第24話 商会代表会議


「マリーンにゃん! ジーンにゃん!」


 小さく呼ぶ声に、ふたりは目を覚ました。暗闇の中、鉄格子をのぞきこむ小さな人影の気配があった。


「マチルダか!?」


「どうやってここに!?」


「33支部のエース、マチルダに不可能はないニャ! 暗闇でもバッチリ見えるニャ!」


 マチルダは胸を張りポーズを決めた。


「暗いから見えないんだけどよ。」


 マチルダは格子の間から水筒と包みをさし入れた。


「マリーンにゃん、飲み物とパンと果物ニャ! あと、交信用水晶球もはいってるニャ!」


「ありがとう!」


「え? 俺のは?」


 マチルダは再びポーズを決めた。


「ジーンにゃん、『マチルダさま、なんでもこれからは言うことを聞きます。』って言えばくれてやるニャ。」


「てめえ、あとで覚えていろよ。」


「マチルダ、それより外はどうなっているの?」


「もうめちゃくちゃニャ!」



 マチルダの話では、武装解除指示に応じない自警団員が蜂起して、あちこちで魔女商会と交戦中との事だった。だが、ほとんどの支部が魔女商会に制圧されたらしかった。



「なんてこと…。」


「それじゃあ街はどうなるんだ。」


「しばらく魔女商会が治安維持を代行するって聞いたニャよ。…シーッ! 誰か来たニャ!」



 マチルダがどこかへ身を隠すと、黒ずくめの人影が現れた。


「地下牢の居心地はいかがかしら?」


「フロインドラ! てめえ!」


「あらあら、こわいお顔ですこと。これから会議に出てもらいますからね。おとなしくついてきなさいな。」


「会議?」


 マリーンは嫌な予感がして鉄格子にしがみついた。


「商会代表会議ですわ。わたくしが非常呼集いたしましたのよ。重大事案ですからね。」


「商会代表会議!?」


 マリーンは頭を雷に打たれたような気がしてめまいを感じた。



 商会代表会議。


 それは、大商都トマリカノートの自治における最高意思決定機関であった。

 会議は各商会の代表で構成され、会議での決定事項は絶対とされていた。



 ジーンとマリーンは再び魔法の輪で手首を拘束されて連行されていった。


「あニャ~。あいかわらずおっかないニャ、あの人。ボクはヨウさんを探すニャ!」


 マチルダは猫手で顔を洗うと、暗闇の中を疾走し始めた。



 

 門番に強く突き飛ばされて、マルンは地面に倒れてしまった。


「うせろ!」


 門番が冷たく言い放つ足下に、パンや果物に水筒や干し肉が散乱していた。マルンは持ってきていたカゴにそれらを集めると立ち去った。


「マリーンさま…。」


 マリーンが心配でいてもたってもいられず、魔女商会本部に差し入れに来たマルンだったが全く相手にされなかった。


「わたしもマリーンさまみたいにもっと強ければ…。」


 マルンの膝と肘には擦り傷ができていた。心身の痛みに肩を落としトボトボ歩くマルンの目に、とある人物の姿が映った。


「チグレさん?」


 マルンは思わず手近の屋台のかげに隠れた。チグレはいつもの給仕服をきっちりと着こなして通りを歩いていたが、マルンはチグレがかもしだす異様な雰囲気を感じとった。


「どこへ行くのかしら。」


 マルンはチグレのあとを慎重に追いかけ始めた。



 官庁街の商会代表会館に連行されたマリーンとジーンは、光る手錠をされたまま広い会議室に入った。

 段々の円形に並べられた席には既に商会代表たちがぎゅうぎゅうに座り、口々に騒がしく喋っていた。


「静粛に!」


 議長と思しき年配の人物が叫び、議場は一瞬にして静まりかえった。


「みなさん、多忙なところを申し訳ない。このたび、魔女商会長フロインドラ・ニラクエナさんの呼びかけによる緊急商会代表会議を開催する。魔女商会長、お願いします。」


 フロインドラは背筋を伸ばし、マリーンとジーンを連れたまま、もったいぶった歩みを円形議場の中心まで進めた。


「ごきげんよう、みなさま。時間がないので手短に申し上げますわ。」


 自信たっぷりのフロインドラが何を言いだすのか、マリーンとジーンは固唾を飲んで見守った。


「わが魔女商会は、トマリカノートの街への反乱の罪で自警団のミサキ・フィッシュダンス団長以下複数の幹部を拘束いたしましたわ!」


 議場が一気に騒然となり、再び議長が静粛に、と叫んだ。


「なにを馬鹿な事をいうの! 証拠はあるの!?」


 マリーンの叫びに、フロインドラは冷たい笑みで応じた。


「証拠がなければ告発などいたしませんわ。お見せしましょう、これが証拠です!」


 フロインドラは懐から一冊の本を取り出し、咳払いをした。


「こちらはわたくしが、アワシマ・ヨウという自警団がかくまっている不審人物の部屋から押収したものです。」


「ちょっと待て! そりゃ不法侵入、窃盗じゃねえか! 無効だ!」


「おだまりなさい。今は非常時ですわ。読んで聞かせてあげましょう。」


 フロインドラは指先をなめると、ページをめくり出した。


「…異世界からのどろーん攻撃により火の海と化す街。逃げ惑う群衆。なすすべがない防衛隊。これは、侵略国の周到な作戦だった。まず敵の重要拠点をどろーんで破壊し、反撃能力を奪ったあとに本隊が一斉に上陸を開始する作戦だったのだ。一方、その頃主人公は…」


