獣人世界の唯一人

@knb-nk

第1話 管理者の庭

「どこだ、ここは……?」


 気付けば、どこまでも続く真っ白な地面の上に立っていた。頭上には現実とは思えないほどの見事な星空が広がっており、時折、雪のような白い粒が舞い降りてきて、地面に溶けるように吸い込まれていく。


「俺、何してたんだっけ? 確か朝飯を食べてて……」


 そうだ、急にめまいに襲われ倒れたんだった。その後、全身がちぎれるほど痛くなって、なんとか意識を保とうと目を開けた時、泣きながら何か叫んでいる両親の姿を見たのが……最後の記憶だ。


「夢見てるのかな? にしては妙に現実感があるし……」


「ここは魂が生まれる場所、管理者の庭だよ」


 後ろから急に声をかけられて振り向くと、白いワンピースを着た同い年くらいの女の子と、黒い狼のような大型犬がこちらを見つめていた。


「この上から降ってきているのは生まれたばかりの魂だね。こうやって地上に下り、肉体に宿って新たな生命として誕生するの。君は自分自身のこと、覚えてる?」


 綺麗な金色の髪を揺らし、楽しそうに質問してくる女の子。


「俺、ですか? ……タダ・ヒビトと言います。歳は14……あ、違う15です。そうだ、今日が誕生日でした」


 混乱している頭で、言われるがままに答える。


「うん、自我はしっかりしてるね。君は今、肉体のない魂だけの存在としてここに来たんだよ」

 

「魂だけ……? 服だって着てるのに……えっ⁈」


 自分の体を触り、何の感覚もしないことに気が付いた。


「その服はただの魂の記憶。魂が宿っていた肉体はここにはないし、その肉体に戻ることもないよ」


 軽い口調で話しているのに……なぜかこの女の子の言っていることは真実だと思えてしまう。


「つまり、俺は……死んじゃったんですか?」


 健康だけが唯一の取り柄だったのに……。少し体調が悪くても、寝れば次の日には元気になってたし、こんなに早く死ぬことになるなんて思ってもみなかった……。


「ここは、いわゆる天国ってところですか? あなたは……もしかして神様?」


「君が今までいた世界の、ではないんだけどね」


「え? でも普通に日本語しゃべってますよね?」


「それは我らの力で、単にお前にそう聞こえているだけだ」


「っ! 犬がしゃべった⁉」


 今までだんまりだった犬が、急に流暢な日本語をしゃべりだした。


「犬ではない。我はお前が生まれるはずだった、この世界の管理者だ」


「生まれるはずだった? あなた方は日本の、いや地球の神様じゃないんですか?」


「それは、わしじゃよ。……フフッ、久しぶりじゃの」


 また急に後ろから声をかけられ驚いて振り向くと、正に神様、というような白いローブを着た白髪の老人が立っていた。

 久しぶり? こんなインパクトのある人、絶対初対面なんだが……。


「わしがおぬしの住んどった世界、並びに、そやつらが管理しとる世界も創り出した創造主……まぁ、いわば神様じゃよ。ちなみにこの体は、おぬしが想像する神の姿として、一時的に作らせてもらっとる」


 ……しゃべり方も俺のイメージに合わせてくれているんだろうか? そんなことを考えながら、その神様の説明を聞いた。


 俺は元々、そこの女の子と犬の神様が管理している世界で(正に今いるこの場所で)生まれた魂の1つらしい。

 老人神様は時折この世界の状況を確認しに来ていて、前回の視察の際、誤って俺の魂をひっつけたまま地球に連れて行ってしまい、俺はそのまま地球で生まれた肉体に宿ってしまったそうだ。……そんな、ひっつき虫みたいなことあるの?


