第1話 出会いは突然に


 港湾交易商業都市トマリカノート。


 早朝。


 大きいけれども恐ろしく古い赤れんがの建物から、木刀をもった人物が大きなあくびをしながら出てきた。


「ふわぁ~、ねむい。」


 その人物はこがらで、パジャマ代わりなのか上下はスウェットで、茶色の髪をおさげにしていた。


「でも! 人より努力して強くならなくちゃ! だって私は…。」


 つぶやきながらその人物はふりかえり、建物の入り口にかかっている看板を見上げた。そこには、


『トマリカノート自警団 第33支部』


 と書かれていた。


「あたしは自警団支部長なんだから!」


 その人物は自分で自分の言葉に酔いしれるかのようにうふふ、と笑った。


「何度言っても良いひびき…支部長、マリーン支部長、うふっ。」


 マリーンは木刀を肩にかつぐと、目を閉じてうっとりとしながらひとりごとを続けた。


「これでまた一歩、あの人に近づけたかなあ。」


 ひとりでニヤニヤしているその人物を、道を歩く新聞配達人や牛乳屋さんは気味わるげに見ていた。


「え、えへん。さあ、すぶり、すぶりっと。」


 マリーンは咳払いをすると木刀をかまえたが、もういちど看板を見あげて首をひねった。


「あれ? すこし傾いてるかな?」


 マリーンは自分の首を左右にかしげながら、すぐそばで建物にもたれて座っている誰かに声をかけた。


「ねえ、あなたはどう思う?」


 声をかけられた人物はピクリとも動かなかった。


「あれ? そういえば、あなた、こんなところで何してるの?」


 マリーンは座っている人物のすぐ横にしゃがみ、肩をたたいた。


「だめだよ、こんなとこで寝ちゃうと風邪ひくよ?」


「ううん…。」


 苦しげな声を出すと、その人物はそのまま横にかたむき、地面に倒れてしまった。


「あ、あれ!? もしもーし! やだ、たいへん! どうしよう!?」


 マリーンは慌てて、倒れた人物に馬乗りになり、脈をしらべた。


「…よかったあ、生きてる。…それにしても…。」


 安心してホッとひと息つくと、マリーンは倒れている人物の前髪をかきあげ、思わずみとれてしまった。


「…この人、妖精族? いや、人間だよね。こんなに綺麗な人、見たことない…。」


(ほそい首…絹みたいに滑らかな肌…まつ毛ながいなあ…でも。)


 意識がないその人の服装を見て、マリーンはクスクス笑った。


「スタイルもいいのに、服のセンスは最悪ね。なに、この緑色のぐじゃぐじゃの模様? 変なの。」


 またその人物が苦しげにうめく声が聞こえて、マリーンは慌てて立ち上がった。


「いけない! そうだ! ナダ先生を起こさなきゃ!」


 木刀を放り投げると、マリーンは慌てて建物の中に飛び込んだ。




 中央大陸東部に位置する港湾商業交易都市トマリカノート。


 東大洋に面し、背後に霊山ロコを擁するこの巨大な街は世界間商取引の一大拠点として大陸一の繁栄を誇り、「大商都」と呼ばれていた。


 世界最大の商都であるこの街には、ありとあらゆる商材が集まり、それをとりあつかう商人たちが商材ごとに「商会」を形成していた。


 超大国である王国や新帝国にも属さず、自治を許されたこの街は「商会代表会議」によって治められ、街独自に治安維持のための自警団を組織していた。


 街は整然と多数の街区に分かれており、区毎に自警団の支部が置かれていた。


 

