第5章 崩れ去る均衡(4)

4

 聖竜暦1249年9の月14の日――

――ヒューデラハイド王国南東地域、クアドリル地方の大穀倉地帯。


 これまで同様、赤炎竜ウォルフレイムによる「聖竜の晩餐」は前触れもなく行われた。

 今回は、この地域の大穀倉地帯がターゲットになった。幸い、人民への被害はそれほど甚大ではなかった。確かに数名の不幸にもたまたま居合わせて巻き込まれたものもいくらかは居たのは事実だが、村が一つ丸ごと消えたエリンの惨事からすれば、まだ収まりがつきそうなものだった。だった――、のだが。

 しかしながら、収穫の時期を迎えていた穀倉地帯の田畑はすべて焼き払われてしまうことになり、これにより、ヒューデラハイド王国の内政にとてつもなく大きな打撃を与える結果となる。

 深刻な食糧難が訪れたのだ。

 

 この地域の大穀倉地帯の生産量は、ヒューデラハイド王国で生産される穀物のうち、実に30パーセントを占めていた。今年はこれがゼロになったのだ。

 さすがに30パーセントを失えば価格高騰、需要過多になるのは明白である。

 




「ウォ、ウォルフレイム殿。さすがにこれはあまりの仕打ちでございます。このままでは我が国は立ち行かなくなりまする――」

 そう、苦言を呈するのは、この国の王、ルーク・ナイン・ジェラードだった。

 国王執務室の手摺付椅子に腰かけて、傍らのソファに腰かける美しいへと言葉を投げる。

「さすがにもう少し、加減をしていただかねば――」


「ふん、知ったことか。それはそちらの事情というもの、我の感知する所ではないわ。こちらはあくまでも、“聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジ”にのっとって行っておるもの、その範囲内で済ませているだけでもありがたく思え。本来であれば、お前ら人類など気にも留めぬ存在の我が、契約の範囲内という制限に応じてやっておるのだからな」

ウォルフレイムは長い金髪を指で巻き上げながら、素知そしらぬ顔だ。 


「確かに、ウォルフレイム殿の言う通りでございますな、こちらの事情に違いありませぬ」

 間に入ったのは、執政ネル・カインリヒであった。

「ウォルフレイム殿にとっては、国家などという枠組みなど、人類が勝手に見えない線を引いているにすぎないのですからな。その境界を守っていただいている以上、これ以上言うのは過ぎるというもの、どうかご無礼をお許しください」


「ぐ……」

 国王ルークは、それ以上言葉を発することなく押し黙ってしまった。


「では、話はもう済んだな。我は暫し休むとする。食後は休眠をとるのが習わしだからな――」

 そう言い残すと、ウォルフレイムは霧となって窓の外へと消えていった。


 国王ルークは注意深くあたりの気配を探り、の気配が去ったことを確かめると、たまらずに吐き捨てた。

「ネル! あの女、どうにかならんのか? あまりにも勝手がすぎるぞ――?」


「ふむ、それはどうしようもありますまい。陛下が国王をおやめになって、隠遁いんとんされるなら話は別ですが――。ああ、しかしそうなれば、陛下も聖竜の晩餐の対象になりかねませぬなぁ」

ネルは意地悪くそう返す。

「しかし、困りましたな。このままではおそらく深刻な食糧難に陥ります。近隣の同盟国に至急使いを走らせ、食糧を調達しませんと――」


「いや、それは許さぬ。そんなことをすれば、我が国の足元を見る輩が現れてもおかしくはない。高値で売りつける程度ならまだよいが、戦争を仕掛けられたらこちらに食料がないことは致命的になる――」

この国王の言うことは一理ある。枯れてもさすがは国王というべきか。


「なるほど、それは一理ございますな。さすが陛下、御見それいたしました」


「ネルやめんか、思ってもないことを口にするのは。さすがに我と言えども、気分はよくないぞ? ――お? いいことを思いついたぞ。メイシュトリンドへ使いを送って、兵糧を返してもらうのはどうだ?」


「ああ、この間の救援物資の事ですか……。メイシュトリンドのカールス国王は仁義を重んじるお方、まぁ悪いようにはなされますまい」

 ネルはそう言ったものの、

(しかし、あの執政のゲラート・クインスメアは侮れないのだがな……)

と、思いはしたが、これ以上国王ルークに意見するのもためらわれたので、

「わかりました。早速、使者を送ると致します」

と、請け負った。

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