第22話 最上位存在


「きたよー! あはははは!」


おい! 理香子! 来たよじゃねーよ!


「おお! おお! よく来た北村、まず座って飲め!」

「は、はい、お招きいただいて有難うございます」


 俺は恐縮しまくりながらテーブルに近づき正座して挨拶をする。

 しかし理香子は俺の少し後ろでニッコニコの上機嫌のままだ。


「あはは、おじいちゃんだ! 初めましてー理香子です!」

「いらっしゃい。じゃあ理香子さんは、あっちのおじいちゃんの隣に座りなさい」

「はーい!」


「ハハハ。いらっしゃいお嬢さん、出来上がってるね」

「はい! じゃあ、お隣、失礼しまぁす!」


 西園寺さんに気を取られてもう一人への挨拶を疎かにしてしまった。

 慌ててもう一人へ挨拶すべく膝を回して振り向くと、それは、見たことある顔の人物だった。以前はニュースとか見てなかったこんな俺でも、間違える訳もないくらい知っている人だった。挨拶しようと思った口がついパクパクしてしまった。


うあっ!?


「んー? おじさんなんか見たことあるよー? 私のしりあい?」


 お、ちょっっ! りかこおおお! そ、その人は!!!


「そうかい? ははは、若い人が私に興味を持ってくれるのは嬉しいね」


 りかこ、そそそそ、その人!

 も、も、元総理大臣の、大泉孝一郎さんだぁぁ!


「あ、う、彼女が、しし、し失礼をしまして!」

「ああ、いやいや、気にしなくて結構ですよ」


「あ、改めて、初めてお目にかかります、株式会社サイテックの北村弘樹と申します、本日はお招き頂いて、大変ありがとうございます」


「ハハ。硬くならなくて結構。年寄二人で飲むのも寂しい物でね、来てくれてうれしいよ。私は大泉孝一郎といいます、でも、もうご存じかな?」


なんだこの展開は。ヤバイ、目が回ってきた……。


「ん? おおいずみ? どっかできいたことあるなぁ……。ねぇねぇ、ひろきくんの友達はどっちのおじいちゃん? 二人とも? 紹介して!」


 理香子、お前酔い過ぎだ!

 それとも元総理の顔や名前を知らないのか!?

 それでもここで俺が醜態を晒す訳にいかない、内藤さんの顔も掛かってるんだ!


「理香子、少し落ち着いて水飲め」

「うーん? わかったー」


理香子が水を飲み始めてから紹介を始めた。


「こちらが先日内藤さんに紹介されてお会いした、7チャンネル作ってるJMNテレビ局の社長さんの西園寺さん。それとお前の隣に居るのが、元総理大臣の大泉孝一郎さんだ。理香子、見たことあるのはたぶんテレビで見たからだよ。あ、驚いて大声出すなよ!」


「ふえー? てれびきょく? そうりだいじん?……」


 そう呟いて、横に居る元総理の顔を眺める理香子。


「!?」


 気が付いて我に返り慌てて両手で口を抑え、すぐ正座して頭を下げる理香子。


「はわわわわ、た、たた、大変失礼、しま、しましま、しますた!」


「大丈夫だから頭を上げてください。ははは、愉快なお嬢さんだ。緊張しなくていいですよ、今はただのおじいちゃんだから」


「すすすす、すみ、すみま、すみまてん!」


 理香子は一瞬にして、アルコールが蒸発したようだ。


「彼女が大変失礼しました、えっと、彼女が私がいまお付き合いさせていただいてる小鳥遊理香子さんです」


「カッカッカッ! まぁ、まず二人とも座って飲め、色々話そうじゃないか」


 そういうとテレビ局の重鎮、西園寺さんが俺のグラスにビールを注いでくれる。

 理香子も元総理大臣にビールを注いでもらっている。


 なんと恐れ多い絵面なんだ。

 もはや完全に異世界だ。


「有難うございます、恐縮です」

「あ、ありがとうございます、すみません」


 どうりで部屋の入口に黒服スーツが待機してる訳だ。

 その後、俺と理香子は、まだ緊張しながら返杯する。


 俺とテレビ局の西園寺さん、理香子と元総理の大泉さんが座敷テーブルに並んで座り酒を交わしている。外にはシークレットサービスが待機していて目の前には豪華な料理。しかも俺はこの後ここのホテルで卒業予定を控えている状況だ。


 な、なんだこれ!?

 全てが現実とは思えない。


「君の話は西園寺さんや内藤さんから少し聞いているよ、面白い人らしいね」

「いえ、私なんかただの一般人です、どんな風に伝わっているのか怖いです」


「フフ、北村。お主はいつまでそう言って居られるかな?」


 西園寺さんが恐ろしい含み笑いをしている。


 それってどういう意味ですか、これ以上何かされたら俺死んじゃう。


 理香子は緊張し過ぎて糸が切れてしまったのか、それなりに楽し気に元総理と話しているではないか。それを見てずっとひやひやしている俺だが、そうして暫く4人で談笑をしていると大泉さんが突然俺に質問をしてきた。


「君は……今の日本をどう思うかね?」


 う、何その質問!?

 俺みたいな普通で小心者の一般人が、元総理大臣に何を言えるっていうんだ!

 えっと、もうすぐ9月だから、今の日本は残暑が厳しいですね!

 とか?


 いやいやいや!

 大泉さんはそういう話がしたいんじゃないだろ!

 とにかくだ、俺が今の日本に感じてる事……といえば……!

 落ち着いて、それらしく、それらしく……!


「はぁ……、えっと、そうですね……。ここ数か月の変化が大きく、少し社会が追いついて行けてない気がします」

「そうかね、なるほど」


「大泉、こいつに聞いてみろ、どうしたらいいかって」


 おい、ちょっとそこの魔王!

 貴様、俺を何だと思ってる!ただの一般人だぞ!

 そんな事けしかけるな!


「ふむ、君ならどうする?」

「あ、はい……。うーん」


 し、しかたない左脳を使うしかない。

 ふううう……慌てたってしょうがない。いったん落ち着いてちゃんと考えるか。

 ……そうだな、まず。


 ここは俺の考えを正直に話すか、二人が望んでいるであろう回答をすべきか。

 大泉さんは今はもう政治家ではなくても政界に影響力はある人だろう。


 ここは、テレビ局の大物と政界の大物の会談の場だったわけで、ここで話されたのは、少なからずこの二人の意識を誘導することになりかねない。そこに俺の様な一般人の意見を上げてもいいのだろうか。


 二人を忖度して当たり前の当たり障りのない、二人が求めているであろう意見をそのまま言う。過去はずっとそれが恐らく正解で、過去こういう場所はそういう忖度や相手の顔色をうかがい続けた結果が、今の日本を作ってきた。

 たぶんそういう事なんじゃなかろうか。


 であれば、俺の意見が正しいかどうかは、この二人が下せばいい。


 プロに任せるんだ。


 日本を動かすのは俺じゃなくこの二人の様な人たちなんだ。

 だから俺は俺の言いたいことを言えばいい。


「私は……、えっと……。今後、激しい改革は不要だと思います」

「ほほぅ!」

「ふむ、それはどうして?」


「はい、私が思う事は、政界や財界の改革では日本は変わりません。日本が変わるには、国民一人一人の意識が変わる必要があると思うんです」


「なるほど、私たちに日本を変える力はないと?」


こ、こわ…………くないっ!!!頑張れ俺!


 自分の言ってる事が正しいかはわからん。以前はそれでずっと怖がっていた。

 でも俺はさっき、理香子に発破をかけられ、勇者になることを決めた。

 だから結果を考えず俺が考えていることをそのまま伝えるんだ!


「あ、いえ、お二人のような方が出来ることは、国民を信じる事と、誘導する事なのだと思うんです。でも、政治家や日本を先導する人たちが責任を感じ、人を、国を、救いたい、自分達ならそれができる、というある種の驕りが今の日本の事態を招いていると考えています」


「なるほど、国民を救うという考えは驕りだと?」


 う、や、やっぱ、こわ…………くないっ!!


「いえ、思想はそれでいいのだと思います。でも手段が違うのではないかと」

「ふむ。では、君の考える手段とは?」

「フォッフォッフォッ」


「えっと、そうですね。国民が言って欲しいのは、あれをやれば救える、これをやめれば良くなる、という政治的判断ではなく、ただひたすらに我が国民よもっと頑張ってくれ! 大丈夫だ俺たちが責任を取るから。という事を伝えるのがなによりも一番大事なんだと思うんです」


「なるほど……」

「カッカッカッ!」

「ひろきくん……」


「たとえば、天皇陛下みたいな存在は直接的には何もしませんが、ただひたすら私たちのために祈ってくれるという存在、そのものが国民の心の支えになり、そのおかげで救われている国民は多くいます。政治は事務的作業はしっかりこなしつつ、その矢面に立つ総理や大臣や財界の方々の役割は、国民を励ます事こそが日本を救う力になる最大の影響力になるのではないかと」


