エピローグ2


 夜の双子の帆船亭。


 ミサキ団長はジョッキを置くと、頭を下げた。


「今回は皆、本当によくやってくれた。改めて礼を言う。マリーン、ジーン、コナ。」


「ボクは? ボクはニャ!?」


「マチルダも、ありがとう。」


 ミサキは小さな団員に微笑みかけながらその頭をなで、マチルダはゴロゴロと喉を鳴らした。


「さて、おりいって皆に話がある。まずマリーン、君を副団長に任命したい。」


「あたしが…副団長…。」


「やったな! マリーン!」


「おめでとうございます! 新副団長。」


 我がことのようにマリーンを祝福するジーンとコナに、ミサキは視線を移した。


「ジーンとコナは支部長に昇進して異動だ。どうだろう?」


 ジーンはジョッキを落としそうになり、コナは金色の美しい目を輝かせた。


「俺が…自警団支部長!?」


「団長、給料はいくらあがりますか?」


「ははは。マリーンはどうだ?」


 ミサキの意に反して、マリーンは落ち着いた様子でジョッキを傾けていたが、静かにそれをテーブルに戻した。


「お断りします。」


「マリーン!?」


 ジーンとコナが両側からマリーンをつついたが、マリーンは頑な態度だった。ミサキは困った顔をした。


「マリーン、もう機嫌を直してくれないか。まさか君がそこまで私を慕ってくれていたなんて…。私は君を、実の妹のように思っているのだが。」


「団長、違うんです。あたし、団長の再婚は心から祝福します。」


「ではなぜ…?」


「あたしには副団長なんて荷が重すぎます。今回の件でよくわかりました。あたしは、自分の力ではなにひとつ守れませんでした。」


「マリーン、皆が君のために力を尽くすのも、君の才能のうちなんだよ。まあ、よく考えておいてくれ。」


 ミサキは話題を打ち切るようにジョッキを手にして飲んだ。マリーンはうなずいたが、胸の内は複雑だった。


(団長…。本当は、副団長になったらずっと団長のそばにいられるんだけど…。あきらめがつかなくなりそうで…。)



「はーい、おかわりだよー。」


「お料理もどうぞ。マリーンさま。」


 マルンとアズキがやってきて、テーブルの上がいっきに豪勢になった。


「店からのおごりだよ! ジャンジャンやってね!」


「もうわたしたちのお店ですから。」


「ええっ!?」


 街からの報奨金の他に、謎の大金の振込がマルンの銀行口座にあったとアズキが説明した。


「なんだかわからないけど、貰っておけってアズキが言うので…。」


「オーナーも歳だから引退したいって言うし、お店ごと買っちゃった!」


「よかったね、マルンさん。アズキさん。」


「はい、マリーンさまは永久無料ですので毎日来てください!」


「はは…。マルンさん、積極的になったね…。」


「いただきますニャ!」



 マチルダが料理にとびついて夢中で食べていると、どこかで食器が割れる派手な音がして、店内が一瞬静かになった。


「クロエちゃん! またお皿割ったのー?」


「す、すまない…。」


 厨房の奥からの謝る声に、アズキは気にするな、と言いたげに手を振った。マリーンが首をかしげた。


「アズキさん、今の、新しい店員さん?」


「うん。なんだか背中にひどい火傷をしてて、行き倒れてたのをあたいが連れてきたんだけど、けっこう可愛いんだよ、これが。」


「どこかで聞いたような声だったけど…誰だっけ?」



 マリーンがさらに首をひねっていると、誰かが店に押し入ってきた。


「ミサキさん! またこんな汚いお店で飲んでおられますのね! 家ではわたくしの愛の手料理が待っていると言うのに!」


「汚い店って言うな!」


「フロインドラ、いいじゃないか。君も座りなさい。」


 アズキは憤慨したが、フロインドラはにやけ崩れるとミサキの隣に座り、マリーンとにらみあった。そこへ、また来店者が現れた。


「あ! やっぱりここだ。マリーンさん!」


 カザベラを伴ったヨウが着席してテーブルが手狭になった。カザベラはフロインドラと乾杯して言った。


「フロインドラ、魔女商会長復帰だってね。結婚もおめでと。」


「カザベラさん、あなたも羽振りがいいらしいですわね。」


 ご機嫌なふたりをよそに、マリーンはだんだんと不機嫌になってきていた。


「ヨウさん、なんでカザベラさんといっしょなの?」


「たまたま、道で会っただけさ。」


 マリーンの不機嫌の油に火を注ぐように、アズキがヨウに後ろから手をまわした。


「ヨウさあん、一体いつ、あたいの部屋に来てくれるの? あの時の続きはいつなの?」


「またこんどね。」


 ヨウははぐらかしたが、ついにマリーンの感情が爆発した。


「あの時ってなに!? 続きってなに!? ヨウさん、ちょっと来て! なにが君がすべてよ!?」


「僕、そんなこと言ったっけ?」


「もうアタマにきた! マルンさん、おかわり!」


 マルンはマリーンのジョッキに飲み物を注ぎ、耳打ちした。


(安心してお飲みになってください…私がマリーンさまを介抱いたしたます。)


