第7話 犬も食わぬは

 天の川銀河歴10459年二月二十日。

 天の川銀河・中央星域ラデマント方面α589宙域。

 天の川銀河銀河諸国同盟駐屯基地・Θ移動コロニー中央指揮所。

「地上の状態はどうなっている!!?」

 指揮所の中は慌ただしかった。というのもテーベス王国の皇太子がシリウス王国の侯爵男性を殺害ののちに宇宙艦隊ごと逃亡したからだ。

 シリウス王国側はテーベス王国の凶行に事件が露見するとすぐに盟主である通商連合共和国首脳部に逮捕状を請求。

 しかし、内部分裂を避けたい通商連合共和国首脳部はこれを一端保留し、警備カメラの画像を解析したところ、明らかにテーベス王国皇太子に宇宙の慣例では正当性があることが確認された。

 逆にシリウス王国側に訴えの取り下げを要請。通商連合共和国の属国に近いシリウス王国には命令に等しかった。

 シリウス王国側はせめてもの反抗とばかりに天の川銀河銀河諸国同盟離脱を宣言。残存艦隊を引き連れて撤退することとなった。それと同時に地上基地ではシリウス王国に雇われていた傭兵とはなばかりの宙賊が略奪を開始。

 施設の破壊などもはじまり地上は大混乱に陥った。



 ラデアント宙域から東へ約三光年移動した宙域。

「おうおう、敵さん、盛大に混乱してるなぁ。」

 ライニールは総旗艦の指揮所の提督の席から正面の大型ディスプレイに表示される天の川銀河銀河諸国同盟駐屯基地の様子にあきれていた。

 後ろの参謀席に座る参謀たちも作戦テーブルに頬杖をつきながら雑談していた。

 副官のフェルン・アンデールがそこに口をはさむ。

「それはよろしいのですが、保護したテーベル王国一行をどうするんです?」

「危険思考の精神体検索調査で問題はでなかったんだろう?うちの常識を精神体に挿入してから後方送致がてきとうだろう。向こうさんはミネアリア・テラスが目的地だろ?管理官希望なんだろ?」

「通常なら地方中心星系におくってそこで居住地を配分してもらってから、勤労なり、事業展開なりをしてもらって資金をためつつ知識挿入と判断訓練をおこなってから、首都で試験を受けてもらうところですが・・・・。」

「一応保護国にはいらんこともない国だしな・・・そこの要人を無下にもできんな。となると問題は中央星系での居住地だな。居住惑星上は難しいから・・・・新規の居住コロニーだな。」

 ライニールの言葉にフェルンは目を細めた。

「提督まさかと思いますが・・・・コロニーを個人資金で買うとかいいませんよね?」

 ライニールはコーヒーカップを口に運びつつさてどうするか考えた。フェルンは一応プライベートではライニールの妻だ。正式名をフェルン・アンデール・ハズマットという。仕事とプライベートを分ける彼女の性格上の方針から、表向きフェルン・アンデールを名乗ている。

「・・そのだ。中央星系は住宅が人気だ。それなりの居住環境の住宅としてのコロニーを設置すれば投入資金はすぐに回収できる。」

「要するに購入すると?」

 後ろの参謀の面々はまた始まったなと席を立ってそろそろと逃げていく。夫婦喧嘩に巻き込まれたくないのは明らかだった。

「・・・・艦隊の資金をつかうと倫理規定に抵触する。過剰な利益供与とみなされる。となるとだ、ここで合理的に効率を求めるなら個人資金を投入するのが適正だと私は考える。」

「ちなみにいかほどのコロニーを購入されるおつもりですか?」

 そしてちらっと後ろを見て参謀が一人もいないことに気づくと、作戦スペースの遮音フィールドをフェルンは起動した。

「・・・ここからはプライベートといきましょう。」

 フェルンのその言葉にライニールは額に手をついて首を振った。

「おまえな・・・一応作戦中だろ?」

「あんな木っ端なんぞ分艦隊どころか、個別作業単位の艦隊で十分です。すでに命令はだしてあります。」

「いや、だからな・・・今後の作戦の効率をあげるためにはだ・・・」

「・・・・イサさんに売り渡したカスタム砲と防衛要塞の代金。」

 その言葉にライニールはつばを飲み込んだ。

「これあなたが代理購入したはずですよね?差額の15億エネルギールートはどこですか?」

 ライニールはイサに武器を売る場合、手数料をしっかりとってる。これはイサも承認している。問題はそのやりくりをフェルンの知らない口座でやってたことだ。つまるところへそくりだ。

