火花 / 又吉直樹

 芥川賞受賞作ということでずっと気になっていたのですが、読めていなかったので図書館で借りて読みました。


 まずP24の「どの事務所でも、芸歴を重ね手垢のついた芸人よりも、言うことを聞く若者の方が好まれるようだった。」という言葉にこれはきっと芸人だけでなく、他の世界でも同じように、言うことを聞く若者の方が好まれている気がすると思いました。それが現実で、変えられない事実みたいな気がして少し悲しい気がしました。


 次にP32の「一つだけの基準を持って何かを測ろうとすると眼がくらんでまうねん。たとえば、至上主義の奴達って気持ち悪いやん? 共感って確かに心地いいねんけど、共感の部分が最も目立つもので、飛び抜けて面白いものって皆無やもんな。阿呆でもわかるから、依存しやすい強い感覚ではあるんやけど、創作に携わる人間はどこかで卒業せなあかんやろ。他のもの一切見えへんようになるからな。これは自分に対する戒めやねんけどな」という先輩芸人 神谷さんの言葉です。個人的には一番この言葉が印象的でした。神谷さんの言葉はかなり長文のものが多く、読み込むのに少し時間がかかるのですが、ちゃんと消化できればとても素敵な言葉のような気がします。覚えておきたい言葉の一つです。


 この作品の好きなところは神谷さんのことを好きになれたからだと思うんです。小説に出てくるキャラクターを好きにならない限り、小説のことも好きになるのは難しいことだと思っているので、私は神谷さんの純粋で本当に阿呆な部分にとても魅かれたのだなと思います。

 例えばP34の

「『美味しいですね。でも、師匠の感覚には寄り添っていいんですよね?』

『今は、寄り添え。寄り添え?』

神谷さんは、普段使わない言葉を僕に釣られて使ってしまうことを恥じていた。」

というシーンです。後輩に「寄り添え」っていうのに慣れてなくて恥ずかしくなるなんて、とっても愛おしくないですか?

 それから他にはP36の、喫茶店のマスターが傘をくれたことに対して

「喫茶店のマスターの厚意を無下にしたくないという気持ちは理解できる。だが、その想いを雨が降っていないのに傘を差すという行為に託すことが最善であると信じて疑わない純真さを、僕は憧憬と嫉妬と僅かな侮蔑が入り混じった感情で恐れながら愛するのである。」というシーンがあるのですが、そこも本当に愛おしいなと思います。神谷さんと一緒にいたら、大変だけどある意味物事について深く考えるようになりそうです。


 一番感動したのはスパークルの最後の漫才でした。読んでいながらそこにスパークルの二人がいるのではないかというくらいの熱量をそこに感じましたし、私も観客としてそこにいたように思います。

P124の「お客さんが笑うと、壁も一緒になって笑うのだ。」という表現は臨場感が伝わってきてとても好きです。


 最後の神谷さんがホルモン注射して胸が大きくなっていたというオチ(?)は全てを持っていかれて、感動的な話で終わるのかと思っていたらそうではないところが、芸人さん! という感じがして好きでした。


2019.7.20.

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