イチゴを盗まれた猫
蟹蛍(かにほ)
第1話
赤い実が一つ、二つ、まだ青い実が一つ、二つ、三つ。黒猫のマルクは窓際から赤い実を見守っていた。
もともとはマルクのご主人様が育てていたものだ。しかし、気まぐれなご主人様は様育てるのをやめてしまった。だからマルクは一日に一回ご主人様の見ていない間、人間に変身して水やりをする。
赤い実はもう少しで食べごろだ。青い実はまだまだ。
わざわざ実を育てるくらいならマーケットで買ったほうがたくさん食べられる。ご主人様が好きなジャムも作れる。
食べたら、育てたら、いいことがある魔法の実だというわけでもないのに。なんで年が明けるころには枯れているはずのちんけな植物を気にしているのだろう。
今日もマルクは早起きして人間に姿を変えた。ご主人様は寝ている。ご主人様は魔女だから朝が苦手だ。
井戸から水を汲んで銀色のジョウロに水を入れる。ジョウロにぼんやりと映った僕は今日も毛並みが整っている。
植物の根元にやさしく水をかけてやる。この葉は古いからちぎって捨てる。虫もついてない。
ジョウロをもとの場所に戻したら猫に戻って、何もなかったかような振りをしてご主人様の布団の中に潜り込む。
素晴らしい一日の始まり。猫と魔女が住む小さな家での一日の始まり。
夏の始まり、ご主人様はたくさんの葉っぱと果物を買い込んできた。水を沸騰させて冷ます。果物を切る。透明な入れ物に葉っぱと果物、水、氷、そしてお酒を入れるとご主人様はにんまりとして庭へ出て行った。
「ニャー」
「マルク、出ておいで。」
僕はまるで「外へ出たことがありません、怖いです。」という様子でご主人様にだっこしてもらう。
「見てごらん、トカゲだ。」
トカゲなんて知らない。なんなんだ、あのテラテラ光る生き物は。
「あははは、今トカゲが虫を捕まえて食べているぞ。」
僕にだってそれくらい出来るもんね。この前灰色の毛が生えた生き物捕まえたからね。
「マルク、放置していたイチゴがまた実を付けているぞ。まさかお前が育ててくれていたのか?」
「ニャー」
「出来るわけがないよな、猫なんだから。」
「ニャー」
猫はこんなことをしない。当たり前だ。だけど僕は猫だからご主人様と暮らすことができるのだ。
「そうだ」
ご主人様はまたにんまりと笑って家の中へ入って行ってしまった。
そしてさっきいじっていた透明な入れ物の中に赤い実をぽちゃんと入れた。透明な入れ物は汗をかいて机を濡らしていた。
「お前には絶対に分け前が無いやつだけどな。」
そういってご主人様は透明な入れ物から透明な小さなコップに中の液体を移した。そしてそれを飲む。
「やっぱり庭仕事をした後に飲むお酒は最高だな。」
何言ってるんだ。テラテラ光る生き物を面白がって見ていただけの癖に。
「ニャ――」
僕が端正込めて育てた赤い実はもうすぐご主人様のおなかの中にはいるだろう。
もし、赤い実が“食べたらいいことがある魔法の実”だったら。もし、“食べたら恋が叶う魔法の実”だったら。
大切なご主人様のところへ素敵な人がやってくるかもしれない。
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