第26話/一つのわがまま

「おはようございます♡」

「おはよう」


土曜日の朝なのに、毎週詩音の気配で平日と同じ時間に目が覚めてしまう。


「今日は美嘉と三人で遊ぶぞ」

「珍しい組み合わせですね」

「詩音の私服を買いに行く」

「昨日のお寿司で今月自由に使えるお金は無くなりました」

「美嘉が買ってあげたいんだってよ」

「私は何もお返しできませんよ?」

「気持ちで大丈夫だろ。準備するから、詩音も準備しろ」

「分かりました。朝ごはんはどうしますか?」

「コンビニでいい。服買うのは午後からで、午前は美嘉が行きたい場所に行くらしいから」

「了解です」


詩音が俺の部屋を出て行った瞬間、美嘉から電話がかかってきた。


「もしもし」

「待ち合わせ場所着いた」

「早くね!?」

「アンタが遅い!」

「楽しみにしすぎだろ」

「楽しみに決まってるでしょ」

「それもそっか。んじゃすぐ行くから待っててくれ」

「はーい」





今日の詩音は久しぶりにスーツ姿で、ビシッと決めて一緒に家を出た。

 そして待ち合わせ場所の公園にやってくると、美嘉はダボッとした白いパーカーを着て、ブランコに乗っていた。


「お待たせ」

「あ! スーツだ!」

「制服より落ち着きます」

「なんか似合うね」

「ありがとうございます」

「うん! それじゃ行こう!」


俺達は美嘉について行き、違う公園や噴水を見て周ったが、そこでなにをするわけでもなく服屋にやってきた。


「輝矢様、トイレでおしっこ出してもよろしいでしょうか」

「少しは恥じらいを持て。行ってこい」

「ありがとうございます」


店内で美嘉と二人きりになり、気になっていたことを聞いてみることにした。


「さっきの公園とか、なんの時間だったんだよ」

「小さい頃、よく一緒に行ってた場所。でも、なにも感じてなかったみたいだね」

「そういうことか。てか、お客さんが女ばっかで気まずいから、どっかその辺で時間潰しとく」

「たしかに、アンタみたいな幸薄顔の男が居たら不審者だと思うしね」

「俺達仲良くなれたんじゃないの!?」

「いいから早く行きなよ。服買ったら集合ね」

「はいはい、オッケー」


俺は一人で店を出て、近くの漫画喫茶にでも行こうかと歩き始めた時、詩音から電話がかかってきた。


「はい?」

「今どちらでなにをしていますか?」

「適当に歩いてる」

「急にいなくならないでください。心臓に悪いです」

「大丈夫大丈夫。暇つぶししてるだけだから」

「了解しました。服を選んでもらったらすぐに合流します」

「ごゆっくりー」


ご主人様のことだと心配性になるのは、メイドの宿命なのかな。

 あの感じだと、すぐに店を出てきそうだし、漫画喫茶じゃなくてレンタルDVDでも物色してようかな。





やっぱり漫画喫茶に行けばよかった‥‥‥二時間‥‥‥二時間だぞ。服選ぶのってそんなに時間かかるもんなの?俺なんか安い店で、無地しか選ばないから十分もかからないのに。