「・・・・・・男には趣味にかけるお金が必要だとは思わないか?女性が美容にかけるお金と同様に・・・・・。」

「お金の大小はこのさい構いません。問題はなぜそのお金の出どころを私が知らないかです。まぁ収益が出ることはわかりました。わたしの演算結果でも収益はでることは確認できました。が・・・・収益率を最大化した場合、一兆五千エネルギールートは初期投資にかかります。家計を預かるものとして、このお金の出どころを知りたいところですね?」

 ライニールの敗北だった。もとから勝てるとは思っていないがこれで趣味のお金も握られてしまった。

 うなだれるライニールをよそに、正面ディスプレイではこの艦隊の分艦隊による作戦が実行されていた。

 こんな時に夫婦喧嘩というのも剛毅だが、仕事の割り振りは最適化されてるので、多少のことでは揺るがないのがアマテラス銀河連合の軍隊だ。最悪本人が行動不能になってもAIが代行する。それに加えて、死んだとしても転生処理と肉体の完全クローニングでの再生が行われるので生き死ににたいする感覚が未開星系とは大きく異なる点だろう。


 天の川銀河諸国同盟の中心基地はわずか三時間あまりで制圧された。


 ライニールは財布を完全に握られたが、コロニーの購入と設置、施設設備費などで合計約三兆エネルギールートの出費は認められた。しかし、失ったものは大きかった。

 そのころ総旗艦内のゲストスペース。

「皇太子殿下、ハズマット提督からミネアリア・テラスでの居住区を用意すると連絡が入りました。」

 侍従の一人の言葉にマーク皇太子はうなづいた。

「そいつは吉報だ。」

「ただ、さすがに用意に多少時間が欲しいとのことです。それと全員知識挿入を行ってほしいとのお話も頂きました。どうも我々とアマテラス銀河連合では常識や感性が違うから早期に行ったほうがよいとのことです。」

「俺は構わんが・・・知識挿入かぁ・・このあいだ軽くうけた判断テストもなかなかハードだったな。まあいい。」

 しばらくしてゲストスペースに係官がやってきて、知識挿入を行う睡眠施設へ案内した。

 睡眠施設は冷凍睡眠や集中睡眠を行なえるほか、精神体に接続して知識の挿入も行える。

 記憶などは脳が行っていると未開惑星では思われているが、実際は、脳や神経細胞の作る光子場とよばれる空間上の微粒子で構成される場が記憶や精神の本体なのである。そしてこれを精神体とアマテラス銀河連合では呼んでいた。

 転生が可能なのは精神体が死亡時に蒸散崩壊するのを防ぐというより、高次元の空間のエネルギー的に安定な場に精神体をおく特殊な技術があって、それにより体のほうが崩壊しても、意識をたもっていられる仕組みになっているからだ。

 アマテラス銀河連合では出生届の際にこの精神登録をかつては行っていたが、いまは宇宙全体に広がるシステムにより、辺境宇宙を除いて自動で登録されるようになっている。

 そして、精神体の存在の管理を行っているのが戸籍管理局であり、転生業務は転生管理局が行う仕組みになっている。そのためこの二つの省庁は双子の省庁と呼ばれている。

 この精神体を操作することで記憶情報を管理する技術のひとつが知識挿入技術なわけだ。

 精神体の情報密度は変えることができるので、アマテラス銀河連合の国民は基本的に細密化させて、記憶情報や知識情報などを大きくしており、その管理に精神体用のAIを多数いれて、記憶の出し入れを効率化させている。

