第26話/一つのわがまま
「おはようございます♡」
「おはよう」
土曜日の朝なのに、毎週詩音の気配で平日と同じ時間に目が覚めてしまう。
「今日は美嘉と三人で遊ぶぞ」
「珍しい組み合わせですね」
「詩音の私服を買いに行く」
「昨日のお寿司で今月自由に使えるお金は無くなりました」
「美嘉が買ってあげたいんだってよ」
「私は何もお返しできませんよ?」
「気持ちで大丈夫だろ。準備するから、詩音も準備しろ」
「分かりました。朝ごはんはどうしますか?」
「コンビニでいい。服買うのは午後からで、午前は美嘉が行きたい場所に行くらしいから」
「了解です」
詩音が俺の部屋を出て行った瞬間、美嘉から電話がかかってきた。
「もしもし」
「待ち合わせ場所着いた」
「早くね!?」
「アンタが遅い!」
「楽しみにしすぎだろ」
「楽しみに決まってるでしょ」
「それもそっか。んじゃすぐ行くから待っててくれ」
「はーい」
※
今日の詩音は久しぶりにスーツ姿で、ビシッと決めて一緒に家を出た。
そして待ち合わせ場所の公園にやってくると、美嘉はダボッとした白いパーカーを着て、ブランコに乗っていた。
「お待たせ」
「あ! スーツだ!」
「制服より落ち着きます」
「なんか似合うね」
「ありがとうございます」
「うん! それじゃ行こう!」
俺達は美嘉について行き、違う公園や噴水を見て周ったが、そこでなにをするわけでもなく服屋にやってきた。
「輝矢様、トイレでおしっこ出してもよろしいでしょうか」
「少しは恥じらいを持て。行ってこい」
「ありがとうございます」
店内で美嘉と二人きりになり、気になっていたことを聞いてみることにした。
「さっきの公園とか、なんの時間だったんだよ」
「小さい頃、よく一緒に行ってた場所。でも、なにも感じてなかったみたいだね」
「そういうことか。てか、お客さんが女ばっかで気まずいから、どっかその辺で時間潰しとく」
「たしかに、アンタみたいな幸薄顔の男が居たら不審者だと思うしね」
「俺達仲良くなれたんじゃないの!?」
「いいから早く行きなよ。服買ったら集合ね」
「はいはい、オッケー」
俺は一人で店を出て、近くの漫画喫茶にでも行こうかと歩き始めた時、詩音から電話がかかってきた。
「はい?」
「今どちらでなにをしていますか?」
「適当に歩いてる」
「急にいなくならないでください。心臓に悪いです」
「大丈夫大丈夫。暇つぶししてるだけだから」
「了解しました。服を選んでもらったらすぐに合流します」
「ごゆっくりー」
ご主人様のことだと心配性になるのは、メイドの宿命なのかな。
あの感じだと、すぐに店を出てきそうだし、漫画喫茶じゃなくてレンタルDVDでも物色してようかな。
※
やっぱり漫画喫茶に行けばよかった‥‥‥二時間‥‥‥二時間だぞ。服選ぶのってそんなに時間かかるもんなの?俺なんか安い店で、無地しか選ばないから十分もかからないのに。
「輝矢様!! ご無事ですか!!」
適当に散歩していた時、後ろから美嘉とペアルック姿の、白いパーカーを着て可愛くなった詩音が走ってきて、俺の全身を触り始めた。
「なんだよ!!」
「ずっと探していたんですよ! くんくん」
「股間嗅ぐな!!」
「女とは会っていない。よし」
「会ってるわけないだろ! そもそも連絡してくれたら場所ぐらい言うっての!」
「アンタ、携帯の電源入ってないんじゃない? 詩音ちゃん、百回は電話してたよ?」
「え?」
まさかと思って携帯を確認してみると、完全に充電が切れてしまっていた。
「あはは! 充電切れてたわ! うぐっ!」
背中を美嘉に、腹を詩音に同時に殴られ、死にそうになりながら思った。やっぱり二人は双子の姉妹だ。
「なんで詩音まで‥‥‥」
「心配したんですからね」
「悪かったよ」
「それより、詩音ちゃんを見て言うことないの?」
「言うこと? 別に無いけど」
「だ、だからもっと大人っぽい服の方が良いと言ったんです!」
「大人っぽいとか分からないよ! でも、大きなパーカーにショートパンツ! 可愛い!」
「輝矢様は可愛いと言ってくれませんでした!」
「いや、可愛いぞ?」
「ひゃ!?」
「ひゃ?」
詩音は顔を真っ赤にして、一歩後ろに下がった。
「か、可愛くないです!」
「そうか? そのファッション、意外と好きだけどな」