「輝矢様!! ご無事ですか!!」


適当に散歩していた時、後ろから美嘉とペアルック姿の、白いパーカーを着て可愛くなった詩音が走ってきて、俺の全身を触り始めた。


「なんだよ!!」

「ずっと探していたんですよ! くんくん」

「股間嗅ぐな!!」

「女とは会っていない。よし」

「会ってるわけないだろ! そもそも連絡してくれたら場所ぐらい言うっての!」

「アンタ、携帯の電源入ってないんじゃない? 詩音ちゃん、百回は電話してたよ?」

「え?」


まさかと思って携帯を確認してみると、完全に充電が切れてしまっていた。


「あはは! 充電切れてたわ! うぐっ!」


背中を美嘉に、腹を詩音に同時に殴られ、死にそうになりながら思った。やっぱり二人は双子の姉妹だ。


「なんで詩音まで‥‥‥」

「心配したんですからね」

「悪かったよ」

「それより、詩音ちゃんを見て言うことないの?」

「言うこと? 別に無いけど」

「だ、だからもっと大人っぽい服の方が良いと言ったんです!」

「大人っぽいとか分からないよ! でも、大きなパーカーにショートパンツ! 可愛い!」

「輝矢様は可愛いと言ってくれませんでした!」

「いや、可愛いぞ?」

「ひゃ!?」

「ひゃ?」


詩音は顔を真っ赤にして、一歩後ろに下がった。


「か、可愛くないです!」

「そうか? そのファッション、意外と好きだけどな」

「あ、ありがとうございます」

「よかったね!」

「はい!」


その嬉しそうな笑顔が、一番可愛いとは、口が裂けても言えない。


「これからどうするんだ?」

「詩音ちゃんが、クパァしたいって」

「はぁ!? なに言ってんだ!?」

「違います。クパァくんの隠れ家が狭くなったので買いたいんです」

「お金無いだろ」

「買ってあげようか?」

「さすがに悪いよ」

「でしたら、プリクラというものを撮ってみたいです」

「お金無いだろ」

「んじゃ帰るもん!!」

「急に子供みたいになるなよ!」

「撮る撮るー! ハメて撮るー!」

「よし! 今日は解散!」

「うん、私も二人のそんな姿見たくないし」

「羽目を外してプリクラでも撮りましょうという意味です」

「なら行こう!」

「行くのかよ‥‥‥」


結局近くのゲームセンターにやってくると、たまたま大河が一人でクレーンゲームをしているのを見つけて声をかけてみることにした。


「よっ!」

「輝矢! 桜羽さんと美嘉ちゃんも!」

「どうもです」

「一人で遊んでるの?」

「友達と来てたんだけど、用事で帰っちゃって」

「大河お前、俺以外に友達が居たのか!」

「いるよ!」

「輝矢様には大河さんしかいんです。空気を読んでください」

「そう言われても!」

「詩音は俺の心を読んで、言葉選びに気を付けてくれ。マジで泣いちゃうから」

「申し訳ありません!! 責任を取って涙を舐めさせください!」

「まだ泣いてねぇよ!!」

「あはは! 二人は相変わらずだね!」

「本当困るよ」

「あれ? みんな!」


まさかの鳴海もお兄さんと一緒にゲームセンターにやってきて、海のメンバー全員が集まった。


「輝矢様がカチンコチンです」

「バ、バカ、お兄さんの前で変なこと言うな」


急に好きな人のお兄さんと会ったら、そりゃ緊張するにだろ!!絶対下手なことできない。


「キミ、瀬奈の彼氏だよね! 海にいた!」

「は、はい! いました!」


あっ、いきなりお兄さんに話しかけられて、彼氏じゃないのに認めちゃった。


「瀬奈をよろしくね!」

「はい!」


真面目そうで優しくてよかった。ヤンチャなお兄さんとかだったら、恋すら諦めるところだったわ。


「お兄ちゃん、ちょっとみんなと話したいから」

「それじゃメダルゲームしてるよ」

「うん! ありがとう!」


お兄さんは一人でメダルコーナーへ行ってしまった。あとでジュースぐらい持って行こう。


「みんなは一緒に来たの?」

「三人で来て、大河はたまたま会った」

「タマタマなんてエッチですね。んっ」


詩音の唇を指でつまんで、話を続けた。


「プリクラ撮りに来たんだけど、せっかくだし五人でどうだ?」

「僕は家の手伝いの予定入れちゃったから、四人で楽しんでよ!」

「え、それは困る」

「行こ行こ!」

「行きましょう」

「ちょっと待って!」


鳴海と詩音に引っ張られ、俺は美少女三人と狭いプリクラ機の中へ来てしまった。なんかいい匂いするし、右に詩音、左に美嘉、背中には鳴海、そんな感じて密着され、自然とニヤけてしまうのを我慢するのに必死だ。


「詩音ちゃん笑いなよ。撮りたかったのは詩音ちゃんなんだから」

「桜羽ちゃんが撮りたかったんだ!」

「はい、興味本位で」


それから何枚か撮ったところで、後ろに立つ鳴海が急に膝カックンしてきて、俺は尻餅をついてしまった。


「鳴海!?」

「ごめん!」

「気をつけてください。輝矢様に怪我でもさせたら許しませんよ」

「気をつける!」


絶対わざとだったけど、なんで膝カックンなんか。中学生ぶりにやられたわ。

 とりあえず立ち上がると、さっきのが最後の一枚で、プリクラには詩音と美嘉のツーショットが写っていた。それを見て、あの膝カックンは二人のための、鳴海の優しさだったと気づいた。