 それというのも記憶容量をただ増やすと、必要な記憶を引き出す能力が低下する他、思考能力が低下する弊害がおきるからだ。

 思考能力の底上げには人間の精神体にAIを導入する必要があるわけだ。

 むろんこれは倫理的な問題や安全上の問題が未成熟な技術では発生しやすい。そのためこの技術をもつのはいまのところアマテラス銀河連合以外にはない様である。


 元ユリアナ共和国の外交官四人組は受けた説明に唸っていた。

「・・記憶の細密化かぁ。恐ろしい技術もあるもんだね。」

「そのうえ思考能力の底上げまでできるときたもんだ。」

「わたしはAIの挿入はちょっと抵抗があるなぁ。頭の中に別の存在がいるわけでしょ?」

「う~ん、そこまで意識しないでいいみたいよ?検索能力みたいなものがもともと人にはあるそうなんだけど、それの検索の同時検索数をふやすようなものなんだってさ。」


 結局なんだかんだいいつつ全員AIの挿入や精神体の細密化を行うこととなった。

 処置が終わると四人ともすっきりした顔をしていた。

「これはすごいわね。あたまの回転がすっごくやはやくなったみたい。覚えたいと思うことはおぼえれるし、忘れたいこともすぐにわすれられそうな全能感・・・。」


 一方そのころ、惑星クラヌスの管理官ビルでは、本部から派遣さえた監査管理官による会議が開かれていた。

「先輩、言ってしまうと、ここの仕事を放置して追跡調査にでたいと?」

 ラナンの疑りの目にくびをふりつつイサは答えた。

「まあ、そういうことだ。」

 班員のノルトが首を傾げた。

「班長が直接調べないといけないほど深刻なんですか?」

 イサは断言する

「そうだ。今回の調査は必要不可欠だ。」

「けど現場の星系はなんどかの文明崩壊を起こしてて時間の流れもずいぶん速いし、セツの事件発生時から二万年はたってる計算になりますよ?」

 慎重なラキが声を出す。

「僕は絶対反対だな。いまの時点で転生したとして向こうの環境が整えれるわけがない。時空潮流の変化もあるけど・・・・たぶん転生しても技術の産業化がおきたあとくらいで・・・生活環境は最悪だろうし・・・なにより行方不明の管理官のブレインジェムの捜査は無理ですよ。」

「だけど、セツのババアの複製体が策動してるんだぞ?」

 ラキが首を振る。

「無人艦隊の記録をみたかんじ、この彼らの言葉でソル太陽系の居住可能惑星は今現在第三惑星のみ。第二惑星は環境が最悪で監獄惑星として運用されている。ようはシリウス残党の巣窟です。これは軍を派遣する案件です。ひとりで管理官がのこのこでていく案件ではない。」

「だが・・・!」

「失礼ながら・・・・・イサ管理官のお気持ちはわかりますよ。そりゃ自分が生まれた惑星を取り戻したい気持ちがあるのは当然です。だけど敵のど真ん中ですよ?」

「・・・・・。」

「経歴を拝見しました。ナギアの虐殺後の大脱出で第三惑星を脱出されて本国艦隊に保護され、その後管理官学校の第八段までい数年で修了。軍務につかれ辺境域の宙賊艦隊の壊滅に非常に高い功績を収められ、軍を退役。その後長期間の余暇を過ごされたのちに管理官学校第八段の同期のライニールさんの勧めで監査局に入局。数々の強硬査察とその後の再生任務を完遂。現在管理官階級十二段にあり、強硬査察特別班の班長を務める。」

 イサは絞り出すように言った。

「俺には家族も恋人もいた・・・・・。だがそのすべてはシリウスに・・・・黒幕からいえばセツのバアアだが・・・組織的には通商連合共和国の連中にすべて奪われた。この800年復讐を忘れたことはない。だが・・・・このままいけば第三惑星の地球は星系処分で永遠に失われる公算が高い。もはや向こうでは2万年どころか3万年はたってて昔の面影なぞ残っていないだろう。だがな故郷なんだ。やっと・・・やっと・・・帰れる機会ができたのにかえれないなんて・・・そりゃないだろ・・・。」



 そもそも地球の当時の名前であるナロンギデアでの大虐殺の後、セツの率いる天の川銀河のアマテラス銀河連合支局は虐殺をおこなった宙賊艦隊は壊滅させたと本国に送っている。映像や音声などの合成により討伐が偽装されたのだ。

