転生覇王の学園譚~500年前に邪神を封印した英雄、転生して魔導学園へ入学する~
八茶橋らっく
第1話 炎の覇王の伝説
覇王、それは世界を構成する魔術の六属性のそれぞれを極めた六名。
炎、水、風、地、闇、光の魔術属性の数にちなんで六覇王とも呼ばれる、世界の頂点に君臨する者たち。
その力は古竜、精霊、神々、果ては概念すら蝕み覆すとされ、奇跡に最も近しい存在とさえされている。
これは、そんな破格の力を持った歴代覇王たちの中で唯一「人族」として覇王に至った青年、グレン・ドライグの物語──
***
「──そんな訳で、大ソトガミの封印には俺が行ってくる。お前らは俺に魔力と封印の術式だけ託せ。後は手出し無用だ」
円卓を囲む六名のうち、濃い炭色髪の青年が鋭い声音で言葉を放った。
細められた瞳、黒曜石に似た輝きのそれには、何人もこの決定を覆すことは許さんという、頑なな覚悟の気配があった。
この円卓を囲む六名の中で唯一の「人族」、グレン・ドライグ。
三代目の炎の覇王にして爆炎の二つ名を持つこの男へ、真正面に座る「半精霊族」……ハイエルフと呼ばれる種族の女が「否」と唱えた。
「炎の覇王、この土壇場になってまた単独行動ですか。いい加減になさい。今がどういう状況下はあなたも理解しているでしょう」
女が円卓に両手を付けば、円卓の表面に氷の像が次々に立ち上がっていく。
それは全世界の勢力図を表しているが、その全てが精緻な芸術品のようであった。
四代目の水の覇王、白夜の魔女の異名を持った彼女からすれば、この程度は造作もなかった。
「……これが現状の世界図……。既に七割が、この世界の外側から来た者たち、ソトガミに侵されてしまっている……」
静かに呟いたのは「天霊種」、俗にいう天使の一人であった。
長剣と銀の鎧で全身を武装した彼女は二代目の光の覇王。
戦乙女の二つ名を持った武人である。
また、彼女の言ったソトガミとは、文字通りにこの世界の外側から来た者たち。
魔物とも違う異形の存在、大きさは子犬程度から山を飲み込むほどまで。
……この世界は十年ほど前からソトガミの侵攻を受け、既に世界の七割を奴らに奪われてしまっていた。
各属性の覇王たちは各々が自らの国や配下を率いてソトガミと戦っていたが、遂に半年前、このままでは世界が滅ぶとして同盟を結ぶに至ったのだ。
特に炎と水、両覇王の相性は代々最悪であったが、世界の窮地とあって手を組むに至ったのである。
そして今現在は、各国の最高戦力である六覇王全員が戦線を離脱して「天の園」へと集結し、大ソトガミと呼ばれるソトガミの主の封印を執り行う段取りを決めている最中であった。
「世界の七割を取られたのも、大ソトガミの力が強大すぎたためである。炎の覇王、ここはひとつ我ら全員で奴を封じるべきであろう。そのために集まったのであろう?」
グレンを窘めるのは、覇王の中で最も巨大な体躯を誇る「竜人族」の男。
竜のような頭部に、全身を覆う翠の鱗に木々の根を這わせた出で立ちの彼は、二代目の地の覇王。
さらに「死霊族」であり喉に肉がなく会話のできない三代目の闇の覇王と、地の覇王に親しい「風精族」である六代目の風の覇王もまた、地の覇王に同意するように頷いた。
さて、自ら以外の全覇王より実質的な反対を貰った炎の覇王、グレンであったが、彼は臆することなく口を開いた。
「なるほど。地の覇王の言も分からんでもない。水の覇王の怒りもごもっともだ。……だが、しかしだ。俺ら全員で大ソトガミを封印できたとして、その後はどうするつもりだ? 一人で行こうが六人で行こうがその場にいる奴らは全員死ぬ。今からやろうってのはそういう類の封印術だろうがよ?」
グレンが何か言おうものなら即座に反駁しようと身構えていた水の覇王。
けれど彼女は閉口する他なかった。
……グレンは今、途方もない覚悟だけでなく怒気に似た気配をその身に宿していたからだ。
「俺たちは仮にも世界最強って肩書を持った六人だ。世の中、言葉だけで動く理性的な奴らなんて今時希少だ。だから実際、俺らが怖くて下について悪事を働かねぇ連中なんざゴロゴロいんだろ。……無事に大ソトガミを封じて、世界からソトガミ連中も消滅したとしてもよ。その後の世界で覇王がいないんじゃあ、待っているのはでかい混沌と混乱以外の何物でもねぇ。お前らも覇王を名乗る身なら、それくらいは分かっているはずだろうが」
「それは百も承知です。しかし一人より二人、二人より三人……最終的には六人の覇王で大ソトガミを封じた方が成功率は高いと、私が理論としてお示ししたはず。炎の覇王、あなたもそれについては頷いてくれたではありませんか!?」
水の覇王は立ち上がって、グレンを問いただす。
しかしグレンは首を横に振った。
「あれはそっちの考えが分かったって意味だ。作戦として同意したつもりはない」
「……」
