第20話 皇帝現る


「ぎゃあああああああ!」

「ハハハハー」


 目の前で触れる距離に居るペンギンを見て、理香子が大興奮している。


「うぎゃあああ、かわいすぎるうううう!」

「すみません、あまり大声を出すとこの子達が驚いちゃうので」

「う、はい、ご、ごめんなさい」

「ハハハハー」


 関係者バックヤードパスを使って中へ入ると、飼育員のお姉さんが館内の裏側を色々案内してくれた。バックヤードのせいなのか、巡回する順序は、表の水族館と逆になっている。


 そのため、入るなりそうそう屋上に通されたのだが、理香子は特別ペンギンが好きだという事が分かり、俺たちは長靴と手袋とポンチョの様な服を借りて、手の届く距離でコウテイペンギンが、ペトペトという効果音を出しそうに歩いている。


「弘樹君! 夢みたい!」

「すごいね、こんな近くに。全然警戒しない」


 日常生活では犬や猫なら当然、牛や羊であっても牧場などで触れあう機会は少なからずある。しかし、ペンギンと触れ合える機会なんかほぼ皆無だ。


 それを夢のようだと訴えてくる理香子の眼は、俺の知る限り過去最大に輝いている。

 飼育員の持つバケツからイワシを手に取り、直接餌をあげる理香子の片方の手はブルブルと震えていた。


「かわいぃぃぃ! 触っても大丈夫ですか?」

「優しくお願いしますね」


 理香子は飼育員の許可をもらい、餌を頬張るペンギンを軽くなでる。


「弘樹君! ざらざらしてる! ざらざら! つるつるも!!」

「ソウダナーハハハハー」


 子供か!


 今日は理香子にとってすさまじい一日に違いない。

 謎の内藤という魔人との遭遇に、彼氏の正体が勇者であることが判明し、そして憧れの皇帝ペンギンを目の前にし、彼女のテンションはとんでもない事になっている。


 大好きなペンギンに囲まれ、至福の時間を過ごしている理香子に、さらなるサプライズが襲い掛かる。目の前のペンギンに夢中な理香子の後ろで、別の飼育員のお姉さんが俺の肩を叩く。


「この子はあかちゃんなので、彼女さんに大きな声出さないように言ってもらえませんか?」


 そのお姉さんは灰色のぬいぐるみ的物体を抱え、小さな声で話しかけてきた。


「あ、はい分かりました」


 俺は理香子の肩を叩くと、ペンギンから目を離せないでいる理香子に伝える。


「理香子、絶対大声出すなよ、今から赤ちゃん連れてくるから」

「!?」


 あまりの衝撃に、ホラー映画みたいに首をぐるっと向ける理香子。


「普段は、お客さんにあまり頻繁に合わせないんですが、特別なお客様という事で連れてきたんですけど、やさしく抱っこしてあげてくださいね、はい、お姉さん!」


 飼育員のお姉さんはそういうと、15センチくらいの灰色の塊である、ケープペンギンの赤ちゃんをそっと理香子に渡す。


「………!!!!!」


 すると声にならない声を上げて半泣きの様な顔をして目でサインを送ってくる。

 よく見るとペンギンの赤ちゃんはプルプルと振動している。もちろん理香子もプルプル振動している。振動スイッチは強だと思われる。


「カワイイナー、ハハハハー」


 感動しまくる理香子が、少し面白い。

 俺もしゃがんで、赤ちゃんを観察する。


「しかし、こりゃほんと可愛いな。生きてるのが不思議だ」


 俺もそう思い軽く頭をなでると、理香子は、コクコクコクコクっと声を一切出さずに、全力でヘッドバンキングして答えてくる。


 別に大声でなけりゃ会話してもいいんだぞ理香子。


 その間も、理香子の周りには様々なペンギンが興味津々で近づいては離れていく。あまり続くと理香子が窒息しそうだ。

 そうして、しばらくだっこした後、赤ちゃんを飼育員へ渡す。


「ぷあぁ! やばいいいいい」


 固く手を握り小声で感動と驚き表す理香子を、はたから見ていると可愛いというより面白い。内藤さんが俺で遊ぶときはこういう感覚なんだろうか。


「はーい、ありがとうございます、みんな、ごくろうさまですー!」


 飼育員のお姉さんがペンギンに向かってそう言うと、号令を聞いてか、ペタペタと住処へ帰っていくペンギンたち。それを見て、少し残念そうな笑顔でペンギンに手を振る理香子だった。


 ペンギンコーナーが終わった後も、水族館の裏側を見つつ、何人かの飼育員から、飼育の大変さや、動物を育てる喜びを聞きながら、ひとしきり館内のバックヤードを堪能させてもらった。


「ありがとうございました!」


「お疲れ様です、楽しんでいただけましたか? 裏側はここまでになります、この後は管内を表から、自由にお好きなだけ見ていただければと思います。今日はご来場、有難うございました!」


