第2話

 不満と憂鬱、そして猜疑心の塊となった私は、まっすぐ家に帰る気も起こらず、誰もいなくなった放課後の教室で、一人、机に頬杖を突き、ぼおっと窓の外を眺めていた。


 そんな私に、にこやかに微笑んで、声をかける人がいた。


「アンジェラさん、そろそろ下校時間です。もう教室をしめますよ」


 すらりと背の高い、銀髪の男性。

 担任の、メイナード先生だ。


 先生は、この王立高等貴族院に、半年前に配属されたばかりの新任教師であり、その外見は、私たち生徒とそれほど変わらない、若々しさに溢れている。


 だから皆、メイナード先生に対しては、他の教師と違い、友達感覚で接しており、メイナード先生も、それを喜んでいるようだった。


 私は小さくため息を漏らし、先生に言う。


「先生、教室をしめるの、もう少しだけ待ってくれませんか。私、まだ帰りたくないんです……」


 そう口に出してから、随分と甘えたワガママを言っているなと、自分でも思う。メイナード先生はめったなことでは怒らない(というより、怒ったところを見たことがない)ので、ついついこうして、甘えてしまうのだ。


 案の定、メイナード先生は私のワガママに怒るどころか、心配そうに眉を顰め、問いかけてくる。


「何か、悩みでもあるのですか? 私で良ければ、相談に乗りますが……」


 私はそのまま、勢いに任せて、悩みのすべてをメイナード先生に話した。


 幸せな学園生活に突然現れたエミリーナのこと。彼女を優先し、私をないがしろにするチェスタスのこと。……そして、そんな二人に対して不満を抱いてしまう、自分自身の心の狭さについても、赤裸々に相談した。


 メイナード先生は、こちらが話しているときに余計な相槌を打ったりせず、ただ静かに頷き、耳を傾けてくれるので、とても話しやすい人だった。


 やがて、話が終わると、メイナード先生は私を慰めるように微笑み、口を開く。


「なるほど、それはつらかったですね。……エミリーナさんのことは、私も少し、不思議に思っています。この時期に転入してくるなんて、普通はないことですからね。しかも、彼女は平民に近い、下級貴族の出身ですから、上級貴族の子供ばかりの王立高等貴族院では、かなりめずらしい存在です」


 私は頷き、少しだけ語気を強めて、言う。


「ですよね。私、下級貴族出身の他の生徒を、何人かは知っていますけど、皆、知能テストと魔力テストの数値が飛びぬけて高い『天才』だから、特例として入学を認められた、凄い人ばかりです。……こう言ってはなんですけど、エミリーナがそうだとは、とても思えません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る