 その内のひとつ、自警団第33支部の一室。


 医務室の前に、人だかりができていた。年配でボサボサ頭、白衣をだらしなく着た恰幅のいい人物が集まった団員たちを押しとどめていた。


「だから、しばらくの間は面会謝絶じゃ! 何度言うたらわかるんじゃ!」


 短髪長身の人物がすらりと進み出た。


「ナダ先生、俺たちにも会わせろよ、聞いたぜ、すげえ麗人なんだろ?」


 同じく背が高く、金色の長髪でとがった耳の者が前の者をおしのけた。


「ワタシも興味があります。ワタシよりも美しい人間族など、いるわけがありません。」


 押し問答の隙をついて、4本足ですばやく駆けまわり、壁、誰かの頭、天井を経由して医務室のドアの前に着地した者がいた。


「にゃはッ! 楽勝、楽勝ニャ。さあて、ドアをあけるニャ~。」


「あっ! やめんか、ドラ猫!」


「やめろと言われてやめるわけがないニャ。」


 にゃはは、と笑いながら肉球の手でドアをあけたドラ猫は、医務室に首をつっこんだが奇声をあげた。


「ハニャ? 先生、誰もいニャいよ。」


「なんだと!? …本当だ。なんてこった! マリーン支部長に報告だ!」




 支部長室で書類の山と格闘しながら、マリーンは机の前に並んだナダ先生と団員たちに問いかけた。


「いなくなった? なんで?」


「しるか! 逃亡中の手配犯じゃあないのか?」


 自警団付きの専属医であるナダは吐き捨てるように言うと、フラスクの酒をあおった。


「先生、勤務中は禁酒です!」


 マリーンはナダのフラスクをとりあげてゴミ箱に投げ入れた。


「あんな指名手配犯、いるわけないでしょ。先生、本人はなにか言ってたの?」


「それがな、どうやら疲労と空腹で倒れていたようでな。栄養剤の点滴で目を覚ましたが、全く何も覚えとらんの一点ばりじゃったわい。唯一、自分の名前だけは覚えておったぞ。」


「ええっ!? 記憶…喪失ってやつ?」


「かもな。くわしくはもっと診察が必要じゃが。」


「なんて名前?」


「アワシマ・ヨウだそうだ。」


 短髪の人物がニヤニヤしながらナダの肩に手を置いた。


「とか言ってさ、先生がなんかしたから逃げたんじゃねーの? いやらしーこととかさ。」


「な、なにをバカなことを!」


 ナダは相手の手を払いのけると怒り肩で部屋から出ていってしまった。金色の髪の妖精族の団員が、マリーンの机の上に緑色のパックパックを置いた。


「ジーン、くだらないことを言ってないでこれをみてください。支部長、アワシマ氏は荷物を置いていきましたよ。」


「荷物を? じゃ、すぐに帰ってくるのかな? コナはどう思う?」


 コナと呼ばれた妖精族は首をふり肩をすくめた。


「人間族の考えはなんとも…。それより、中をみてみませんか?」


「勝手に人の荷物を?」


 マリーンは腕組みをしたが、ヨウの顔を思い出すとバックパックに手を伸ばした。


「見よう! 見たい!」


「俺も!」


 ジーンと呼ばれた短髪の団員がバックパックをひっくり返した。


「…なんだこりゃ。ガラクタばっかじゃねえか。」


「でも、見たことないものばっかりだね。なんだろ、これ?」


 マリーンはくの字型で金属製の棒の穴をのぞきこんだ。他には丸いボールにピンがささったようなものや、平べったいつるつるの板のようなものなどがあったが誰にもさっぱり用途がわからなかった。


 マリーンたちが首をひねりながら荷物を物色していると、部屋に誰かが飛び込んできた。


「あにゃ~っ! たいへんニャ、たいへんニャ!」


「マチルダか。騒がしいやつだな、お前はいつもよ。」


 マチルダはしゃがみこむと、手でしきりに顔を洗いはじめた。


「あにゃ! ホントにたいへんだニャ! ま、ま、魔女商会のフロインドラ会長が魔女をひきつれてなぐりこみにきたニャ!」


「なんですって!?」


 ジーンとコナも驚きで声を失っていた。マリーンは椅子からとびはねるように立ち上がった。


「かくまっているやつを引き渡せって騒いでるニャ! うちの団員と一触即発ニャ!」


「かくまっているやつって…まさか、ヨウさんのこと!?」


 マリーンは剣をつかむと、つまずきながら部屋から飛び出していった。

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