 当時のイサは若く、このことが納得できなかった。当時の管理官事務局も証拠が挙げられている以上、復興は天の川支局次第という対応しかとらなかった。

 それに奮起したイサは色々な仕事をしてお金を稼ぎ、それをもとに精神体の精密化措置や知識挿入、判断訓練を行い、管理官学校の十二級をトップで入学、八段まで駆け上がるように飛び級と資格試験の合格をもぎとっていく。

 しかし天の川領域のうち地球圏領域は一般には進入禁止の危険区域に設定されていた。

 管理官の業務として士官学校に入学したのも軍にはいって危険区域に入る権限を得るためだった。

 しかしながらなかなか別の区域にまわされたりとうまくいかず、くさっているときに天の川銀河を含む方面銀河集団で宙賊被害が拡大し、それを取り締まる軍の特別部隊が編制されることになり、それの応募に飛びついて、結果的にシリウスの私掠艦隊をいくつも沈めることとなった。

 このあたりになると天の川銀河の勢力図はおぼろげながら頭に入ってくる。それでもあくまで犯罪組織がアマテラス銀河連合の領宙内で策動しているという認識だった。

 それで監査の仕事で天の川銀河に回されることとなり、二つ返事で業務をうけて今に至っているわけだ。

 結果的に復讐の最大の相手は逮捕し、死刑台に送り、さらに精神体の消滅処分も行わせた。

 だが復讐はまだまだおわっていなかった。

 彼にとっては太陽系に巣食うシリウスの残党と通商連合共和国の残党の討伐。それと故郷である地球の救済こそアイデンティティだろう。






 イサが強硬に地球いきを主張するにはさらに理由があった。地球が現在人型生物兵器ジョカの繁殖場である人間牧場にされていることだ。

 これを放置すれば地球に残っている旧アマテラス銀河連合国民の子孫は早晩全滅してしまうだろう。それを何としても防ぎたいとイサは覚悟を決めていた。

 もっとも一人乗り込んだところでできることなどたかが知れている。地球の惑星システムがまともに運用できるかどうかの問題もある。空間情報システムもつかえるかどうかわからない。

 おそらく両方に相当深刻な障害が発生していることが考えられる。おまけに時代遅れなシステムの情報リソースで、情報の細密度が違うだろう。

 AIの運用にすら事欠く可能性が高い。クラヌスですらぎりぎり使えるくらいの範囲だったのだ。地球となれば、相当シェイプアップしたAIでないと使えないだろうし、場合によっては個人の情報領域の展開すら障害を受ける可能性がある。個人の情報領域の展開には空間情報システムの補助が必要だからだ。


 一応、遠隔でクラヌスからソル太陽系のシステムに接続して、太陽系のシステムの更新を少しずつは進めている。だが惑星系のシステムの更新をしようとするとあちらこちらで妨害が入る。

 妨害の原因はだたいわかっている。行方不明になっていた天の川銀河に派遣された管理官の脳髄から作られたブレインジェムを用いたコンピューターシステムだ。これが惑星のあちらこちらに設置されており、システムの更新を阻害していた。

 現行のアマテラス銀河連合のシステムにかえればブレインジェムをつかわれても惑星システムや空間情報システムへのアクセスは不能だ。旧式がゆえにセュリティホールとして機能している。

 それと先日の調査で地球のブレインジェムコンピューターシステムを介してセツの複製体による惑星システムへのアクセスが確認された。どうやらブレインジェムを利用して転生を行っているきらいがある様子だった。

 本来は戸籍用の高次元空間に戸籍精神体がなければできないが、疑似的に地球あるいは金星の上のブレインジェムでつくったコンピューターシステムをつかうことで転生を可能にしているらしい。

 ということはブレインジェムの精神体の場にコピー体の精神体が固定されている事になる。

 本来のシステムと比べると安定性にかけるが、一応運用可能なのだろう。

 これを知ったイサは、セツが横領したお金で何を作っていたか、一つ明らかになった気がした。


 それにしてもセツのアマテラス銀河連合に対する対抗意識ばかり目立つ気がする。

 いずれにせよ、ブレインジェムを破却しなければセツの複製体は転生し続けることになる。早急に対策をとる必要性があった。



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