さよなら初恋キャンディ

奥里

さよなら初恋キャンディ 一話読み切り完結

 誰とも会いたくない時に行く場所は決まって学校の第二理科室。

 大股でスタスタと、それでいて上履きの底を鳴らさないように猫の様な静かな足取りで私は進む。あなたに綺麗だねって言ってももらった長い黒髪。いつもは束ねているゴムを外して風にたなびかせて歩きながら目的地へと向かう。


 屋上は決まって誰かが食事をしていたし、東側の階段下の人目につかないデッドスペースはクラス違いの恋人たちの逢瀬に使われている。旧校舎のトイレは古くて臭いから嫌だし、花壇の隅は虫が位相で嫌だ。

 この学園は広いけれど、思いつきそうな場所には大概同じことを考える人が集まってきて一人でゆっくりなんてなかなか出来ない。

 そんな中、偶然にも見つけたのがこの穴場。多分、消去法で考えて言っても私以外誰もここにはたどり着けないと思う。理科室なんて名前だけど実質準備室で物置だ。

 他の生徒も教師も誰も多分気が付いていない、ここの教室の鍵が簡単に開いちゃうってこと。たまたま見つけたこの秘密をまだ誰にも教えていないし、教えたくもない。だって私だけの特別の場所にしたかったから。

 一人になりたいときに使う私だけの秘密の部屋。ここで私は一人の時間を特別なキャンディを舐めて贅沢に過ごすことにしている。


 お昼ご飯をいつも一緒に食べているグループと済ませて、私は一人用があると足早に輪を離れてここにやってきた。誰も周りにいないことを確認して、そっと鍵を開けて中に忍び込む。第一教室のように使用頻度は多くはないが、理科室なだけあってか実験もそこそこしてきた歴史があるのだろう、古い薬品の臭いが入り混じった臭いが私を出迎えた。教室の中はがらんとしていたが、延々と水槽の水を循環する鈍いポンプ音が鳴り響いている。


「よいしょっと」


 誰かが聴いていたら多分ババくさいって思われそうな掛け声だけど、気にしない。女子高校生に夢を見るのは勝手だけれど、私は私だ。スカートがシワにならないように両手で抑えてそっと教室の隅に腰を下ろす。椅子の上に座らないのは今が授業じゃなくてプライベートな時間だからだ。椅子に座るとどうしても先生の授業を思い出しそうになってしまう。

ゴソゴソとポケットから四角い小さな箱を取り出す。ポケットに入れるには少し大きめだったけれど上手く誤魔化して持ってきたのはドロップ。

これ、美味しいよって好きな人がくれたもの。食べると勇気が出て悩みが甘さで和らいでいく魔法の、私だけの特別なキャンディ。


蓋を開けて振るとカランコロンと金属を打ち付ける高い音をして赤い飴玉が一粒手のひらの上に転がってきた。白い糖の粉を纏ったそれを親指と人差し指で摘まみ上げ、口の中に放り込む。お祭りで買った飴みたいに大粒でもなく、ゴツゴツした感触でもない。

宝石のように小さくて可愛いドロップを舌で転がすと口腔内で溶け出した苺の味がゆるゆると広がっていった。そのまま舐めまわすとサラサラしていた漿液が全て苺の香りのするネバネバの粘液に変わっていった。時間とともに少しずつ溶解されて飴は小さくなっていく。味の余韻に浸る間もなく、次の飴を補充するように口に含む。

 喉が渇いてしまうとわかっているのにやめられない。ちょっとした中毒症状のように無性に飴玉が舐めたくなる時がある。今日はそんな日だ。

 まぁ、自業自得なんだろうなぁと自嘲の笑みが溢れてきたが過ぎてしまったことは巻き戻せない。


「付き合うことになったの」


 それは今日のお昼ご飯の時の出来事。一緒に食べている別のクラスの友人が勇気を出して好きな男子に告白をした結果を教えてくれた。前々から相談に乗って欲しいと懇願され、一緒に彼の部活の試合を応援しに行ったり、いわゆるラブハプニングというものを偶然に起こそうと協力をしていた子だ。


「へぇ、おめでとう」


 素っ気なく言葉を返せる自分はなんて本当によく出来た『友達』なんだろう。本当は私も好きだったよ、貴女が応援してって言う前から好きだったよって思わず白状してしまいたくなった。

だけど言えなかった。今更なのだろうけれど、戦うことから逃げていた。気持ちを言葉にするのは簡単だけど、それを言ってしまうとこの居心地のいい友情が終わってしまう。

私は必死で作り笑いをしてた。良かったね、って他の子達が口々にお祝いの言葉を続ける一方で彼が彼女と付き合ったのはただの興味本意であることを心のどこかで願ってしまった。

なんて醜いんだろう。でも好きだったんだ、本当に。

女の友情に波風を立てるのは恋愛だって、以前テレビか雑誌かで知ったときはバカバカしいって思っていたけど、本当だったんだ。あれだけ彼女を応援していたのに、実は違っていたなんて今更言えない。


「よし、次はがんばるぞ」


 髪の長い子が好きだって言ってたから伸ばした髪。バッサリ切って次の恋に行くんだ。きっと気分が変わって次の恋に勧めたらまたちゃんと『友達』に戻るから、だからごめんね。


「大好きだったよ、君が」

 

 大きく口を開いてケラケラと豪快に笑う、ひまわりのように明るい君がずっとずっと大好きでした。

 だからお願い彼氏さん。私の大好きな彼女の笑顔あなたがずっと守ってね。

 さよなら、恋心。こんにちは『お友達』。口の中でからころとドロップを鳴らしながら、私は制服の袖で涙を拭った。

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