お姉ちゃんになる、って。だから、これからは私も一緒に朝ごはん食べるから」
「いやいやいや! 絶対おかしいだろ!? 智花も何か言ってくれ!」
しかし智花は、否定するどころか、有岡に抱き着いた。
「お姉ちゃん大好き~!」
「ありがとう、智花ちゃん。私も大好きだよ!」
「智花!?」
智花が早くも懐柔されてる!?
俺の妹が一瞬でシスコンになった!
俺が困惑している間に、次々と朝食が出来上がって、テーブルに並べられていく。
「はーい出来ました~! 食べるよ~! はい、いただきます!」
こうなってはもう遅いと、俺もとりあえず席に着いた。
「い、いただきます……。ってうめぇ! なんだこれ!?」
本当にうちの食材から作ったのか!? 高級食材じゃなく!?
ていうか、こいつ料理もできんのかよ!?
「あ、そうだ智明君」
「っ!? ゴホッ! ゴホッ!」
突然、聞きなれない呼ばれ方をして、思わずむせてしまった。
「なんで名前呼び!?」
「えーだって、弟を苗字呼びっておかしいでしょ? あ、もしかして、『ともくん』とかの方がよかった?」
「そういうことじゃねぇ! 有岡は――」
「あ、私を苗字で呼ぶのも禁止だから。ともくんは『お姉ちゃん』か『姉さん』でよろしく」
「まさかの二択!? ってか『ともくん』は決定なのかよ!」
なんでこいつ、こんなに積極的なの!?
「ほらほら早く!」
「呼ぶか!」
有岡の目が輝いてる!?
もしかしてこいつ、からかってる?
「……言わないなら、昨日のこと智花ちゃんに言うから」
「やめてぇ!!」
あ、違う!
こいつ本気だ!
ううぅ。
で、でも年上とはいえども、同級生を姉呼ばわりはちょっとキツイ……。
「そ、その――」
「ん?」
「昨日はありがとう。おかげで少し気持ちが楽になったよ。その……愛菜」
今の俺にはこれで精一杯だ。
なんとかこれで許してもらえないだろうか……?
「うーん……、しょうがないな~。今はそれで許してやるか! でも、いつか絶対『お姉ちゃん』って呼ばせるんだから!」
なんか大きく彼女を変えてしまった気がしなくもないが、そんな彼女に救われたのも事実。
いつか一回くらいは、姉と呼んでやってもいいかもしれない。……一回くらいは!
有岡――愛菜のおかげで、朝食を食べることができたため、俺と愛菜はいつも通りの時間に家を出る。
正直、時間をずらして家を出たかったが、愛菜が許さなかったので――姉弟は一緒に登校するものらしい――一緒に出ることになった。
「ふたりともいってらっしゃーい」
愛する妹の声を背に、俺たちは家を出た。
「ねえ、ともくん」
「お前、学校でその呼び方絶対するなよ!? 100%勘違いされるからな!?」
「分かってるよ~。……でも、勘違いされたほうが都合がいいかも? 告白されなくて済むかもだし、学校でもお姉ちゃんになれるし。一石二鳥だね!」
「こっちには害しかなんだが!?」
百害あって一利なしだよ!
何がどうして、同級生を姉と呼ばなきゃいけないんだよ! なんかの罰ゲームか!?
「なに言ってるの? こんな”優等生”で”人気者”のお姉ちゃんができたんだから、害なんてあるわけないでしょ?」
「自分で言うんだ!?」
「だって、これは私の努力の結果だもん! そう教えてくれたのは、ともくんでしょ?」
そうだった!
そうなんだけど! そうなんだけども!
あと、ともくん言うな!
「……はぁ」
思えば、どれもこれも、あの日のたった一度のあくびから始まった。
あの時は、たった数日で愛菜のことを名前で呼ぶほどの仲になるとは思わなかった。
あのあくびの結果、愛菜は俺の姉になった(勝手に)。
これが最適解だったのかは分からない。
だが、結果的に俺たちは救われた。
もしあの時のあくびがなかったらどうなっていたか。
愛菜は自分の努力を認めることはできなかったかもしれない。
俺はこれからもずっと、苦しみに耐え続けて生きていたかもしれない。
だから、これだけは言いたい。
――愛菜に出会えてよかった。
「ほら! 行くよ! ともくん!」
「……」
すまん、もう一つだけ言いたい。
「ともくん言うな!!!」
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