第57話 女神様 たじろぐ

「もう良いわよ。取り敢えず二週間この部屋に籠ってなさい。どうせ下界に降りたら碌なことしないし、天照大神様に迷惑かけちゃうから」

「そんなあ。絶対に迷惑はかけませんから同行させて下さいよ。私だって美味しい日本食が食べたいです」

「貴女の存在自体が迷惑なんだけど」

「もう、女神様ったらツンデレですか? 日本に感化されちゃって」

 つ、疲れる。大体ツンデレとは何だ。


「悪いけど貴女に付き合ってる暇はないの。今はやるべきことが一杯あるんだから」

「早速私の出番ですね。やはり新米には荷が重いんですよ」

 ソフィアが好戦的な目をアンナに向ける。

「アンナ、腹黒不遜女ソフィアなんて無視しなさい」

 アンナの表情が冴えない。テミスよ、大事な時期に何てことしてくれたのだ。


「私にも聞かせて下さいよ。パパっと解決して見せますから」

「あら、凄い自信ね。解決出来たら二週間下界で好き放題させてあげるわ」

「女神様、その言葉しかと聞き届けました。後から冗談とか通用しませんよ」

 ソフィアの目がギラリと輝く。

 私はこれまでの経緯と食堂開業を説明した。ソフィアは畳の上に胡坐をかき、腕を組んで考えている。ぶつぶつ呟き怪しいオーラを出す姿は魔物としか思えない。


「ねえ、アンナ。あの魔物、アテナちゃんに頼んで退治してもらおうか」

「出来るならそうして頂きたいです」

 清廉な巫女であるアンナの口からそんな言葉が飛び出すほど不気味だった。

「バシンッ」

 ソフィアが自らの膝を叩く音が鳴り響く。そしてスッと顔を上げ不気味な笑みを浮かべた。


「女神様、念の為確認いたしますが、それなりの覚悟はあるんですよね」

「勿論よ。子供たちを守りたいし、民に温かな食卓を思い出して欲しいもの」

「よくぞ仰いました。日本でしっかり修練を積んだようですね」

「勿体ぶらずに教えなさいよ。鼻で笑ってあげるから」


「本気の私はそんな軽口で揺るぎませんよ。女神様、まずは日本で食堂を始めなさいませ。そしてあらゆる手を使って大人気店にするのです」

 ソフィアは私をビシッと指差した。決めポーズなのだろうが不愉快極まる行為だ。

「私はこの国では客人扱いなのよ。そんな目立つ真似出来る訳ないじゃないの」

「いえ、帰国して食堂を始めるためには必須事項です」

 必須事項と言われても、天照大神に迷惑は掛けられない。


「日本料理店ならギリシャにだってあります。ただ本物の味を頂けるお店が少ないだけなのです。ヨーロッパの人も日本食への知識が深まってきました。単に定食や家庭の味というだけでは飛びつきません」

「その意見は何となく分かるけど、何故日本でお店を出すのよ。こちらで修行して本物の味を提供すればいいじゃない」

「それでは物足りません。『日本で人気のあの名店がヨーロッパ上陸』というインパクトが必要です。寧ろそれぐらいじゃないと後発組は勝ち残れません」

 相変わらず妙な説得力がある。ただ正論ではあるが……。


「ソフィアさんの意見は概ね正しいとは思います。ですが日本で大衆食堂を新規開店させて人気店にするのは至難の業です。だって日本には素晴らしい飲食店が星の数ほどあるんですもの」

 アンナが反論する。良いわよ、もっと言い返しちゃえ。


「だから新米は甘いのよ。こっちの主役は二次元顔負け、キモオタ発狂、超絶怒涛のロリ美少女たる女神ヘスティアー様なのよ。更に他の女神を動員可能なオリンポス十二神かつ主神ゼウス様の姉なんだから。手段を選ばなければ幾らでも客が呼べるわ」

「却下。手段は選びなさい。日本の民に迷惑をかけるのは断固拒否です」

 発想がクレイジー過ぎて眩暈がする。


「今のは単なる比喩ですよ。一般的に飲食業界は自己演出セルフプロデュースを苦手としています。そこで今回はSNSや動画配信などのネットメディアを駆使します。そのアイコンとして女神様を前面に立てれば強力な武器なりますよ」

「良く分からないけど、既存店にご迷惑かけたりしないの? 恩義の有る日本の民に仇で返すなんて絶対にダメだからね」


「だからネットメディアを駆使するんですよ。大衆店の主要顧客は常連さんや労働者さんですよね。ネット戦略に反応する層とは別ですから。何なら店の場所も秋葉原や日本橋などのオタクタウンにすれば、既存店と争わずに済むでしょう」

 難しい言葉を連発して煙に巻くつもりか? だが新規層を開拓出来るなら一考の余地はありそうだ。


「料理はどうするのですか。日本は大衆チェーン店ですら、レベルが高いのですよ。それとソフィアさんが狙う客層はファストフードやジャンクフードを好みます。最低でも人気店の味をファミレス並みの値段で提供しないと振り向いてくれません」

 アンナの言う通り、日本の飲食店に立ち向かうなど無謀過ぎる。


「新米さん、熱くなって目的を忘れてんじゃないの? 温かな食卓の価値を再認識させるんでしょう。だったらファスト&ジャンクフードと戦わないでどうするのよ。これを捻じ伏せるくらいの気概がないのならやるだけ無駄よ。世の中に新しい価値観を広めるなんて烏滸がましいわ」

 ソフィアがアンナに挑戦的な目を向ける。腹黒で不遜ではあるが、時に思いがけない能力を発揮するから質が悪い。

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