第3話

 大きな駅に降り立った瞳は、胸の高鳴りを抑えることができないまま、吊り下げの時計の下で剛を待った。

【着きました。時計の下に、立っています】

 携帯からメッセージを送ると、すぐに返事が来た。

【俺も着きました。たぶん、あなたの目の前にいます】

「!」

 瞳は顔を上げる。

 目の前の柱にもたれるようにして立っている男性がひとり――。

「……あなたが……剛さん……?」

「はい。あなたがミハルさんですね?」

「……はい……」

 黒いコートに身を包んだ剛は、瞳の想像よりも背が高く、そして長髪だった。

 剛にエスコートされて、瞳は彼の車まで歩く。

 ふいと香水の匂いが漂う。くらくらとしそうだった。

 最初から、【そういうこと】が目的で、男性の車に乗り込むというのは当然のことながら初めてだった。

 着てきたワンピースの裾を気にしながら、瞳は座席に腰を下ろす。



 誰も知らない夜が始まろうとしていた。



 花の匂いがたちこめる車の中、瞳は会話の端先を見つけられずに膝の上で握りこぶしを作っていた。

「緊張してる?」

「……それは……まあ……」

「可愛い」

 剛がゆるく笑った。

 それからとりたてて会話のないまま、車は夜の闇をすべってゆく。

 コンビニエンスストアで食料品を買い込み、一軒のホテルへと入った。

 どきどきと鼓動が高まる。

 ラブホテル……に入るのは、瞳自身、初めてだったから、剛のやるように任せた。

「どの部屋がいい?」

「え……その、普通のでいいです……」

「普通のね」

 剛はそう言って苦笑する。カタンと出てきた鍵を、手に取った。

「行こうか」

 瞳は恐る恐るあとをついていった。いよいよ後戻りできなくなった、と感じていた。

 エレベーターに乗り込む。バッグのひもをぎゅっと握りしめて、瞳は下を向いた。

「…………」

 会話が続かなくて黙っていた瞳の唇を、突然、剛が奪う。

「!? ……っ……う……」

 ぐちゅ、と淫靡な音を立てて、唇が離れた。

 動悸がおさまらない。

 もつれそうになる足を必死に立て直して、瞳は開いたエレベーターの扉をくぐった。

 ホテルの部屋は瞳が思っていたよりも広かった。真ん中に大きなダブルベッドがあり、暗めの照明が雰囲気を盛り立てていた。

「あ、で……電気、点けますね」

 スイッチを探そうとした瞳の腕を、剛がすっとつかむ。

「電気? 要らない」

「え……」

 そのまま、瞳は身体ごとダブルベッドに押し倒された。

「きゃ……」

 また唇を奪われる。

 体中がぞくぞくと震えた。

 剛の指が、瞳の身体中を這う。

 瞳は喘いだ。

「やめっ……助け……あっ……」

「もっともっと啼かせてやる。ミハル」

 瞳はストッキングを破かれ、中途半端に服を脱がされたまま、まるで犯されるように剛とセックスしていた。

 気がつけば、自分から剛の首に手を回し、彼を求めている自分がいた。

「きもっ……気持ちいいっ……」

「もっと啼け」

 瞳はそうして、叫ぶような声を上げさせられる。

 経験のない痺れが身体中を襲った。

 このままだと壊れてしまう――瞳の嬌声は部屋中に響いて、止まらなかった。



 ひとしきりの時間が過ぎたあと、剛はベッドに腰かけて煙草を吸っていた。

 メントールの匂いが、瞳の鼻にツンとさわった。

 ぐったりした瞳は、ベッドにうつぶせになったまま、剛に声をかける。

「いつも……こうなんですか?」

 瞳の言葉に、剛はゆるい笑顔のまま、ちらりと彼女を見た。

 夜の闇にネオンサインが輝いていた。

「こうって?」

「サイトで知り合った女の子と、……その……」

「リアルでセックスするのかって?」

 遠慮のない言葉に、瞳はどきりとする。

「……は……はい」

 瞳の手をそっと握り、剛はふっと笑った。

「君が初めてだって言ったら、信用するの?」

「――――」

 その聞かれ方はとても意地悪だと瞳は思った。

 だが、剛が嘘をつくとも思えない、とも、いまの彼女は思っていた。

「俺はね」

 ベッドの中で、剛は瞳を羽交い絞めにするように抱きしめた。

「っ……」

「信用できると思った相手としか会わない。お前は信用するに足りたんだ、ミハル」

 背中に、悪寒ともなんともつかない快感がぞくりと走った。

「……はなして……」

 少し苦しくなって、言ってみる。

「はなさない。お前はもう俺のものだ」

 語調が少し荒くなった剛は、瞳の首筋をぺろりと舐め、甘噛みした。

「ひう……」

「もっと、啼け」

 強引に、身体を開かせられる。

 瞳は初めて、この夜、何度も何度も達した。

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