 それなら、落書きも詩音と美嘉にやらせることにして、俺は自販機でジュースを買い、鳴海と一緒にお兄さんのところへやってきた。


「お、お兄さん!」

「あっ、さっきぶり!」

「ジュースどうぞ!」

「えぇ! いいの!?」

「はい! 飲んでください!」

「瀬奈の彼氏がいい人でよかったよ!」

「そう言ってもらえてよかったです!」


もう、お兄さんの前では彼氏ってことでいいや。両想いだし問題ないだろ。


「彼氏じゃないよ?」

「え? そうなの?」


言っちゃうの!?もう彼氏で良くない!?


「い、今はまだって感じで、これからそうなると言いますか!」

「これからもずっと無いよ?」

「へ?」


な、なるほど、お兄さんの前だと恥ずかしいのか。理解理解。一瞬ショックで死んじゃうところだった。


「そろそろ落書き終わったかな! 行ってみようか!」

「お、おう! それではお兄さん! ま、また!」

「うん! またね!」


二人の元へ戻って来ると、二人は仲良くハサミでプリクラを分けていた。


「輝矢様の分です」

「ありがとう! ツーショットいい感じじゃん!」

「美嘉さん可愛いですよね」

「詩音ちゃんの方が可愛いよ!」

「そんなことありませんが、ありがとうございます」

「それじゃ私はお兄ちゃんのところ戻るね!」

「おう! またな!」

「またね!」

「鳴海さん」

「なに?」

「また来年」

「私は海外にでも行くの!?」


二人の仲がいいと、言い合いにならない代わりに笑いが生まれるようになった。仲良いことにマイナスは無いし、なんかもう、仲良くなった理由とか気にしなくてもいいかもな。

 それから、クレームゲームやエアホッケーで少し遊んだ後、結局三人でペットショップへ行き、ウーパールーパーの隠れ家まで美嘉に買ってもらい、詩音はルンルンで美嘉も満足そうに帰って行った。


「思ったより早めの解散になっちゃったな」

「でも楽しかったです」


プリクラを見つめながら道路側を歩く詩音は、本当に満足そうだ。


「前見て歩かないと危ないぞ。歩道側歩け」

「ダメです。輝矢様が事故に遭ったりしたら、私は死んでしまいます」

「死ぬのは俺だろ」

「だからダメです」


俺の親が事故で亡くなったことと関係あるのかな。


「あ、あの」

「ん? どうした?」

「一つだけ、わがままを言ってもいいでしょうか」

「言ってみ?」

「ゲームセンターに戻りたいです」

「なんだ、まだ遊び足りないのか? 結構歩いてきちゃったし、また来週の土曜にしようぜ」

「て、輝矢様とツーショットを撮りたいのです!」

「は!?」

「迷惑なのは分かっています。でも撮りたいのです」

「でもなー、あっ、携帯貸してみ」

「携帯ですか? 検索履歴は見ないでくださいね。【ご主人様を逆調教】とか【ご主人様が好むMな女】とか検索してるので」

「言っちゃってる言っちゃってる!」

「いやぁーん♡」

「イってはないよ?」

「え? 下ネタですか?」

「一発殴っていいか?」

「ごめんなさい」

「とにかく携帯貸せ」

「はい、どうぞ」

「パスワードは【1919】っと。あ、マジで解除できた」

「な、なぜ分かったのですか!? まさか超能力!」

「詩音が好きそうな数字だったから簡単だった」

「ちなみに鳴海さんのパスワードは【37564】です」

「皆殺し‥‥‥」


てか、ロック画面が口を閉じたウーパールーパーで、ロック解除をしたら、口を開けたウーパールーパーの待ち受けが出て来るのちょっと可愛いな。意外とこういうことするんだ。


「よし、ハイチーズ」

「えっ、え!? 待ってください! 私変な顔してませんでした? 撮り直しましょう? それと、あと十枚くらい撮りましょう」

「大丈夫大丈夫。ちゃんとビックリした顔してるぞ! むしろ俺が撮ったのに、なんで俺が半目なんだ‥‥‥」

「‥‥‥へへ♡」


なんでそんなに嬉しそうな顔するんだか。ゲーセンに戻るのがめんどくさいから携帯でツーショットを撮ったけど、こんな喜ぶなんて‥‥‥可愛いな‥‥‥。

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