第28話/生きててくれてありがとう

十一月下旬の夜、詩音は刺身を買ってきて、丁寧に皿に盛り直している。


「サーモンとか炙りましょうか?」

「生でいい」

「もう♡ ゴム付けてくださいよー♡」

「エロい話してねぇよ!!」

「イカは炙りますか? エッチな匂いになってしまいますが」

「全部生!!」

「マグロにマヨネーズかけて炙ってもよろしいでしょうか」

「もう好きにしてくれ」


てか、ガスバーナーとかいつ買ったんだか。


「にしても、だいぶ寒いのに雪降らないな」

「今日の夜中に降るそうですよ」

「それじゃ」

「はい。夜中に降るので、話は明日にしましょう」

「分かった」


少し怖い反面、どうせまた、くだらない下ネタの話なんじゃないかと思う部分もある。そうであってほしいとも思う。

 それから俺達はいつもと変わらず食事をして、いつ詩音が入ってくるか怯えながら湯船に浸かり、なにごともなくベッドに入った。

 明日は休みだし、朝一で話を聞いてしまおう。そうしないと、俺の心のモヤモヤが取れない。





そして迎えた翌朝、詩音はベッドの横に居なく、朝ごはんを作っているのかと一階に降りてきたが詩音の姿が無い。たまにある、寝坊助の日か。

 早く話を聞きたくて詩音の部屋にやってくると、そこにも詩音は居なかった。

 嫌な胸騒ぎが強まる中、買い物に行っているんだと思い込む様にして、気を紛らわすためにテレビを付けた。すると、朝のニュース画面に、空から映した地元の風景が映し出されていて、ニュースキャスターのとんでもない言葉が耳に入ってきた。


「海外旅行で行方不明になっていた天宮詩音さんが、生きて発見されましたが、警察の事情聴取中、急に橋の上から川に飛び込み、まだ発見されていません」


それを聞いてすぐに家を出ようと立ち上がった瞬間、インターホンが鳴り、玄関を開けると、そこには肩に雪が積もり、鼻先が赤くなった鳴海が立っていた。


「輝矢くん! 大変なことになった!」

「今ニュースで知ったところだ」

「私のせいかもしれないの‥‥‥」

「どういうことだ?」

「桜羽さんは記憶が戻ってたの。でも、私は桜羽さんのためにそれを隠してた。私がちゃんとしてれば、こんなことには‥‥‥」

「ありがとうな」

「え?」

「詩音の気持ちを守ってあげてたんだろ?」


鳴海は責任を感じて泣き出してしまい、俺のは美嘉に電話をかけた。


「美嘉、今どういう状況か教えてくれ」

「私も今電話しようとしたところ。夜中に詩音ちゃんが私の家に来て、全部話してくれたの。私達が姉妹だってこと。それでも、詩音ちゃんはアンタと居たいから、今のまま、友達でいようって話をしたの」

「それでどうしてこうなるんだ」

「親にバレて、詩音ちゃんは逃げ出したんだけど、警察に見つかって今って感じ」

「とにかく、俺は詩音を探す」

「橋から飛び降りたんだよ‥‥‥?」

「絶対大丈夫だ。美嘉も探してくれ。鳴海は大河に電話して一緒に探すんだ」

「わ、わかった!」

「見つけても警察は呼ぶな。また危険なことするかもしれないからな」

「分かった」


俺達は手分けして走り出し、俺は飛び込んだとされる川へやってきてが、警察が川を捜索しているのを見て、川は警察に任せると決めて、学校へやってきた。


「桐嶋!」

「木月先生!」


木月先生は車で学校を出るところで、俺の横に車をつけた。


「乗れ! 桜羽を探しに行く!」

「は、はい!」


急いで助手席に乗り込むと、アクセル全開で急発進しだした。


「ひぃー!! 先生!! 雪道ですよ!? 死ぬ!! 死んじゃう!!」

「こんな寒い日に川に飛び込んで、今も逃げ続けてる桜羽が死ぬか、私達が死ぬかだ!」

「死にたくなーい!!!!」

「あ、ガス欠だ」

「ふざけんなよ!! もう走ります!!」

「お金渡すから、ガソリンスタンドからガソリン持ってきてくれ!」

「知るか!!」

「なんだその言葉遣い! 先生は傷ついたぞ! 乙女の心をなんだと思ってる!」

「二十代は乙女じゃねぇ!!」

「女は幾つになっても乙女なんだよ!! ま、待って! 一人にしないで!」


木月先生を置いて、俺はまた走り出し、街中を走っていると、元、詩音のファンクラブメンバーが勢揃いでコンビニの前に集まっていた。


「君!」

「な、なんだ?」

「詩音さんを探しているのか?」

「そうだけど」

「俺達も探す。大河に、天宮詩音は桜羽詩音だと教えてもらったんだ。ファンクラブは解散したけど、こういう時なら復活しても、君も怒らないだろ」

「あぁ、見つけたら、温かい飲み物を買ってやってくれ」

「分かった! 全員走れー!」

「おー!!」


詩音、みんなに心配かけてなにやってんだ。

 自分一人で抱え込んで、俺に内緒で勝手な行動して、お前、メイド失格だよ。





どこを探しても詩音は見つからず、手も足も冷えすぎて感覚がもう無い。

 そんな時、お爺ちゃんから電話がかかってきて、かじかむ手で必死に画面をタッチして電話に出た。


「詩音ちゃんが来ておる」

「ほ、本当か!?」

「早く連れて行ってくれ。ゴルフができん」

「お爺ちゃん、状況分かってる?」

「なんだ、何か用があって電話してきたんじゃろ?」

「電話したのはお爺ちゃんだよ!! すぐ行くから逃がさないで!!」

「そうかそうか、もう帰るのか。せんべい持っていきなさい」

「お爺ちゃん!? その女を家から出すな!!」


電話切れちゃったよー!!!!とにかく美嘉に電話だ!!


