第1章 豊穣の地グランアルマリア(1)

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 聖竜暦1260年9月10日――


 ヒューデラハイド王国の滅亡からもう少しで11年となる。

 風はまだ暖かかったが、周囲に延々と広がる田畑の稲穂は優雅な黄金色の波を打っている。

 そろそろ今年も収穫期がやってくる。

 この時期は各農家は大忙しだ。早くも刈入れを始めている田では、その土地の家族たちが総出でこれにあたっている。弾けるような笑顔で上げる歓声が青い空へ向けて響き渡っていた。


 現在この地は、グランアルマリア民主国という名称になっている。

 

 民衆の蜂起による内乱――初代国家代表の言によると『革命』というらしい――によって、当時の国王ルーク・ナイン・ジェラードを処刑し、国庫を解放し、ヒューデラハイドを滅ぼした人民たちは、その後、中央議会というものを立ち上げ、『選挙』を行う。選挙によって選ばれた代議士たちが首都アルマリア(旧ヒュドラーダ)に集結し、国家の運営について議論しながら国家の運営を執り行っていった。


 そうして、初めての首相、つまり国家代表となったのがミュリーゼ・ハインツフェルト、かつて「メリドリッヒの神童」と呼ばれた超天才だ。

 彼女こそこの『革命』の首謀者であり、人民を率いた黒幕であった。


 しかし、彼女の在位はそれから2期、つまり4年だけだった。その後はまた選挙が執り行われ、新しく国家代表が選ばれた。そしてその者も2期勤め上げ、現在は第3代国家代表として、カルティア・ヘラルドゲートがその任についている。


 ミュリーゼはその4年の間に国家運営に関するすべてのシステムを構築し尽くし、在位からちょうど3年と355日でこの任を終えた。

 彼女の仕事ぶりは鬼気迫るものであったという。

 

 まずは国の生産力の把握のために測量を行い、境界法を定め各人の所有地を明確化し、各地域に県令を設置、その下に町長を設置した。これを国家代表就任の初めの一年内に国内すべての地域で完成させた。国家は30の県と150の町に分割された。その後、各町長に命じて、組長制度を整備させ、それぞれの地域で戸籍を作成し、人民の名簿を作り上げた。

 これにより、国家内の正確な人口を把握することが可能になった。

 

 この結果、問題点が浮き彫りになる。

 都市に人口が集中しすぎていて、第一次産業、殊に農業分野において人手が不足しており、食糧生産量が圧倒的に不足していることが判明した。

 最後の『聖竜の晩餐』において、クアドリル地方大穀倉地帯が焼け野原にされたことも大きな要因の一つであるが、実はそれより以前からこの問題は各地で現れていたのだ。しかし、ヒューデラハイドの愚王はそこについて何も手を打たなかった。

 結果として、クアドリル地方の穀物を失ったことが引き金となり、滅亡へと一気に加速したのだった。

 まあ、それを加速させたのは何を隠そうミュリーゼ・ハインツフェルト自身なのだが。


 ともあれ、前々からこの問題に気付いていたミュリーゼは国家代表就任後すぐに手を打っていた。


 『特殊田畑開墾私有令』と、銘打たれたその法は、期間限定の特殊法だった。


 ある程度の候補地を選定しそこへ移住し田畑を開墾したものに、期限付きで私有を認めるという法律だ。

 都市部に人口が集中していたのは、農家の収入が少なすぎたのが原因の一つだ。これはそもそもの収穫量が低いという事もあるが、それよりも領主におさめる年貢の割合が異常なほど高いという要因のほうが大きかった。

 これも、すべて前国家国王の愚かさに起因するのだが、要は国庫に届けられるものに過不足がなければそれでよいといういい加減な管理体制だったため、各領主が本来徴収する割合より多く年貢率をかけていた結果であった。

 これにより農民たちは田畑を放置して、都市部へと逃げ込んでいったのである。戸籍なども整備していなかったため、人民が減っても追及することすらできず、農地は荒れ果て、年貢の量は減少していった。

 決められた分量の国庫納入分を治められなかった領主はその地位をはく奪され首をげ替えられる。その後しばらくは、年貢率が下がる(新領主が農民を引き込む為に率を下げる)ため、一時は農民が帰ってくる。しかしそれは長くはもたない。また同じことが繰り返されるだけだった。


 このような農地政策では当然食料の安定供給など不可能である。その為、土地を人民の所有物として分譲しそこで収穫した収穫物は一定の分量以外は自由に処分してよいという事にした。

 つまり作れば作るほど、自由裁量が及ぶ量が増えることになる。


 これに都市部にいた人民たちが飛びついた。

 

 都市部に人口が集中していると自然と物価が上昇し、仕事が不足する。そうなると人民たちは働くことができず収入が少なくなるうえに、食糧を手に入れることも困難になる。街には浮浪者があふれかえり、そういったものを狙った悪事も横行した。売春、人身売買などもおのずと起こる。

 貧富の差は異常なほどに開きを見せ、貧しいものは希望を失っていた。


 『特殊田畑開墾私有令』はまさしく希望だった。


 その土地へ移住し、田畑を耕せば仕事として誰かにこびへつらい、少ない給金で高い食料をわずかばかり手に入れるような地獄から逃れることができるだけでなく、働き次第では、今後の食糧の心配すらしなくていいのだ。


 『特殊田畑開墾私有令』の有効期限は20年とされた。

 20年。それだけあれば、充分に収入基盤と後継者育成、それに残す財産の構築は可能だ。しかも、20年後に変換する土地は、申請面積の半分でいいという規定も添えられていた。つまり、半分は永久に私財として主張してよいというのだ。


 そうして、グランアルマリア民主国の食糧基盤は構築されたのだった。 

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