「あ、ありがとうございます」
「よかったね!」
「はい!」
その嬉しそうな笑顔が、一番可愛いとは、口が裂けても言えない。
「これからどうするんだ?」
「詩音ちゃんが、クパァしたいって」
「はぁ!? なに言ってんだ!?」
「違います。クパァくんの隠れ家が狭くなったので買いたいんです」
「お金無いだろ」
「買ってあげようか?」
「さすがに悪いよ」
「でしたら、プリクラというものを撮ってみたいです」
「お金無いだろ」
「んじゃ帰るもん!!」
「急に子供みたいになるなよ!」
「撮る撮るー! ハメて撮るー!」
「よし! 今日は解散!」
「うん、私も二人のそんな姿見たくないし」
「羽目を外してプリクラでも撮りましょうという意味です」
「なら行こう!」
「行くのかよ‥‥‥」
結局近くのゲームセンターにやってくると、たまたま大河が一人でクレーンゲームをしているのを見つけて声をかけてみることにした。
「よっ!」
「輝矢! 桜羽さんと美嘉ちゃんも!」
「どうもです」
「一人で遊んでるの?」
「友達と来てたんだけど、用事で帰っちゃって」
「大河お前、俺以外に友達が居たのか!」
「いるよ!」
「輝矢様には大河さんしかいんです。空気を読んでください」
「そう言われても!」
「詩音は俺の心を読んで、言葉選びに気を付けてくれ。マジで泣いちゃうから」
「申し訳ありません!! 責任を取って涙を舐めさせください!」
「まだ泣いてねぇよ!!」
「あはは! 二人は相変わらずだね!」
「本当困るよ」
「あれ? みんな!」
まさかの鳴海もお兄さんと一緒にゲームセンターにやってきて、海のメンバー全員が集まった。
「輝矢様がカチンコチンです」
「バ、バカ、お兄さんの前で変なこと言うな」
急に好きな人のお兄さんと会ったら、そりゃ緊張するにだろ!!絶対下手なことできない。
「キミ、瀬奈の彼氏だよね! 海にいた!」
「は、はい! いました!」
あっ、いきなりお兄さんに話しかけられて、彼氏じゃないのに認めちゃった。
「瀬奈をよろしくね!」
「はい!」
真面目そうで優しくてよかった。ヤンチャなお兄さんとかだったら、恋すら諦めるところだったわ。
「お兄ちゃん、ちょっとみんなと話したいから」
「それじゃメダルゲームしてるよ」
「うん! ありがとう!」
お兄さんは一人でメダルコーナーへ行ってしまった。あとでジュースぐらい持って行こう。
「みんなは一緒に来たの?」
「三人で来て、大河はたまたま会った」
「タマタマなんてエッチですね。んっ」
詩音の唇を指でつまんで、話を続けた。
「プリクラ撮りに来たんだけど、せっかくだし五人でどうだ?」
「僕は家の手伝いの予定入れちゃったから、四人で楽しんでよ!」
「え、それは困る」
「行こ行こ!」
「行きましょう」
「ちょっと待って!」
鳴海と詩音に引っ張られ、俺は美少女三人と狭いプリクラ機の中へ来てしまった。なんかいい匂いするし、右に詩音、左に美嘉、背中には鳴海、そんな感じて密着され、自然とニヤけてしまうのを我慢するのに必死だ。
「詩音ちゃん笑いなよ。撮りたかったのは詩音ちゃんなんだから」
「桜羽ちゃんが撮りたかったんだ!」
「はい、興味本位で」
それから何枚か撮ったところで、後ろに立つ鳴海が急に膝カックンしてきて、俺は尻餅をついてしまった。
「鳴海!?」
「ごめん!」
「気をつけてください。輝矢様に怪我でもさせたら許しませんよ」
「気をつける!」
絶対わざとだったけど、なんで膝カックンなんか。中学生ぶりにやられたわ。
とりあえず立ち上がると、さっきのが最後の一枚で、プリクラには詩音と美嘉のツーショットが写っていた。それを見て、あの膝カックンは二人のための、鳴海の優しさだったと気づいた。
それなら、落書きも詩音と美嘉にやらせることにして、俺は自販機でジュースを買い、鳴海と一緒にお兄さんのところへやってきた。
「お、お兄さん!」
「あっ、さっきぶり!」
「ジュースどうぞ!」
「えぇ! いいの!?」
「はい! 飲んでください!」
「瀬奈の彼氏がいい人でよかったよ!」
「そう言ってもらえてよかったです!」
もう、お兄さんの前では彼氏ってことでいいや。両想いだし問題ないだろ。
「彼氏じゃないよ?」
「え? そうなの?」
言っちゃうの!?もう彼氏で良くない!?