「もしもし美嘉?」

「見つかった!?」

「いや、逃げられた。でも詩音は生きてる! 大丈夫だ!」

「よかった‥‥‥」

「一旦切るからな」

「分かった!」


詩音がお爺ちゃんの家を出たとしたら、次行く場所は‥‥‥。





「‥‥‥おかえりなさいませ‥‥‥ご主人様」

「ただいま」


やっぱり俺の家に戻ってたか。


「怪我はしてないか?」

「はい、少し擦りむいたぐらいです」

「濡れた服はどうした?」

「洗濯機へ」


詩音は私服を着て、元気のない表情をしている。


「お爺ちゃんの家に、なにしに行ったんだ?」

「最後のご挨拶を‥‥‥」

「天宮家に帰るんだな」

「その道しか、私には残されていません」

「とにかく、みんなに電話するから」


大河に電話をかけ、今、詩音と一緒にいることを伝えて、詩音を探してくれているみんなにも情報を回すようにお願いした。


「とにかく、手足の感覚が無くてヤバい。暖房の前に行こう」

「はい」


リビングの暖房の前に座ると、詩音は俺の手を優しくマッサージし始めた。


「一年も経たずして、こん大きな騒動を起こしてしまうとは思っていませんでした」

「美嘉が同じ学校じゃなければとか、そんなこと思ってるんじゃないだろうな」

「正直、少し思ってしまいました」

「素直でよろしい。さて、腹減った!」

「て、輝矢様?」

「なんだ?」

「私は行かなければ行けません」

「最後の命令だ! ラーメン一丁! それが終わったら、もう詩音は俺のメイドじゃない」

「‥‥‥かしこまりました」


それからしばらくして、出てきたのはインスタントのカップ麺だった。


「最後だからって手抜きか?」

「これしかありませんでした。それでは‥‥‥」

「あぁ」


詩音はゆっくりリビングを出ていき、俺は静かにカップ麺を啜った。

 だが、次の瞬間。


「うぉあ!!!! あっつ!!!!」


詩音は走って戻ってきて、泣きながら俺に抱きつき、俺は椅子から落ちて倒れてしまった。


「やっぱり行きたくありません!! 私‥‥‥輝矢様でしかイケないの!!」

「わーお!! 感動的な展開かと思ったら馬鹿みたいな展開だったわ!!」


だけど、詩音の身体は確かに震えていた。


「私、まだ言ってないことがあります‥‥‥」

「記憶の話じゃないのか? あ、実はSとか?」

「輝矢様のご両親が亡くなったのは私のせいなんです!!」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「ごめんなさい‥‥‥ごめんなさいごめんなさい‥‥‥」

「ちゃんと説明してくれ‥‥‥」

「私が道路に飛び出してしまい、それを避けて壁にぶつかったのが、輝矢様のご両親が乗った車でした‥‥‥」

「‥‥‥そうか‥‥‥よかった‥‥‥」

「良くないです!! 私は最低です‥‥‥」


不思議と、詩音を憎む気持ちは湧いてこない。


「事故の原因とか詳しく知らなくてさ、誰かを巻き込んだりとかしてないのかなとかばっかり考えてて、それで誰かを巻き混んで死なせたりなんかしてたら、俺は耐えられなかった。だから詩音」

「‥‥‥はい‥‥‥」

「生きててくれてありがとう」


詩音は俺の胸に爪を立てて、苦しそうに泣き続けたが、俺も静かに流した涙が止まらなくなっていた。





「輝矢様‥‥‥」

「落ち着いたな」

「はい‥‥‥必ず、またどこかで‥‥‥」

「同じ学校なんだから毎日会えるだろ」

「そうですね‥‥‥」


それから、詩音を警察署に連れていき、たまたま居合わせた詩音と美嘉の母親が詩音を抱きしめ、俺は警察に話を聞かれて、帰ってきたのは夜だった。


「な、鳴海?」


玄関先に鳴海が座っていて、俺は慌ててジャンバーを着せた。


「とにかく入れ。風邪ひくぞ」

「ありがとう」


鳴海をリビングに連れていき、すぐにホットココアを飲ませて身体を温めてもらった。


「詩音なら、母親と美嘉と一緒に居るはずだ」

「ごめんね」

「鳴海が責任感じることじゃないって。俺も俺で、隠してたことあったし」

「隠してたこと?」

「美嘉は詩音が姉だって気づいてたんだ。でも、気づいてないふりをしてもらってた。なのに、お互い気づいてたとかビックリだよな!」

「そうだったんだ。なんか、私一人でなんとかしなきゃって思い込んじゃってた」

「そりゃそうだよな、俺も似たようなもんだ。にしても、急展開すぎて感情がぐちゃぐちゃだ」

「桜羽さんは、最低でも高校三年間は隠し通したいって言ってたけど、恋しちゃうと、どんどん次の展開を求めるようになって、自分が背負ってるものが邪魔になっちゃったんじゃないかな。だから美嘉ちゃんに真実を話に行ったら、こうなっちゃったって感じだと思う」

「なんだ、あいつ好きな人居たのか! 全然知らなかった! でもあれか、それなら俺の家を出てよかったのかもな!」

「輝矢くん」

「ん?」

「輝矢くんは人の気持ちとか良く考えてる人だと思うんだけど、どうして鈍感なふりをするの?」

「そ、そもそも、俺は鳴海がっ、そ、その、好きだからさ。約束もあるし」

「‥‥‥それじゃ、今日は泊まって行こうかな!」

「え?」

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