焦げ付いた砂糖水のように
小島秋人
1.
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流し台に響く其れと異なる水音が耳を掠め、思わず洗い物の手を止めた。咄嗟にベランダを振り返り、そのまま流しに向き直して作業に戻った。雨濡れを憂慮した衣類は既に同居人の手により室内に収まっている。とは言え、開け放たれた窓から吹き込む雨垂れに晒された儘と在っては其れ等の命も如何ばかりか知れた物では無いが。
窓際に佇む人影に注意を促すべきか数瞬思案し、すぐに諦めた。振り返った折に認めた横顔には雑音を払うようにヘッドホンが掛けられていたのを思い出したからだ。個人的には静寂に雨音を楽しむ風流の方が好みではあるが、時雨を背景にお気に入りのナンバーを愉しむエモーションも理解は出来た。
遅い昼食の後片付けを済ませ、リビングに足を向ける。幸い雨晒しを免れた洗濯物の山を部屋の内向きに動かしてからその場に腰掛ける。彼が振り向く様子は無い。其れならば、と積み上がった衣類から一枚を手に取って折り畳む。風景を楽しみながら、緩慢な手付きで片付けられた衣類が翌日どんな皺を描くかは明日の自分に託そうと思う。
秋雨の空は彼の横顔に重なって、まるで映画の1シーンのようだ。徐に振り返る君、何を言うかは何となく分かった。
「散歩、行かない?」
…こんな天気の中か?
不承と受け取ったのか、あからさまに頬を膨らませている。慌てて立ち上がり手を差し伸べた。
「こんな天気、だからね」
一転して喜色を浮かべた彼は自身の手を其処に重ねると私に続く様に腰を上げた。
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