第3話 異世界転移
今まで一生懸命働いてもらえる金といえば貯金も出来ないスズメの涙。
とはいえ、しんどいのは嫌いな俺は、可能な限り出勤日を減らしギリギリ生活が出来る程度に自由な時間を優先するよう生きていた訳だ。
週3日の出勤日は、休憩入れて10時から20時くらいまでの製造業。
ちょっと離れたところにある工場の作業場で、何に使うかもよく分からない機械の部品の検品をしている。
白いパレットと呼ばれる箱に、薄い敷居に挟まれた謎の基盤や金属パーツが入っており、その機械の稼働部や接触部が正常に動作するかを1日中ひたすらチェックして、青いパレットに移し替えるだけの簡単なお仕事。
簡単な仕事だけにバイトの日は苦痛の10時間である。
同僚とかかわったり雑談する事も無く、工夫の仕様もやりがいも特にない。
大学を辞めて仕送りが止められ、自分で生きていけないなら帰ってこいと両親に言われ、えり好みせずに選んだバイトだった。
高卒、未経験、週3日以上、給料は最低手取り10万。
そんな条件にあった数少ない工場勤務で、眠気に耐えて10時間働き、仕事の翌日が必ず休みであることをモチベーションに最低限の生活をエンジョイしていた。
それがどうだろう、今月から突然何もせずに金が降ってくるようになったのだ。
仕事をやめようか。それとも仕事を続ければ稼ぎはほぼ倍になる。
買いたいものを買えるようにもなるだろう。
彼女だって作れるかもしれない。彼女にご飯をご馳走して喜んだ顔を見れたり、旅行したり、結婚したり、家庭や子供を作って普通の暮らしが可能かもしれない。大学を辞めた事で半ば諦めていた普通といわれる人生を、また手に入れることができるかもしれない。
24歳道程の俺は色々な妄想を続けるが、ふと疑問が浮かんだ。
「というか、どんな法案なんだ?」
いつまでもらえるのか、正確にいくらもらえるのか、何も分からない。
「こんなにおいしい話があるか? なにかデメリットがあるんじゃないか?」
良い事ばかりではないはずだ、例えば、スズメの涙しか稼げないのに、所得税が爆上げして、働けども働けども我が暮らし楽にならざりかもしれない。
大して働いてない俺が言うのもなんだが、啄木も言ってたよな。
普段からパソコンを弄っているが正直ただの高いゲーム機だ。
テレビと違い興味のない事は自分で調べなければ情報は何も入ってこないのがネットだ。そう思った俺は、パソコンに向かってベーシックインカムがどういう物なのかを調べることにした。
しかし、少し調べるとネットの中では様々な情報が交錯していた。
「ベーシックインカム開始が起爆剤で日本は滅ぶ……」
頭のよさそうな経済学者のブログでは大々的にそんなタイトルが付いていた。
「神の政策は日本を救う!」
頭の良さそうなインフルエンサーはそんな事をSNSでつぶやいていた。
どうやら肯定派と否定派で真っ二つのようだった。
法案を通ったのが1年前で、実施開始が先週あたり、実証実験に至っては何年も前の話だ。俺は何も知らなかった。
「これからはもう少しニュースを見よう……」
「えーっと?日本国籍をもつすべての国民に一定額の給付金を配布か」
成人であれば状況を問わず成人した世帯主には一律毎月12万円。
扶養家族は成人が8万円、未成年一人につき4万円の給付。
所得税は変わらず今後消費税が15%に上がる法案を提出済み。
実施は来年以降か?
「法人税が累進税率になって段階制に……」
こんなのは俺に関係ない。俺に関わることでなにか変わったことは無いのか?
続けて調べていくと、様々な事が変化していた。
「国民保険が4割負担、でも高度医療は変わらずか……」
「生前贈与税が廃止で固定資産税は増額か。国民はため込むなって事か……」
「国民年金が85歳から可能で今後負担額増額の予定……マジか」
「子無し税も検討されているとか……やめてくれ!」
予算確保のために国債大量発行、日銀が買い上げ円安対策に金利を調整など……。
「大改革じゃねーか……日本に何がおこってるんだ?」
俺だって何も知らないわけじゃない、大学は一応経済学部だったが、入ってすぐ遊び惚けて、何か学ぶ前にやめてしまっただけだ。
日本があらゆる既得権益の下で、国民が奴隷だったって事を思い知るほどうんざりした。将来儲かりそうだから入っただけだったが、漠然と起業したいという希望がそうさせた。
しかし学ぶほど政治や経済に何の興味も持てなかった俺は速攻で腐ってしまったのだ。
つまりニュースを見ていなかったせいで、俺にとって突然降って沸いたような日本の大改革により、俺の中で今までの世界が一変した日だった。
ここは異世界だ。俺は突然異世界に転移したんだ。
「今後の身の振り方考えなきゃな……」
そう考えるも、ずっと繰り返していた怠惰な日々はすぐに俺を動かしはせず、今日も今日とてネトゲしてアニメ見て、時々バイトに行っての日々が続く。
そんなある日、バイトの上司から突然声をかけられたのだった。
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