「それで、この後……俺はどうなるんです? もう死んじゃったんですよね⁈」


「普通は一度宿った肉体が死ねば魂も死ぬんじゃが、おぬしの場合、自我を保ったまま魂が残っておるからの。厳密にはまだ死んだとは言えん」


「だから、普通は戻って来れないこの管理者の庭にいるんだよね。できれば早いところ魂を肉体に戻して、きちんと生物としての死を迎えるのが正しいんだけど……」


「生き返れるってことですか⁈ だったら早く家に帰してください!」


「……死を迎えていない肉体からなぜ魂が抜け出したか、理解してないようだな」


 喜んだのもつかの間、すぐ犬の神様に釘を刺された。


「生まれるはずだった世界と違う環境を、魂が拒絶したからだ。まぁ15年もかかったみたいだが……一度その反応が起きてしまえば、たとえ地球に帰れても一瞬でここに舞い戻ってくることになるだろう。お前が魂の死を迎えるためには、我らが管理する世界で一生を終えるほかないのだ」


 花粉症のような魂の拒絶反応に愕然として言葉が継げないでいると、2人と1匹は(……神様って柱だっけ?)俺を放って話し合いを始めた。


「いきなり赤子の肉体に移したら魂が混乱するかもしれんし、ある程度成長した肉体を作ったほうがよいじゃろうな」


「確認ですが、一度死んだ生命を生き返らせることは制限されていましたが、今回はよろしいのですか?」


 神様たちにも一応そういう規則があるんだな。


「そもそもこちらの世界で生を受けるのは初めてじゃからな。……相変わらず頭が固いのぉ。それに世界が滅ぶような大事にならなければ、少しぐらい生死に関与しても目をつぶってやるぞ?」


「でもこの間、パンジャルで暗殺された王女を助けてたよね。あの国で唯一自分を信仰してくれるからって」


「バカッ、余計なこと言うな! それにあれはまだ死んでなかったからな!」


 パンジャルというのは国の名前だろうか?


「私情で関与するのは程々にするんじゃぞ……。とりあえず、さっさと肉体を作ってやらんとな。今回はわしが作ってもよいかの? 地球での肉体情報をそのまま使えば、魂が順応するのも早いじゃろうし」


「構わないですが、猿の獣人として通す……パンジャルに転移させるつもりですか? 犬の獣人にしてメガリア辺りに転移させたほうが、住民の中に自然と溶け込めませんかね? 魂の情報でも、元々メガリアで生を受ける予定だったみたいですし」


 メガリアも国の名前かな? なるほど、パンジャルは猿の獣人が多く、メガリアは犬の獣人が多いんだろうな。


 ……ん? ……獣人?


「ちょ、ちょっと待ってください! 俺がこれから行くところって、人間のいる世界じゃないんですか⁈ 獣人って何ですか⁈」


 自分抜きで進められていた会話に聞き流せないワードが出て来たので、思わず口を挟んでしまった。


「地球の本やゲームに出てくるファンタジー世界があるじゃろ? 同じ世界を創る者として、わしは以前からそれに関心を持っておっての。現実にできるのか実験的にいくつか創ってみたんじゃよ」


 こちらを振り向くと、老人神様は楽しそうに説明を始めた。


「ここの世界のメインにした獣人とは、地球の人間の肉体情報をベースに、比較的掛け合わせやすかった肉食動物の外見を足して作った生物のことじゃな。ちなみにこの管理者2人は、人間と動物を象徴する姿として、わしが創り出したんじゃよ」


「創造主様に世界の管理を任された私たちは、一から文明を作り始めたの。いきなり完成された世界より歴史があったほうがいいでしょ?」


「一からって……まさか原始時代みたいな環境で暮らすことになるんじゃ……」


 参考にしたのにゲームが出てくるんだから、割と最近創った世界ってことだよな? 文明なんてほぼできてないだろ!


「平気平気! 理想どおりの世界になるまで流れる時間を速めまくったから。技術の発展にも介入したし、世界観に合わないところは魔石で補ってるし、結構住みやすくなってるよ」


「霊長類の獣人だけは理想どおりにいかなかったな。肉体情報に引っ張られて、ほとんどが人間に近い姿に進化してしまった。しゃくだから、しっぽだけは強制的に残しているが」


