第5話/裸エプロンで追いかけっこ♡

また明日から学校と頭をよぎる度に鬱になりそうになる日曜日。今日は朝から、昨日行かなかったウーパールーパーとメダカの専門店にやってきた。


「輝矢様」

「うん」

「昨日、閉店セールしてたみたいですよ」

「うん」

「もう潰れてます」

「さて、帰るか」

「そんなのあんまりです。どれだけ楽しみにして、楽しみすぎて寝れなくて、輝矢様が寝ているのを見つめながら欲を満たした私の気持ちも考えていただきたいです」 

「なにしてんの!?」

「バナナを食べました」

「アウトでしょうよ!!」

「食欲を満たすことによって、眠れると思ったので」

「あ、本当のバナナ?」

「はい、フルーツの」

「そ、そうだよな」 

「なにを考えたんですか?」

「別に」


閉店した店の前で哀愁を漂わせて会話をしていると、元専門店から、頭がカッパのように薄くなっている、一人のおじさんが出てきた。


「なにか用か?」

「あの、ここにウーパールーパーがいると聞いたのですが」

「店は昨日で閉めてしまったんだ」

「詩音、迷惑になるから帰ろう」

「ウーパールーパーはまだ居ますか?」

「いるにはいるけど」

「一匹に五十万出します」

「おい! なら俺のお小遣い上げろよ!」

「あはは! 約束だぞ! 入りな!」

「おっちゃん!」

「大丈夫! 冗談だ!」

「よかったです‥‥‥」


一軒家の一部を店にしたような店内に入ると、ウーパールーパーはまだたくさんいて、全てカップに移されてまとめられていた。


「今日の午後には業者が引き取りに来るから、気に入った子いたら持っていきな」

「いいんですか!?」

「そのかわり、大切に育ててくれよ!」

「ありがとうございます! 大切に育てろだってよ」

「この子にします!」

「早っ!」

「んぁ? 右後脚が半分欠けてるぞ? いいのか?」

「再生を見届けます」

「それもいいかもな。水槽はあるのか?」

「ありません」

「小さいの持っていきな」

「水槽まで!?」

「餌と隠れ家も、必要なもの持っていってくれ。午後の仕事が減って助かる」

「ありがとうございます! 詩音もお礼言え」

「ありがとうございます」

「どういたしまして!」

「輝矢様、いろいろ見てきてもいいでしょうか」

「うん。走るなよ」

「はい」

「メダカは全部売れたけど、やっぱりウーパールーパーはなー」

「結構大きくなりますしね。この店、結構長いのに、閉店する理由って売り上げですか?」

「いやいや、一緒に楽しくやってた奥さんが亡くなって、ちょっとな」

「ご、ごめんなさい」

「気にするな! お前さんも家族は大切にな!」

「俺の両親は一年ほど前に亡くなりました」

「おっと、こっちこそすまない」

「いえいえ、ここだけの話」

「おう、なんだ?」


小さな声で、詩音に聞こえないように話を続けた。


「あの女、急に家に来た居候なんですけど」

「ほう」

「うざくて騒がしくて、そればっかり気になっちゃって、一人で泣くことがなくなりました」

「いいじゃねぇか。さっき家族の話になった時、心配そうにお前さんのこと見てたぞ。大事にしてやれ」


詩音はメイドという立ち位置で心配してるだけだと思うけどな。


「輝矢様」 

「ん?」

「水槽も決まりました」

「んじゃ、全部段ボールに入れてやるから、気をつけて持ち帰れよ」

「本当にありがとうございました!」

「ありがとうございました」

「おう!」


俺が小さな水槽やらが入った段ボールを持って、詩音は大事そうにウーパールーパーが入ったカップを持ってバスに乗った。


「無料とかラッキーだったな」

「はい。名前を決めましょう」

「ウパくんとかでいいだろ」

「いいですね」

「クパァくんですか」

「言ってねぇ!!」


そんなこんなで家に帰ってくると、詩音は全て一人で水槽の準備をして、玄関のシューズ棚の上に置いた水槽に、ウーパールーパーを入れた。


「とてもいいです。可愛いですね」

「意外と癒されるな」

「早く脚が生えるといいですね。クパァくん」

「ウパくんだっ!!」

「くぱぁーって口あけるじゃないですか。なのでクパァくんです」

「なにか他の意味が込められてないだろうな」

「まさか、下ネタじゃありませんよ?」

「理解してるし‥‥‥あ、そうそう、ちょっと俺の部屋に来てくれ」

「シャワーを浴びたらすぐに♡」

「浴びなくていいから」

「そっちの方が興奮するのでしたら、それでも構いません♡」

「うん、行くぞ」

「はい♡」


詩音を連れて自分の部屋へやってきて、俺はしばらく使っていなかったノートパソコンの電源を入れた。


「あ、あの、電気消さないのですか?」

「目が悪くなるだろ」

「そんな間近で見るんですか?」

「うん。通販で家具を買う!」

「か、家具ですか?」

「脱ぐ準備してないで隣座れ」

「勘違いなんかしていませんが、座ります」


絶対勘違いしてたよね!!と思ったが、そう言ったら長くなりそうだからやめておいた。


「今更だけど、いつも何で寝てるんだ?」

「段ボールを敷いて寝ています」

「生活費から買う形で、詩音の部屋の家具を揃えよう」

「よろしいのですか? 私なんかは輝矢様と暮らせているだけでありがたいのですが」

「せめてベッドは買おう。ムカつく奴だけど、感謝もしてるから好きな家具選んでいいぞ」