 マリーンはジョッキをいっきに飲み干した。




 早朝。

 

 自警団第33支部。


 大きいけれども恐ろしく古い赤れんがの建物から、木刀をもった人物が大きなあくびをしながら出てきた。


「あいたたたたた…。飲みすぎた…。」


 マリーンは頭をかかえるとうずくまったが、またノロノロと立ちあがった。


「ダメダメ、あたしは人より努力して強くならなくちゃ! だって私は…。」


 つぶやきながらその人物はふりかえり、建物の入り口にかかっている看板を見上げた。

 

 そこには、


『トマリカノート自警団 第33支部』


 と書かれていた。


「あたしは自警団支部長なんだから!」


 マリーンは木刀をかまえたが、もういちど看板を見あげて首をひねった。


「あれ? すこし傾いてるかな?」


 マリーンは自分の首を左右にかしげながら、すぐそばで建物にもたれて座っている誰かに声をかけた。


「ねえ、あなたはどう思う?」


「う~ん。右に3センチかな?」


 その人物は伸びをしながら立ち上がり、えへへ、と苦笑いのような表情を浮かべた。


「あーっ!? あなたは…コウバコさん!?」


「えへへ…私、来ちゃった…みたい…。」


 マリーンは驚きのあまり身体がかたまってしまい、香箱刑事はしきりに恐縮しながら頭をかいた。


「ねえ、しばらく泊めてくれる?」


 

 


 トマリカノートの外れに、警戒厳重な石とレンガ造りの頑健な建物があった。

 その名はトマリカノート終身刑務所。

 重罪犯専用の刑務所である。


 ある夜…。


 その中の地下深く、とある独房の隣の房から、小さくつぶやく声が低く響いてきた。


「…金を受け取った以上、あの人には今後一切近づかないように…もしもあの人にこれ以上、関わろうとするなら私は容赦はしないのでそのつもりで…」


「すみません、ひとりごとがうるさいのですが。」


 壁によりかかり、暇をもてあましていた囚人服姿のセイモンドはレンガ壁の目地を数える作業を中断して苦情を口にした。


「看守に殴られますよ。」


「大丈夫。看守はもう私のいいなりだから。」


 声はかなり若くて、あやしい響きがした。セイモンドは、見えない声だけの相手がどんな手を使ったのかは想像しないことにした。

 

 あやしい声はセイモンドと会話を続けたい様子だった。


「ちょっと手紙を書いていてね。ところで、君はなにをやったの?」


「わたしですか。ちょっと街を滅ぼしかけただけです。」


「奇遇だね。私も同じさ。」


 セイモンドには相手が誰だかだいたい見当がつき、関わりになるのは絶対に避けようと決意した。

 だが、相手はおかまいなしにセイモンドにたたみかけた。


「でも、君は詰めが甘いね。私の聞いた情報だと、実は異世界にはほとんど被害はでなかったらしいじゃないか。派手な花火だったんだねえ。ひょっとしてわざとなの?」


「あなたと話はしません。おやすみなさい。」


「あの人、生きてるよ。意識不明だけどね。」


 悪魔のような囁きに、セイモンドの決意はわずか数秒で崩壊した。


「なんと仰いましたか?」


「会いたい?」


「…。」


 セイモンドは歯を食いしばり、いいえと答えるつもりだった。


「はい。」


「私も会いたい人がいるんだ。一生こんなところにいるのはいやだ。力を貸してくれる? 君、凄腕の魔法使いなんだろ?」


 相手はどうやらセイモンドの事を予め知っていたようだった。


 セイモンドは短く呪文を唱えると、耳かきみたいに小さなほうきを手のひらに出した。


「さて、なにから始めますか?」





(おしまい)

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【完結】【百合要素あり】【忙しすぎる異世界自警団支部長マリーン・イアーハートの報告日誌】 団長への憧れを胸に秘めたマリーンが、仕事に恋に冒険に奔走するお話です(=^x^=) みみにゃん出版社 @miminyan_publisher

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