「それにだ。俺以外の覇王は全員まだ国が残っている。守るべき領土が、家族がいる。でも俺の国……炎天ノ国はもうない。俺がガキの頃にソトガミに呑まれて、だから家族ももういない。運よく生き残った俺に、世界の支えである炎の覇王の継承権が巡ってきたのは驚いたが……まあ、正直今ならいいと思えるさ。何せ俺以外の継承権所持者は全員、お前らの国に避難して家族や仲間とよろしくやってるみてーだったしな。こんな役回り、旅人である俺以外にはやらせらんねーよ」
「……。……だからあなたは、一人で行くと?」
俯いた水の覇王に、グレンは「何度でも言うが、そうだ」と応じた。
「……ですが、もう一人くらい覇王がいた方がよいのではありませんか? 大ソトガミと戦いながら、封印の術式を起動するのです。せめて戦う役と、封印役がいなければ……」
「だめだ。さっきも言ったがソトガミと戦った後、この世界を守る覇王は多い方がいい。それにこの世界に残す覇王は最低限、間違いなく五人は必要になる」
グレンは自分の胸元に、炎のように揺らめく魔力体を浮かび上がらせた。
それは覇王が覇王と呼ばれる所以、先代から次代へと引き継がれる、各属性の覇王たちの力の源……魔力核であった。
「知っての通り、俺たちに宿る覇王の力は世界を構成する属性の力。つまりはこの世界を支える源だ。できれば俺の炎の覇王の力も次代に継承してこの世界に残していきてぇが、大ソトガミとやり合うには俺が持っている必要があるし、その末に大ソトガミと一緒に逝くしかない。そうなったらこの世界に残る覇王の力は五つ。……一つ欠けるだけでも世界のバランスを取るのに苦労するだろうよ、下手すりゃ安定までに百年くらいかかる。俺が逝った後、苦労するのはお前らだが……ま、そこんところはよろしくな」
グレンは一通り説明したといわんばかりに、ふぅ、と息を吐き出した。
「そんな訳で、大ソトガミの封印には俺が行ってくる。だからお前ら、さっさと魔力と封印の術式を俺に寄越せ。俺が死んでからの後始末だけは頼んだからな。俺の故郷、炎天ノ国も再興してやってくれや」
「……」
各覇王はしばらくの間、黙り込んだ。
グレンの捨て身の覚悟に当てられたのもあるが、しかし。
もしも全覇王たちの魔力をグレンが束ねた後、他の覇王たちを裏切って大ソトガミ側に付こうものなら、世界はそれだけで終焉を迎えるだろう。
元々が各覇王同士でいざこざを起こしていた歴史を持つが故、グレンを完全に信用しきれずにいる覇王が大半だった。
そこで、と言うところなのか、光の覇王はグレンに問う。
「……炎の覇王。あなたは何故、守るべき国もないのに……世界と他の覇王のために命を懸ける? 私たちは、その覚悟の源が知りたい」
光の覇王だけでなく、他の覇王もグレンの真意を確かめようと彼を見つめる。
するとグレンは「そうだな……」と呟いた後。
「ま、お前らの国が好きだからかな?」
今までの剣吞な気配を引っ込め、人の好さそうな笑みを浮かべるグレン。
他の覇王たちはグレンの変わりように「は?」と皆一様に目を丸くした。
……しかし彼は元々、真面目な話を好む性質ではない。
寧ろ本来は、酒場で仲間と談笑に花を咲かせるような、明るい男であったのだ。
「俺、ガキの頃に故郷がソトガミに呑まれたって言ったろ? だからお前らの国を転々としながら生きてきたんだが……どこの国の連中にもお世話になってさ。例えば光の覇王の国。あそこは天使ばっかだからガキの俺にも優しくしてくれて……あんなでかい風呂に入ったのも初めてだったな。他には……」
と、グレンが各覇王の治める国について語っていく。
その素直とも言える言葉一つ一つに、覇王たちの心は彼に対する警戒を完全に解いた。
やがて彼ら彼女らの心に残ったのは「炎の覇王は、心からこの世界を好いていたのだ」というところのみだった。
「……って訳でな? 俺としても他所の国とはいえ、世話になった人たちや場所がソトガミ共にこれ以上荒らされるのは我慢ならんって寸法だ。分かってくれたかよ、光の覇王?」
「……ん」
光の覇王の首肯。
同時に、他の覇王……水の覇王以外も頷いた。
そしてグレンに魔力を授けようと、各々が魔力核を出現させ、魔力を彼に与えようとした時。
「待って!」
水の覇王から待ったがかかった。
「……炎の覇王……いいえ、グレン。考え直してください。このままあなた一人が人柱になることは……!」
「ある。この中で俺だけが国を、家族を、守るものを背負っていない。強いて言うなら、このまま行かせてくれれば俺は世界を背負える。なあ、分かるだろ? 水の覇王……ナーシャ」
グレンの脳裏に、ナーシャと出会った頃の記憶が蘇る。
難民として先代の水の覇王が統べる国へ逃れた際、元々国同士が不仲だった炎天ノ国出身のグレンはあまり歓迎されていなかった。