「ありがとうございます。このお返しは私の体を」

「そういうのいいから!」

「では、ベッドはシングルの、どれでもいいです。枕は高め固めでお願いします」

「了解」

「今、とても嬉しいのですが、輝矢様は私が住むことに否定的ではなかったですか?」

「失恋させておいて、タダで帰すわけないだろ」

「体で払います♡ 五億回払いでいかがですか?♡」

「やっぱ帰ってもいいぞ」


そう冷たく言うと、詩音は少し寂しそうな顔をしたあと、自分でパソコンをいじり始めた。


「ちょっと待って!」

「ご主人様ぁ♡」


詩音は検索履歴を見て、ニヤニヤしながら顔を近づけてきた。


「十八歳未満はダメじゃないですかぁ♡ いつも興味ないふりして、興味津々なんですね♡」

「勝手に見るなよ! 買うもの決まったなら自分の部屋に戻れ!」

「私は今からお家の掃除をします。それと、明日から体育祭の練習が始まるので、今日はゆっくりお休みください」

「りょうかーい」

「ではごゆっくり♡」

「ニヤニヤすんな!!」


詩音が一階に降りて行ってすぐ、検索履歴を全消去し、買い物カゴに入れられた商品を注文した。





すっかり日も暮れて、カレーのいい匂いがしてリビングへやってくると、詩音はピンクのエプロンをしていた。いや、エプロンしかしていなかった。


「なっ、なにしてんの!?」

「は、裸エプロンです♡」

「今にも倒れそうなぐらい顔真っ赤ですけど!? でも大丈夫だ! 背中しか見てない!」

「お尻は嫌いですか?♡」

「大好きです!!」

「ご、ご主人様なら特別に、近くで見てもいいですよ♡」

「ダ、ダメだ! いや見たいけど! ダメだ!」

「なんでですか?♡ 遠慮しないでください♡」

「俺達はまだ高校生だぞ! 裸を見ること自体ダメだろ!」


今は俺の方を向いてるからセーフだけど!!


「恥ずかしさが興奮に変わってきましたぁ♡」

「話を聞け!!」

「是非もっと近くで♡」

「来るな来るな!! ほら! 鍋が危ない! 火ついてるし!」

「あっ、そうでした」


尻ー!!!!

 詩音は普通に振り返り、見ないようにしていた綺麗な尻を見てしまった。


「止めたので大丈夫です♡ さぁ、私を抱きしめてください♡」


この状況から抜け出す方法!!あれしかない!!


「俺、巨乳しか興味ないから。ヒィ!!!!」


一瞬で俺の顔の横をフォークが飛んでいき、俺は慌てて自分の部屋に逃げ込んだ。

 するとすぐに、詩音の足音が部屋に近づいてきた。


「ご主人様? 扉が無いのに部屋に逃げても無駄ですよ?」

「ごめんなさい!!」

「大丈夫です♡ 私に遊んで欲しかったんですもんね♡ 追いかけっこは楽しいですか?♡ 今捕まえてあげます♡」

「待て待て待て!!」


詩音は勢いよく俺をベッドに押し倒し、俺の腰に跨ったまま体を起こした。


「っ!!」


そしてニヤニヤしながら俺の首を押さえつけ、握っていたフォークを顔に向けてきた。


「捕まえました♡ ご主人様は悪いご主人様です」

「ずみまぜん!」

「おっと、いけません。私としたことがご主人様の首を絞めてしまうなんて」

「お前怖いよ!!」

「童貞卒業がそんなに怖いですか?♡」

「はぁ!?」

「大丈夫です♡ 私が頑張りますから♡ もう入ってますしね♡」

「ふぇー!?!?!?!?」

「嘘です♡」

「おい」

「実際本当でも、ご主人様のが小さすぎて、入っても分からないですよ」

「おいこら」

「言われてどんな気持ちですか?」

「嫌な気持ち」

「だったら胸のサイズの話はするな。いいな?」

「は、はぃ‥‥‥」

「あら、嫌ですぅ♡ またご主人様に威圧的な態度を♡ お仕置きにお尻ぺんぺんしてください♡」

「こ‥‥‥怖いよー!!!!」


詩音を押し退けて家を飛び出し、近くの公園にやってきた。

 本当に怖かった‥‥‥。従順メイドの皮を被ったヤンキーだ。


「輝矢様!」

「ヒィ!!」

「一人で外出は危険です!」


走ってやってきた詩音は、しっかりスーツを着て、真面目な表情になっていた。


「お家に帰りましょう」

「し、しばらく公園にいるよ‥‥‥」

「‥‥‥さっきので、嫌になってしまいましたか?」

「いや?」

「私なんか捨ててしまおうって、そう考えたのではないですか?」

「そんな泣きそうな顔するな。料理に洗濯に掃除もしてくれて、そして金づる。捨てるには勿体ない!」

「よかったです!」


うわぁ、なにその笑顔‥‥‥冗談で言ったのに、すっげークズ男の気分‥‥‥。


「カレーが出来ています。帰りましょう?」

「辛口が好きなんだけど」

「い、今すぐ作り直します!」

「えっ、中辛? 全然いいぞ!」

「子供用の甘口になります」

「なんで子供用!?」

「‥‥‥おかっ‥‥‥お母さんが食べさせてくれたお子様ランチのカレー‥‥‥その味が一番覚えているお母さんとの記憶です‥‥‥」


急に重い!!!!


「よし、帰るぞ!! 一緒に食ってやる!! つか、お子様ランチならオムライスに旗立てて、デザートのゼリーも用意しろ!!」

「すぐに用意します!!」


本当、そんな話聞かされたら、食事の前に胃もたれするわ。

 明日、ちゃんとしたお子様ランチでも食べさせてやるか。

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