「大泉、どうじゃ、こやつ面白いだろ? カッカッカッ!」

「そうですね西園寺さん、勉強になります」


「す、すみません、私の様な若輩者が生意気に意見なんか」


「いやいや、大事なんですよ。私たちの様になるとこういう根っこの部分の声が手元まで届いてこなくなるんです。途中のどこかで一度でも忖度されると歪曲されて届くなんてことは日常茶飯事なんですよ」


 大泉さんがそういうと、突然理香子が手を挙げた。


「わ、わたしも!」


 う、理香子! だ、大丈夫なのか!?


「わたしも、励まして欲しいです!」


お?

理香子は天井を見上げながら、その思いを長々と語り始めた。


「お金が無かったり、仕事が大変だったり、後ろめたい気持ちだったり、いっぱいあるけど、それはお金が有れば全部解決ってことじゃなくて、やっぱり、誰かに励ましてもらったり、支えてもらったり、いまは弘樹君がいるけど、ちょっと前までは私、とても不安に生きてました、ずっと不安でした」


理香子は理香子なりに一生懸命語り出す。


「ずっと年上のおじさんたちが、私たちを励まさないで、どうして日本が救われるんですか。もっと励ましてください、もっと頑張れって言ってください。そしたら私たち若い世代は、もっと頑張れると思うんです。誰も助けてくれない、お金だけくれたり、制度とか税率だけ動かして、生きやすい、住みやすいって、何か違います。励ますって、そんなにお金かかりません! 口だけでいいんです、テレビに出る偉いひとが、その口で、もっと、国民に、頑張れって!」


「……り、理香子」


 冷めたアルコールの余波か、理香子の熱弁が、場の空気を一瞬で浸食した。

 大泉さんは理香子と同じく天井を見て何かを考えていた。西園寺さんは腕を組んで、理香子の言葉を分析してるようだが、直後、隣に座る理香子を見て笑い出す。


「ふあっはっはっはっは!」

「あ、わたしなんかが、ごめんなさい……」


「ワシも、この年になって忘れていたことを思い出した気がするわい、ボケていたのかのぉ。いやいや、愉快愉快」


「うん、本当に大事な理香子さんの心を伝えてくれてありがとう」


 ふぅ、理香子やっぱお前凄いよ。


 そうなんだ、俺たちは若くて何したらいいか迷ってて、でも上の人たちが、日本を変えてくれるんだろうって、思ってた。


 でも日本を動かす力を持ってるはずの年配者が迷うから、素っ頓狂な政策作ったり、つまんない番組ばっか作って、今の日本をここまで追い込んだ。


 でもそれは年配者だって迷ってたんだ、自分たちが救いたいのにどうすればいいか分からなかったんだと思う。手探りだったんだと思う。


 年寄りは若い世代を励ますのが仕事、余計な事はしない、それでいい。

 それが一番助けになる。

 そして若い世代を勇気づけ頑張れと背中を押す。

 それが世界を動かす一番強い影響力なんだ。

 だって実際頑張るのは俺たちだ。

 だから年寄りは励ますのが何より大事なんだ。


 おじいちゃんたちに伝わるといいな、理香子。


 俺は、自分のできることをやるぞ!

 そんで日本を救うんだ!

 理香子、頼りにしてるぞ!


 そして、今俺が出来ることは。


「あ、ささ、どうぞ」


 そうして俺は、西園寺さんにビールを注ぐ。

 それを見た理香子も大泉さんにビールを注いだ。


 それから俺たちは二人のおじいちゃんと色々な話をした。

 一度冷めたアルコールも少し戻り、日本の最上位に居るであろうこの二人のおじいちゃんを相手に理香子が甘えてみたり、俺もジョークをかましたりして、楽しいお酒を飲みながら結局2時間くらいお邪魔してしまった。


 そうして俺たちは最後に挨拶をして席を立ち店を後にした。


 俺たちが食べていた分は全て大泉さんが払ってくれていた。

 それとこれは、翌日分かったことだが、チェックアウトの際スイートルームの1泊費用もルームサービスも全て西園寺さんが払ってくれていた。


 そして、フロントで西園寺さんからのメモを受け取った。

 そこには、かろうじて解読できるすさまじい達筆でこう書いてあった。


「お主達の大切な初めての夜を邪魔して悪かった。これからも期待しておる」



 あ、あの爺さんは……、やはり魔王だった。


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