第2話 魔女と乱闘、いや合コン?


「はっはっはっ…。」


「ホッホッホッ…。」


 マリーンが1階に降りると、甘い香りが漂っていて、自警団員用カフェテリアからは談笑する声が聞こえてきた。


(ん? マチルダの話とちがうけど?)


 そっとカフェテリアをのぞいたマリーンの目にとびこんできた光景は、テーブルの上の皿に山のように盛られた焼き菓子と、和やかにお茶をしている団員と魔女たちだった。


 団員と魔女たちはあちらこちらのテーブルで紅茶やコーヒーを飲みながら菓子をほおばっていた。恋バナで盛り上がっているテーブルもあった。


(いったいどうなってるの!? とにかく、魔女商会とだけはモメるわけにはいかないわ…。)



 魔女商会は、穀物商会や戦争商会などと並び、大商都トマリカノートで最も力を持つ商会勢力のひとつだった。


 魔女の手配や魔法に関する仕事の請け負いのみならず、水道や街灯など街の主なインフラは魔法を動力としており、その維持を魔女商会が担っていた。


 それだけに、商会代表会議でのフロインドラ会長の発言力には絶大な力があった。



 マリーンは首をかしげながら、いちばん偉そうな魔女にそっと近づいた。


「あのう、フロインドラ会長、なぜに合コンみたいになってるの?」


 マリーンに声をかけられたのは、全身黒のドレスに腰までのびた黒髪で切れ長の目をした人物だった。


「えっ! いけない、われとたことが。あやうく大切な用件を忘れるところでしたわ。」


 フロインドラはドレスに落ちた菓子のくずをパッパッと払うとレモンティーをひと口飲み、立ち上がって腰に手を当てた。


「われの用件は…」


「すみません、新しいのが焼き上がりました。」


 フロインドラの話を遮り、いちごタルトが山盛りのお盆を持った人物が厨房の奥から現れた。

 魔女や団員から歓声があがり、皆がテーブルに置かれたお盆に殺到した。


「あ! われのぶんも! おまちなさい!」


 フロインドラまでもが長い髪をふり乱してタルトにつかみかかり、マリーンはあぜんとしてその光景をみつめていたが、お盆を持った人物に話しかけられて我にかえった。


「あ、あのう…マリーン支部長さまですよね? はじめまして…。」


 白いパティシエ服に頭にはコック帽、首には赤いスカーフタイがよく似合う小柄な人物は恥ずかしげにモジモジしながらマリーンに挨拶した。

 

「チグレ・ポートランドといいます。よろしくお願いします…。」


 チグレは大きな目をパチパチしてうるませながら、熱心にマリーンをみつめていた。


「あなた、誰だっけ?」


 マリーンは相手の視線に押されながら申し訳なさそうにしたが、チグレは意に介さなかった。


「わ、わたし、お手伝いさん募集のチラシを見て応募しました。面接は髪の短い背の高い方と妖精族の団員の方がしてくださいました。」


(ジーンとコナね…。私も面接するって言ってたのに。)


 マリーンはチグレの手をとり頭をさげた。


「マリーンさん!?」


「あなたの機転のおかげで魔女と乱闘にならずにすんだわ。本当にありがとう!」


 チグレは耳まで赤くなり、ぎこちなく答えた。


「は、はい。こ、こちらこそ、お、お役に立ててうれしいです。フロインドラ会長のスイーツ好きは有名ですので…。」


「あなたって知恵もまわるんだ! すごいね!」


 マリーンはさらに強くチグレの手を握りしめた。

 チグレは目がうつろになりその場にふらふらと倒れてしまった。


「あれ? チグレさん?」



 いつのまにかジーンとコナ、マチルダも降りてきていてマリーンの背後に立っていた。


 フロインドラはようやく満足したのか、口をレースのハンカチで丁寧にふくと用件をきりだした。


「自警団のマリーン支部長、不審人物を拘束されたそうですわね。ただちに魔女商会に身柄をひきわたしてくださるかしら?」


 マリーンは背中に冷や汗を感じた。まさかいきなり逃げられたとは言い出しにくい雰囲気だった。


「えっと…。体調が悪くて治療中だし、事情聴取もまだだし。そもそも、なぜ魔女商会にひきわたすの?」


「それはあなたがた自警団には関係ありませんわ!」


 マリーンはハッとして叫んだ。


「ひょっとして、最近、街で起こっているあの怪異に関係するとか?」


「ですから、あなた方には関係ないと申し上げています!」


 黙ってきいていたジーンがたまりかねたように前にでた。


「さっきからえらそーにしてんじゃねえよ。誰がこの街の治安を守ってると思ってんだ?」


 ジーンの抗議に、フロインドラは冷笑で応じた。


「治安? きいてあきれますわ。強盗追跡と称して無謀な馬車チェイスで街の施設を破壊してまわったのは誰でしたかしら? 修復魔法は大変でしたわ。」


 ジーンはバツが悪そうにうつむいてしまった。


「犯罪者と射撃戦になり、街中で弓矢を乱射しまくって街を大パニックにしたのはどなたでしたかしら?」


 でかい弓矢を背負ったコナはそしらぬ顔で窓の方を見た。マチルダが期待に満ちあふれた顔でしっぽをふりまわした。


「ボクは、ボクはニャ?」


「あなたは…ええっと…そうね…。…買い食いのしすぎ…かしら?」


「アにゃ! 買い食いならまかせるニャ! にゃはっ。」


 マチルダは胸をはり、フロインドラはあきれたように肩をすくめて首をふった。


「とにかく、今すぐに引き渡しをしていただきましょうか。」


 マリーンは意識がないチグレを介抱しながらフロインドラにうったえた。


「あの、あたしの一存では決められないの。団長に相談しないと。」


「あらまあ。支部の問題は支部長であるあなたが責任者ではなくて? 今、きめてくださらないかしら。」


 マリーンはまた冷や汗を感じ、考えこんだ。


(そうだ。こんなことであの人をわずらわせるわけにはいかない。)


「わかった。必ずあとで魔女商会本部まで連れて行くから、いったんは帰ってくれる? 今は医務室で眠っているから。」


 フロインドラは切れ長の目を細めてマリーンを見つめていたが、やがて目を閉じてうなずいた。


「いいでしょう。すばらしいお菓子もご馳走になりましたし、いったんは引き下がりましょう。ですが、監視していますからね。われわれ魔女の力をお忘れなきよう。」


 優雅に一礼をすると、フロインドラ会長は魔女を引き連れて帰っていった。




 団員たちも解散して、カフェテリアにはマリーンたちだけが残った。ようやく気がついたチグレはマリーンにひざまくらをされている事に気がつくと、また気を失ってしまった。


 マチルダはテーブルに残っていたお菓子を残らず食べてまわっていた。


「あにゃ~。どれもこれもめちゃおいしいニャ! このあたらしいお手伝いさんはタダモノじゃないニャ!」


 

 チグレはしばらくしてからまた目を覚まし、あと片付けがあるからと慌てて厨房に逃げるように入っていった。


 その背中をけげんな顔で見送ったジーンだったが、腕組みをしてマリーンのほうへ体を向けた。


「マリーン、どうすんだよ。あんなことを言ってさ。」


「決まってるよ! 探しにいくの!」


 コナもうなずいた。


「かなり珍しい服装と聞いています。外見も特徴的だそうですし、すぐに見つかるでしょう。」


「どこを探せばいいと思う?」


 コナは少し考えてから、自信たっぷりに微笑んだ。


「おそらく、あの場所ですね。」

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