しかしナーシャの一家に拾われ、グレンはしばらくの間、穏やかに過ごした。
まさかナーシャとは互いに覇王として再開するとは、あの時のグレンは思いもしなかったが。
「お前は優しい。俺なんかのためにそうやって泣いて、庇ってくれようとする。でもいいんだ。その気持ちだけで、俺は十分だ」
「でも、でも……!!」
「……水の覇王。彼の覚悟を無駄にしないで。……それにもうじき、ここに大ソトガミが来る。私たちは早く彼に力を託して、結界の外に出ないと……」
「……分かって、います」
そうしてグレンを除く覇王たちは皆、彼に魔力と封印の術式を託した。
……その瞬間、円卓の上に展開されていた勢力図が一気に動き出す。
他の覇王の力を受けて高密度の魔力体となったグレンに反応し、大ソトガミとその配下が一気に動き出したのだ。
場所は当然ここ、天の園だ。
「お前ら、もういけ。ここは俺に任せて、ソトガミが消えた世界を再建する方法でも考えとくんだな」
「……グレン、でもやっぱり私もここに……!」
「……悪いな、ナーシャ」
縋りつく彼女に、グレンは身に着けていた武術の応用として、軽い当身をナーシャに施して気絶させた。
覇王と言えど、グレンに九割の魔力を託した後ではそんなものだった。
……とはいえ魔力が全回復するまで、一か月もかからないだろうが。
「光の覇王、こいつを頼むぞ」
「……」
こくりと頷いた光の覇王。
次いで風の覇王が暴風を吹き散らして、自分を含めた五名の覇王たちを運んでいく。
神速の如き速さで去る彼らを見て、グレンは目を細めた。
「流石は風の覇王、炎天ノ国で言うイダテンだな。……さて、そろそろ来るか?」
次の瞬間、天の園の一角が弾け跳び、円卓の設置されている城の一部へと巨体が押し寄せる。
山々の如き大きさの、六足歩行の竜型。
それが大小様々なソトガミを引きつれてきた。
これがソトガミの主、大ソトガミ。
こんななりでも属性として神性を持った、正真正銘の神。
こいつが全てのソトガミに魔力を供給している、こいつさえ封印すればソトガミは魔力を失い、滅ぶだろう。
「……生臭い息だぜ、全く。女に嫌われるぞ、コラ!!」
グレンは跳躍して魔法陣を展開し、封印の術式の起動準備にかかる。
この封印の術式は水の覇王の特性である「停滞」と地の覇王の特性である「持続」を元に組まれたもので、そこに光、闇、風、炎の魔力を上乗せすることで起動する。
まさに全覇王の総力の結晶と言えるものとなっているが、大ソトガミも本能で危険を察知したのかグレンを押し潰しにかかる。
背や胸から爬虫類状の脚を数十、数百と伸ばしてグレンを捉えにかかるが、
「お生憎様、んなもん俺には効かねぇよ。なんで俺に『炎の覇王』だけじゃなく『爆炎』の二つ名までついているか、教えてやろうか!!」
グレンは炭色だった髪を炎で赤く照り返し、体内から魔力を開放。
強烈な魔力と熱の放射で周囲一帯を爆炎で染め上げて、大ソトガミの腕全てを焼き切って、奴の率いていたソトガミ全てを焼き尽くしていく。
視界の全てを業火で包み滅ぼす、炎の覇王に相応しき破壊力。
しかし大ソトガミだけは倒れない。
神に相応しく無尽蔵の魔力を持ち、体をいくらでも再生可能であるからだ。
だからこそ覇王たちは、大ソトガミを討伐ではなく封印しようという考えに至ったのだ。
大ソトガミの吐く瘴気のブレスを、グレンは業火を放って真正面から相殺する。
……その瞬間、封印の術式の起動準備も完了。
グレンが魔力を流し込んだ途端、半径五百メートル以内の物体全てを対象に、術式が起動した。
「あばよ、大ソトガミ。……ありがとう、ナーシャ」
次の瞬間、封印の術式起動にグレンの魔力全てが奪われ、彼の意識が消失する。
また、封印の術式は水の覇王の特性である「停滞」と地の覇王の特性である「持続」を元に組まれたもの。
つまり術式内の物体や魔力は全て「停滞」し、それが「持続」する。
……その効力は大ソトガミだけでなく、封印の起動を行った、封印の中心に存在する術者にも例外なく適用される。
よってグレンのあらゆる生命活動は「停滞」……即ち停止したまま「持続」し、一切の蘇生魔術すら受け付けなくなってしまった。
これこそグレンが、単独で封印術を起動するに至った原因でもある。
……かくしてのちの歴史書には、以下のように刻まれるに至る。
旧暦最後の年、1678年の落陽ノ月。
三代目の炎の覇王、爆炎のグレン・ドライグは外より現れし神を討ち、世界救済の代償として落命した。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ作品フォローと、☆☆☆を押して★★★にしていただけるととても嬉しいです。
作品を作るモチベーションに繋がるのでよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます