メイドの日
進路を決定するまでの、最後の猶予。
それが高校三年間だとお袋に聞かされてきたが。
進路が決定しないと勉強の方針が定まらないし。
あるいはAOや推薦のことを考えれば。
実質、一年半くらいしか猶予はない。
でも仮に。
高校に入ってすぐに自分の夢と出会い。
その進路に向けて。
いや、さらにその先を見据えて。
勉強するとともに技量を磨き実務すら経験し。
王道と呼ばれるような学校に進んで望み通りの職に就いたとて。
実際に仕事を始めてみたら想像と違っていた。
職場の人間関係が耐え切れない。
そんなことはざらにあると、よく耳にする。
青春の全てを賭けた代償がそれでは目も当てられない。
ならば最初から、仕事の内容に夢を見ないのが正しかろう。
そして実際に体験しないと分からないのが社会なら。
その社会が他人を評価する絶対尺度。
つまり学歴以外に信用に足るものはない。
だから俺は。
平均合格偏差値だけで受験する学科を選ぶ。
社会に出た後、ゆっくりと。
俺の夢を探すために。
……そう進路相談書に書いたら。
またも先生から突っ返された。
ちきしょう。
なにが悪いってんだ。
秋乃は立哉を笑わせたい 第25笑
=恋人(予定)の子と、
進路について考えよう!=
~ 五月十日(火) メイドの日 ~
※
運まかせの大勝負をすること。
さいころを投げることから生まれた言葉。
普段はフリルとレースが存在を前面に押し出しているのに。
今日はいつもよりシンプルなドレス。
そんな姿を披露するのは。
新、高校一年生。
「それが舞台の衣装なんだ」
「……ふむ。良家の息女とのことなのだが、地味過ぎないか?」
世間一般的には十分華美で、人によっては袖を通すことすらはばかられる。
そんな衣装を地味と呼べる存在は、君かマリーアントワネットくらいだと思うよ?
「大丈夫。衣装も確かに重要なファクターだけど、春姫ちゃんお得意のお嬢様オーラでカバー可能」
「……褒められているのやらバカにされているのやら」
そんな言葉を残して自室に行くと。
しばらくして、見慣れた派手なゴシックドレス姿と共に戻って来た。
「……お直しが必要だ」
舞浜家の応接間。
その名とは裏腹に、質素な調度が並ぶ室内で。
衣装を自分の手で直す様の。
なんと心地よい指さばき。
演劇部の合宿で決定した舞台。
今月末に、一年生ばかりが舞台に立つお披露目公演があるらしい。
「……私の方ばかり見ていないで。立哉さんにはやるべきことがあるのではないか?」
そう、溜息まじりに呟く春姫ちゃんが。
手元も見ずに一瞥したのは。
テーブルに置かれた大学と職業の資料の数々。
これらを準備してくれたのは。
「どう? 参考になる?」
ここ数ヶ月。
俺が進路について相談して以来。
なにかと世話を焼いてくれて。
自分のことのように心配してくれる。
「どう?」
「うーん。……まだ、ピンとこない」
大学の学科というものが。
進学先と直結していることを理解してはいるんだが。
畑違いでも、大学名で採用することもあるらしいし。
そもそもやりたい仕事が未だに決まらない。
急がないとと、分かってはいるが。
今日も秋乃の顔を曇らせる事しかできそうにないな。
だから俺は、自分のことは脇によけ。
春姫ちゃんへと話を振った。
「春姫ちゃん。合宿どうだった?」
「……ふむ。出発前は、兼部しているマーダーミステリ同好会の合宿を優先させる気でいたのだがな?」
「うん」
「演劇部の合宿に行って良かった。実に面白い。生涯をかけて歩く道を見つけ出せたかもしれん」
「大げさな」
俺は思わず肩をすくめたが。
春姫ちゃんの表情は真剣そのもの。
「そうか、大げさとか言って悪かった」
一応謝ってはみたものの。
未だに夢も見つからないこの俺が。
祝福するには、はばかられる気がして。
それ以上のことは言えなかった。
「……部活動というものの存在意義を、私は身をもって知った」
「そうだな。一概にすべて右へ倣えって訳じゃないけど、確かに一生付き合う趣味だったり仕事だったり、そういうのを見つけるって意味も部活にはあるよな」
「……部活探検同好会の存在意義など、それこそ今の論に即しているのでは?」
「俺も最初はそう思っていたんだけど……」
単に楽しむだけ。
今は、そんな感じになっているかも。
勉強をおろそかにしてはいけない時期に入ってはいるけど。
やりたい仕事が見つかるまで部活に顔を出そうかな。
「……さて。お姉様の心尽くしは、今日も不発かな」
「嘘をついても春姫ちゃんにはバレるよね。まだ決まらないな」
「……なるほど。義務感と焦りはあれど、不服性が足りないようだ」
「不服?」
変なことを言い出したな。
仕事を選ぶのにそんなものが必要なのか?
俺が首をひねっていると。
春姫ちゃんは裁縫の手を止めて。
彼女らしく凛々しい声で。
そして彼女にしては大きな声をあげたのだった。
「いいから! 一も二も無く、とっとと決めろ!」
これには、俺ばかりか秋乃も背筋を伸ばすより他に出来ることなどなく。
見開いた目を春姫ちゃんに向け続けていたんだけど。
別に怒っているわけじゃないから安心しろ。
それどころかむしろ。
あえて憎まれることによって。
俺にはっぱをかけようとしてくれたんだ。
「おお、ありがたい。でもやっぱり春姫ちゃんに不服なんて感じないよ」
「……ふむ。効果は無かったか」
「いや? むしろその信頼を裏切りたくないからね。四の五の言わずに頑張るよ」
「……それはなにより」
そしてようやく、春姫ちゃんらしい柔らかな笑みを浮かべると。
再び針を繰り始める。
やれやれ。
本当に大した子だよ、君は。
「……理解してくれたのはいいが、もう一つ」
「なんだ?」
「……私よりも立哉さんのために頑張って来た人の気持ちも汲んでやると良い」
言われてお隣りを見ると。
そこには眉根を寄せた秋乃の姿。
そりゃそうか。
ここしばらく、進路が決まらない俺のことを心配し続けて。
今日もこんなに資料を集めて来たってのに。
俺は秋乃にお礼も言わず。
春姫ちゃんの言葉にだけ感謝した訳だからな。
「納得いかない……」
「ああすまん。そうだよな。怒らせてからで悪いけど、改めて……」
「なんで、一、二、四、五?」
「そっちにご不満!?」
「三の立場は?」
「知らんがな」
一も二も無く。
四の五の言わず。
どっちもサイコロ賭博で、出目を悩むことに由来する言葉だったと思うけど。
前者については。
さて、お次は一が出るかな? それとも二が出るのかな?
なんて悩むこともせずとっとと決めてしまうことで。
後者は、じゃあ四は出るかな? いやいや、五が出るのかも。
なんてぐずぐずいつまでも悩むなという話。
ホントかどうか知らないけれど。
セットでしっくりくる説だから、妙に気に入っているんだけど。
でもまさか。
飛ばされた『三』をフィーチャーする奴が現れるとは。
「……お姉様も、そのような些事にとらわれる暇など無いはずでしょう」
「そ、そうだよね……。じゃあまずは、お直しを手伝わないと……!」
いやそれも必要ないし。
そもそもお前は手を出すな。
俺も春姫ちゃんも慌てて止めようとしたんだが。
こいつは春姫ちゃんから衣装をぶんどると。
せっかく綺麗に縫われていたところから。
龍の川登りみたいな手つきでめちゃくちゃにし始めた。
「こらやめんか! すぐに返して、お前は三と六の気持ちでも考えてろ!」
「で、でも、あたしも頑張りたい……」
「頑張ったところでなのよ。七転八倒してるじゃねえか」
「七と八!?」
「うはははははははははははは!!!」
どうやったらそんな目が出るのか。
頭を抱え始めた秋乃から衣装を取り返して。
春姫ちゃんに手渡しながら。
二人で肩をすくめてため息だ。
うん。
でも、今日も笑わせてもらったよ。
だからお前は。
その特技を生かす道に進めばいいと思うよ?
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