第4章 神の思惑(2)

2

 聖竜暦1249年7の月8の日――

ゲインズカーリ―メイシュトリンド国境、関門待機室――


 フューリアス・ネイとゲラート・クインスメアはゲインズカーリ王国とメイシュトリンド王国の国境にある関門で、相手方の返答を待っていた。

 今朝早くここに到着してからすぐに、ゲインズカーリ側の関門衛兵に、国王への謁見の許可を具申し、その返事を待つ間、関門待機室で少し休んでいた。さすがに夜通し駆け続ければ疲れを隠せないゲラートは、フューリアスの前のソファで寝息を立てていた。

 少しうとうとしたのち目を覚ましたフューリアスは、ゲラートを起こさないように扉を開けて関門待機室を出て建物の外へ出た。


 右を見やると、関門の大門と、左右に続く高さ5メートルほどの石壁が見える。石壁は国境伝いに左右に伸びているが、数キロ以上にわたって建造されているような大仰なものではなく、せいぜい数十メートルほどしかないものだ。ここからでもその端が見える。


 つまり国境とは言っても、明確なラインがあるわけではない。このあたりがこの世界がまだまだ発展途上であることを物語っている。

 便宜上、街道の途中に関門を設け、その両サイドに国境警備隊の施設や入出国管理所などが立ち並ぶ小さな集落がある、そのような形になっている。


 今二人が待機しているのは、関門のメイシュトリンド王国側の集落ということになる。公式訪問の場合、ここで待機し相手国の入国および謁見許可の決定を待つことが慣習になっている。


 よって、先般のように突如として国境を越え、相手国へ侵入することなどは、実に容易なものであった。国境沿いに兵士を並べたり、越えられないほど高い壁が延々と続くわけでもないのだから――。


 それでも、この時代の人類たちは、ある程度矜持きょうじというものを持っていたのであろう。基本的には、明確な理由がなければ、他国の領土へ許可なく侵入することなど下賤げせんの者がする行いというような、いわゆる「貴族意識」というか、「紳士協定」というか、そういうものが一定の感覚で存在していた。


 さきの「クルシュ川危機」の折も、一応、「宣戦布告」はあったのだ。ただ、侵攻が先か布告が先かという時間的な差異が、という問題は残るが。


 フューリアスは関門の大門の方を眺めた後、その目線を上空に上げた。

 日はもう既に高く上っており、夏の始まりのやや眩しい光を降り注がせている。


「――将軍! フューリアス将軍!」


 視線を地上に戻すと、関門の方から衛士の一人が駆け寄ってくるのが見えた。

 さあ、返事はどうか――。


「将軍! お待たせいたしました! ゲインズカーリから入国及び謁見の許可が出ました。いつでも越境できます」

 

 若くまだ色白で幼顔の青年の顔が衛士兜の下に見えている。

 年のころはシエロと同じくらいかと、思いをはせたとき、背中から声をかけられてふと我に返る。


「やっとか……。さあて、カエサル・バルはどう出てくるかな――」

振り返ると、ゲラートが伸びをしているところだった。ちょうど今起きてきたところなのだろう。


「ふん。カエサルなどは特に問題ではない。手ごわいのはその隣のの方だ――」

フューリアスが応じると、


「まったくだ。かの女傑と出会うのは彼女が王国執政に就いた時の就任式以来であるから、約10年ぶりくらいになるか――。あの時で21という若さだったにもかかわらず、その美しさと、高貴さ、意志の強さに驚愕したほどだ。この10年の間に彼女は父王を廃し、自分が女王に就き、カエサルを国王に立てた。いやはや、女とは恐ろしいものだ」

ゲラートは当時のことを思い返しながら言った。


「そうか、そのような女性だったのか。俺はまだ、チンピラみたいなことをやってた時だから、そんなお偉い方とは全く接点がなかったからな」

フューリアスはそう言って自嘲気味に笑った。


「おいおい、俺のことを忘れてないか? 俺だってお前の言う『お偉い方』の側の人間のはずだぞ?」

ゲラートはややあおるように大げさに両手を広げて見せた。


「ハッ、ひとを口八丁で踊らせて、自分の利益のために使うやつが高貴な貴族面きぞくづらとは、笑わせやがる――」

フューリアスはそう言って、この腐れ縁の友ゲラートを笑い飛ばした。


「ふん、言ってくれる――。冗談はここまでだ、フューリアス。実際気を引き締めてかからぬと最悪こちらメイシュトリンドへ帰ってこれなくなるかもしれんぞ――」

ゲラートは笑みを消してこの頼りになる友の肩をひとつたたいた。

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