 議長が手をあげて遮った。


「魔女商会長、さっきらかその『どろーん』とはなんのことかね?」


「はい。おそらくは敵の兵器の名称かと。詳しくは調査中ですわ。」


 ジーンがマリーンの耳に囁いた。


(マリーン、まさか本当じゃ? 倉庫の破片はたしか『どろーん』とか言う物で、ヨウが知っていたんだよな?)


(ちがうの。ジーン、信じて。ヨウさんは無関係よ。)


(じゃ、あの本はなんだよ!?)


(それは…わからない。)


 ヒソヒソ話すふたりを睨みながら、フロインドラは高らかに演説を始めた。


「我が魔女商会は、最近頻発していた街中での謎の爆発事件を調査しておりました。そしてこの現象を、対魔法防御結界をたやすく突破する未知の物理兵器による異世界からの攻撃と断定していました。」


「フロインドラさん、異世界など本当に存在するのかね?」


「異世界はたしかに存在しますわ!」


 議長の質問にフロインドラが即答すると、また議場が騒がしくなったが、フロインドラは構わずに話し続けた。


「敵兵器の破片を分析したところ、異世界属性値が高レベルで検出されました。」


「異世界がなぜ我々を攻撃するのだ?」


「それは捕虜の尋問で明らかにしますわ、どうせ我々の土地や財産を狙っているのでしょう。そうはさせませんわ!」


 議長の再質問に答え、フロインドラは益々波に乗って身を乗り出して声を出し続けた。


「魔女商会は真実を明らかにすべく、一名の異世界の住民を魔法の儀式により召喚していたのです。その人物、アワシマ・ヨウを自警団は不当にかくまい続けて、魔女商会への引き渡しを頑なに拒んだのです。」


「ウソよ! ヨウさんは事故でこの世界に来たって言ってました!」


 マリーンは叫び、ハッと気づいて自分の口を押さえた。フロインドラはニヤリとした。


「あらあら、アワシマ氏が異世界からの来訪者だとあなたは知っていたのですわね。組織ぐるみでの隠蔽は重罪ですわね。」


 フロインドラは勝ち誇った様子でマリーンを指差した。ジーンがマリーンをかばうように間に入った。


「待てよ! 侵略っても壊されたのは無人の民家数軒だけだろ? なにを大騒ぎしてやがるんだ?」


「お黙りなさい!」


 フロインドラは激昂してジーンをまつ毛の長い切れ長の目でにらみつけた。


「壊されたのは、民家に偽装した結界点ですわ!」


 マリーンとジーンはフロインドラの話を聞いて驚愕した。


 

 その昔。王国と新帝国の間で激しい戦があった時、王国側についたトマリカノートの街にも激しい被害が出た。その時の反省で、魔女商会はトマリカノートの街全体に強力な魔法防御結界を張り巡らせた。


 巨大な結界を維持する為には街の要所要所に結果点が必要であったが、その場所を知られてはいけない為、結界点は見た目はなんの変哲もない普通の民家に綿密に偽装されたという。



 「あと数ヶ所、結界点を破壊されたら結界が崩壊するところで危ういところでしたわ。」


 フロインドラは得意げに胸を張ったが、マリーンが再び叫んだ。


「極秘のはずの結界点の場所がどうして異世界にばれてるの?」


「だから、それもあのヨウとかいう捕虜を拷問…いや尋問して聞き出すのですわ。」

 

 フロインドラがうっとりと言うと、マリーンは相手に飛びかかろうとした。



「やめろマリーン!」


 凛々しい声が響き渡り、マリーンは動きをとめた。振り返ると、手錠をされたミサキ団長が眼鏡をかけた長身の魔女に連れられて立っていた。


「あらミサキ団長。この期に及んでまだ何か申し開きがあるのかしら?」


「申し開きではない、フロインドラ。君は間違っている。敵の思うツボだ。」


「なんですって? 敵は異世界でしょうに。」


 ミサキ団長がツカツカと部屋の中央に移動すると、議場がまた慌ただしくなった。


「団長…。」


「マリーン、苦労をかけるな。すまない、全て私のせいだ。」


 団長はマリーンに微笑み、ジーンにもうなずきかけた。


「ジーン副支部長、いつもマリーンを支えてくれてありがとう。」


「団長…!」


 ジーンは感極まった様子だった。団長はフロインドラの方に向き直り、朗々と声を上げた。


「フロインドラ、敵は異世界ではない。本当の敵は別にいる。」


「なにを根拠に…。」


「聞いてくれ、フロインドラ。本当の敵は、新帝国の国防軍だ!」


 議場は騒然となり、議長がいくら声をあげても全く静まらなかった。

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