「こちらこそ、案内ありがとうございました!」


 俺たちはそういって、バックヤードを後にした。


「ほんとう、弘樹君ありがとう! こんなの夢みたいだったよ!」

「それは良かった、理香子が楽しいなら何よりだよ」


「だって普通は裏側なんか入れないでしょ?」

「そうだろうなぁ、特別なお客様って言ってたし、内藤さんやチケットくれた飯島さんに感謝しないとな」


「うん、弘樹君が勇者の時にもらったチケットで入れたって事だ!」

「うっ!」

「あはは、ありがとう弘樹君!」


 それから、表の水族館を二人でゆっくり時間をかけながら見て回った。

 ちなみに俺は、爬虫類ゾーンに感動したが、理香子はずっと目を閉じてた。


 館内を進路に従い見て回って屋上に出ると、あたりは少し暗くなり始めていた。


「そろそろ、お腹もすいてきたし、何か食べに行」

「ぎゃあああああああああああ!」

「ぬお!?」


「ナニコレ! フェネックの赤ちゃん!? かわいいいいいいいいいいい!」

「ハハハハー」


 理香子は可愛い物を見た時の反応が凄いな。確かにフェネックも可愛いが。

 でもその反応は、ちょっとみぞおちがキュッってなるくらいびっくりするわ。


 そんな感じで、理香子は動物に、俺は理香子にびっくりしながら、思う存分見て回り、水族館を後にした。


「ふぅ、楽しかったぁ、弘樹君ありがとうね」

「喜んでもらえてよかった、お腹すいたでしょ、なんか食べに行こうか」

「そうだね!」


 どこのお店に入ろうかと思いながら、町の中を歩いていく。


 俺は、今となっては月給60万の俺的大富豪だ。

 恐らく3か月後辺りから100万になる話もある。


 ケチケチする必要はない、金に糸目をつけずに好きな物を食べに行ける。


「理香子は、何食べたい?」

「んー、何でもいいよ?水族館連れてってもらったし、夜ご飯代は私が出すよ!」

「は? 男の俺が出すに決まってるじゃん、そもそも水族館のチケットは貰ったんだよ?」

「えーそういうの嫌だ! 男だからって何!?」

「う、ごめん。じゃ、ジャンケンでどう? 恨みっこなしで」

「うーん、わかった!」


 ははは、知らないだろう理香子。

 俺はジャンケンが強い。

 ただ負けたくないというだけで、連れて行きたい店が有る訳ではないが、俺はジャンケンで負けるわけにいかないのだ!


 何を隠そう俺は、相手の性格を分析し、行動を把握し、こういう時は何を出すか、確率で導けるのだ!

 彼女の性格を考えると、興奮した時は拳を握る傾向がある!

 そこで理香子は、俺がそう思ってパーを出すと思うだろう。


 それに勝つ為には理香子がチョキを出す必要がある!

 だが、理香子は俺がバカじゃない事を知ってる。

 素直に俺がパーを出すとは思わないはずだ。

 つまり理香子が出すと思っているチョキに勝てるグーを出すと考えるだろう。

 だから理香子は俺が出すグーに勝てるパーを出すはずだ!


 それに理香子は今日疲れている。

 しかし今とても楽しくて、開けた解放感を感じているはずだ。

 つまり、やはり理香子はパーを出す!

 その確率は色々考慮した結果、だいたい85%だ!

 だから俺はチョキを出せば、ほぼ勝てるはずだ!


「よーしいくぞ」

「せーの・じゃん・けん・ぽん!」





「うーん今日は疲れたし、ゆっくり二人で食べれるところがいいよねー」


 ジャンケンは俺の負けだった。

 理香子は入りたい店を探し俺は後ろをついて歩く。


「うー、なんでグーだしたのさ」

「え? 特に何も考えてなかったけど、なんか私興奮すると手を握っちゃうんだよね、たぶんそれかな?」


 裏を読み過ぎだった。

 そうだ、理香子は結構単純だった。

 そうして理香子は店を決められず結構な時間をかけ町の中を歩いている。


「そう、だよね、そろそろいいよね?……はい!……よ、よし!決めた!」


 何やら小声でぶつぶつ言っているが入る店を決めたようだ。

 そういってまた暫く町の中をぐるぐると歩き、立ち止まった場所は、水族館のあった高層ビルの入り口まで戻ってきてしまった。中にテナントで入ってる料理屋に入ると思いそのままついていくと、なぜかホテルのフロントに付いた。


「え、理香子さん?」


「すみません」

「いらっしゃいませ。本日は当ホテルをご利用いただきありがとうございます」


「理香子さーん」


「お部屋空いてますか?」

「はい、こちらにご記入ください。お部屋はいかがいたしましょう、ただいま、こちらのお部屋が空いておりますが」


「おーい、理香子さん、聞いてますかー?」


「んーと、じゃあ展望ルームのスイートでお願いします」

「ありがとうございます、はい、少々お待ちください」


「えっと、り、りかこさん?」


 そういうと、くるっと振り返り、俺の方を見て理香子が言う。


「私たち、付き合ってもう結構たつし、い、いいんじゃない?」

「え、いや、あ、う、え、っと、ご、ご飯、そう、ご飯は?」


「そんなの、ルームサービスでもラウンジでもいいじゃない」

「お待たせ致しました。こちら、37階、展望スイートのルームキーになります。御用が御座いましたら室内の電話でフロント900番までお申し付けください」


「ありがとうございます」

「それではごゆっくりどうぞ」


「えっと……り、りかこさん?」

「い、行くわよ! 弘樹君!」

「はい……」


 俺は言われるがままに付いて行く事になる。

 まぁ、お互い社会人な訳だ。

 理香子の言う通り付き合ってそれなりの期間が経っている。


 しかし、俺にはこういう経験が無い。内藤さんのサプライズにも、怯えっぱなしだが、これはこれで、別の意味でガクガクブルブルしている。


 理香子は平然とエレベーターに乗り込むと恐る恐る手を繋いできた。

 俺は鼓動が止まらなくなる。


 そうしているとエレベーターは最上階の37階で止まり、フロントで言われたルームナンバーへ向かうと、理香子はルームキーを差し込みドアを開ける。


 すると俺の方を振り返り緊張で動けない俺の手を取って、目を合わせないまま言った。


「早く……入ろ……?」

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