【BL超短編集】今日もどこかであなたを思う

沖野さん

返事のかけない手紙

 手紙が届いた。差出人の名前はない。でも、俺には誰からものかわかっているからそれでいい。この前は、北の港町にいると書いてあったか。次はどこに行くんだろう。「こんなさみしい田舎はしばらくいい」とも書いてあったから、意外と都会かもしれない。――人がたくさんいて、身を潜めやすい都会の方が都合がいいだろう?

 淹れ立てのコーヒーが入ったマグカップと届いた手紙を持って書斎にこもる。ペーパーナイフで封を切りながら、今度の手紙はどこで書いたものだろうと期待に胸を膨らます。

 今はどこにいるかわからない彼から手紙が届くようになったのはいつのことだったか。今日みたいに小雪がちらつく日に初めて手紙を受け取ったのは覚えている。時は経ち、彼からの手紙はしまっているデスクの引き出しがいっぱいになるほどだ。

 こんなに長い付き合いになるとは。彼から手紙が届く度にそう感じずにはいられない。特に親密ではない、もっと言ってしまうと彼と俺は所謂ゆきずりの関係だからだ。バーで出会って、酔っぱらって、意気投合して、一晩過ごしただけだったから。そのあと、突然手紙が届いたことにも面を食らった。

「また会いたい。すぐには無理だけれど。だから会える日まで手紙を送り続けるよ。僕は身を隠さないとならないんだ。なぜかって——」

 彼は、犯罪者だった。詐欺師なのか、シリアルキラーなのか詳しいことは書いていなかったが、罪を犯して生計を立てていることなどが初めて受け取った手紙に書いてあった。拒否してしまえばいいものを、手紙を受け取り続け、いつからか彼の手紙を楽しみにし始めた自分に困惑している。

 捜査官という職業柄、旅行にいくことが難しいから、単純に送られてくる絵はがきに心が弾んでいるのかもしれない。(人の心を弄ぶことに長けているので、彼は詐欺師なのかもしれないと最近思い始めた)

 一方的とはいえ、10年近くこんな関係を続けていれば、少しくらいは情もわく。——出会いが出会いだから、勘違いしているのかもしれないが、もう一度会いたいという気持ちがないわけでもないなと、ついさっき届いた手紙に目を通す。さて、今回の手紙はどこから届いたのだろう。


 手紙を読み終わる頃には、コーヒーが少し冷めていた。ともあれ、元気そうでよかったと頬がほころぶ。次の手紙が来るのは、2週間、1ヶ月、はたまた半年後か。もしかしたら、もう届かないかもしれない。

 手紙を丁寧にたたんで引き出しにしまう。また必ず会えると知っているから。

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