「い、今はまだって感じで、これからそうなると言いますか!」
「これからもずっと無いよ?」
「へ?」
な、なるほど、お兄さんの前だと恥ずかしいのか。理解理解。一瞬ショックで死んじゃうところだった。
「そろそろ落書き終わったかな! 行ってみようか!」
「お、おう! それではお兄さん! ま、また!」
「うん! またね!」
二人の元へ戻って来ると、二人は仲良くハサミでプリクラを分けていた。
「輝矢様の分です」
「ありがとう! ツーショットいい感じじゃん!」
「美嘉さん可愛いですよね」
「詩音ちゃんの方が可愛いよ!」
「そんなことありませんが、ありがとうございます」
「それじゃ私はお兄ちゃんのところ戻るね!」
「おう! またな!」
「またね!」
「鳴海さん」
「なに?」
「また来年」
「私は海外にでも行くの!?」
二人の仲がいいと、言い合いにならない代わりに笑いが生まれるようになった。仲良いことにマイナスは無いし、なんかもう、仲良くなった理由とか気にしなくてもいいかもな。
それから、クレームゲームやエアホッケーで少し遊んだ後、結局三人でペットショップへ行き、ウーパールーパーの隠れ家まで美嘉に買ってもらい、詩音はルンルンで美嘉も満足そうに帰って行った。
「思ったより早めの解散になっちゃったな」
「でも楽しかったです」
プリクラを見つめながら道路側を歩く詩音は、本当に満足そうだ。
「前見て歩かないと危ないぞ。歩道側歩け」
「ダメです。輝矢様が事故に遭ったりしたら、私は死んでしまいます」
「死ぬのは俺だろ」
「だからダメです」
俺の親が事故で亡くなったことと関係あるのかな。
「あ、あの」
「ん? どうした?」
「一つだけ、わがままを言ってもいいでしょうか」
「言ってみ?」
「ゲームセンターに戻りたいです」
「なんだ、まだ遊び足りないのか? 結構歩いてきちゃったし、また来週の土曜にしようぜ」
「て、輝矢様とツーショットを撮りたいのです!」
「は!?」
「迷惑なのは分かっています。でも撮りたいのです」
「でもなー、あっ、携帯貸してみ」
「携帯ですか? 検索履歴は見ないでくださいね。【ご主人様を逆調教】とか【ご主人様が好むMな女】とか検索してるので」
「言っちゃってる言っちゃってる!」
「いやぁーん♡」
「イってはないよ?」
「え? 下ネタですか?」
「一発殴っていいか?」
「ごめんなさい」
「とにかく携帯貸せ」
「はい、どうぞ」
「パスワードは【1919】っと。あ、マジで解除できた」
「な、なぜ分かったのですか!? まさか超能力!」
「詩音が好きそうな数字だったから簡単だった」
「ちなみに鳴海さんのパスワードは【37564】です」
「皆殺し‥‥‥」
てか、ロック画面が口を閉じたウーパールーパーで、ロック解除をしたら、口を開けたウーパールーパーの待ち受けが出て来るのちょっと可愛いな。意外とこういうことするんだ。
「よし、ハイチーズ」
「えっ、え!? 待ってください! 私変な顔してませんでした? 撮り直しましょう? それと、あと十枚くらい撮りましょう」
「大丈夫大丈夫。ちゃんとビックリした顔してるぞ! むしろ俺が撮ったのに、なんで俺が半目なんだ‥‥‥」
「‥‥‥へへ♡」
なんでそんなに嬉しそうな顔するんだか。ゲーセンに戻るのがめんどくさいから携帯でツーショットを撮ったけど、こんな喜ぶなんて‥‥‥可愛いな‥‥‥。
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