「この世界では猿の獣人と呼ばれてるね。君は見た目的にしっぽがない猿で十分いけると思うよ!」


 何か失礼なことを言われている気がする……。いや、俺が猿なのは別にいいんだよ、そんなことより……。


「肉食動物って言いましたよね……。もしかして……虎やライオンの獣人もいるんですか? 知能を持った肉食獣が、街中を二足歩行で動き回ってるんですか⁈」


「四足歩行の普通の動物もいるから安心しろ」


「心配してるのはそこじゃないっ!」


 思わずツッコミを入れてしまったが、生死に関わる問題だ。


「生き返ってすぐ喰い殺されたくないんですが!」


「さっきも説明したが、動物としての特徴はあくまで外見、ほとんど顔だけじゃよ。消化器官を含む内臓や味覚を含む五感も、種族で多少の違いはあれど、おぬしとほぼ変わらん。いきなり生肉を食べるような奴はおらんわい」


 そんなこと言われても全然安心できない。そもそも何なんだ、ファンタジー世界を現実にするって。そういえば魔石とか言ってたな……。


「……まさか魔法の要素も取り入れてるんですか?」


「ファンタジーなら当然じゃろ! この世界では生物としてある程度成熟したら、自身のエネルギーを使って火や水が創り出せるようになっておる」


「いきなり焼き殺される可能性もあるのか……」


「そんなことないよ。私たちの世界は知能を持った獣人を創るのがメインだから、魔法の力は世界の維持の妨げにならない程度にしてるの」


「火ならせいぜい火種に使えるくらいが、体調に問題なく創れる大きさだな。住民が魔法を使うのも、魔石を働かせるときが多いんじゃないか? そもそも生きるために必要だと我らが判断したものしかできないよう制限してあるしな」


「そうそう。魔法で殺されるより、ナイフや剣で殺されるほうがずっと多いって!」


 不穏な励まし方はやめてほしい。そして……そんな気はしていたが、やっぱり武器が日常にありそうな言い方だった。剣と魔法の世界……。そんな世界の住人と仲良くやっていける気がしない……。


「……獣人たちに言葉は通じるんですか? 急に新しい言語を覚えろって言われても無理なんですけど……」


「何年か暮らせば自然と身につくと思うよ。この世界の文字や言葉は、どこでも共通になるよう介入してきたから」


「そのほうが国同士の発展に効率がいいからな。……おい、そんな嫌そうな顔をするんじゃない」


 ……俺の英語の成績をなめるなよ。言語を習得する前に野垂れ死んでしまうわ!


「まぁ、おぬしが転移することになったのは、わしにも落ち度があるし……わしらと似た会話能力を、特別に肉体に付与しておこう。ただし読み書きに関しては自力で覚えるんじゃよ?」


「あっ! 肉体をいじっていいなら、獣人に襲われても対応できるよう丈夫な体にしてください!」


 160センチに届くかどうかという身長で、肉食獣に勝てる気がしない。どうせなら腕や脚の筋肉も増やしてほしい。


「丈夫な体と言われてものぉ……。ふむ、おぬし……地球で生活しとる間『大抵の悩み事は寝れば何とかなる』と信じておったようじゃな? なら、睡眠時に自己治癒力を最大限発揮できる体にしておくわい。これで起きればいつでも全回復じゃぞ!」


 何だそのRPGの宿屋みたいな設定は! ……いや、むしろこいつらはそこを目指してたんだった。


「筋力を上げるとか、もっと攻撃的な能力にしてください! なんなら俺だけ使える攻撃魔法とかでもいいです!」


「あまり危険な魔法は無理なんだけど……。あ! だったら相手を眠くさせる魔法を使えるようにしておくね!」


「寝ることから離れろっ!」


 ああ、完全にツッコミ役になってしまった……。


「さて、肉体も完成したし転移させるかの。服は……まぁ、よいじゃろ」


「名乗る場合は名前だけにしておけ。苗字を持ってる奴はほとんどいないからな。あと特に禁止しているわけではないが、この場で我らに会ったことや地球でのことは、あまりしゃべらんほうがいいぞ」


「会話や睡眠関係の能力のこともね。今のところ君だけの知識や力だから、ばれたらたぶん、この世界で生きづらくなっちゃうよ。じゃあ、元気でね!」


「待って! まだ聞きたいことがっ……!」


 言い終わる前に俺の意識は再び途切れてしまった……。

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