21世紀の狂言他殺

水白 建人

 

 めたわたしにゆうはなかった。あししばられ、いもむしていうすちゃいろいたよこたえている。

 たくのパソコン、きんぞくラックのささくれたぶんぼんそなえつけのようなりょうびらきのタンス、らかされたぎょうふく、ぼんやりとばんだかべてんじょう――いずれもわたしのにはてもつかない。はちじょうほどあるこのいきぐるしいくうかんに、わたしがかんいだくことはなかった。

 けれど、そのこえにはおぼえがあった。

はなせばわかる……は、はやまるな!」

 せんじつ、わたしにうわ調ちょうらいしただんせいかどわきさんだ。

 なぜわたしはかどわきさんのまえしばられているんだ? とっさにたずねようとしたが、わなかった。

 わたしがくちひらぎわに、だんまつみじかさけびがした。

 どさり、とゆからされ、ようやくわたしはたいおそろしさをる。あおけにたおれたかどわきさんのむねにはほうちょうさっていた。

 たずねるひつようなんてなかったのだ。

 たおれたかどわきさんのすぐちかくにそびえるほんあしが、もうひとりのそんざい、つまりはさつじんげんこうはんだといまならわかる。たんていであるわたしがだいさんしゃでなく、とうしゃとしてはんざいまれていることも。

 ほんあしがこちらにいた。いっずつちかづいてくる。それがわたしのまえかたひざてたことで、おぼえのあるかおがはっきりえた。

とうさん、あなたか!」

 うわ調ちょうともなってかどわきさんにわたされたしゃしんのうをよぎる。だんせいかおたしかにとうさんそのひとごうしていた。

 とうさんはあおいろのほとばしるでんどうひげそりのようなかいにぎっている。スタンガンだ。それもじょうしゅつりょくかいぞうされているとおぼしい。

「ま、って……やめろ! うぎゃあっ――――!?」

 スタンガンをしつけられるや、すぐにくるいそうないたみがくびからぜんしんまわって、わたしはそのあとのおくれんぞくせいしょうげんできなくなった。

 わたしがもういちましたのはいつだったか。とにかく、とうさんにおそわれたわたしはきていた。

 うしなっているあいだいたみであばれていたのだろう。めてすぐにもがいてみると、あししばっていたなわはたちまちゆるくなり、わたしはたやすくゆうとおざけるにいたった。

 くびよこがまだヒリヒリする。わきばらもだ。それにくうなまぐさい。とうさんはおらず、かどわきさんはたおれっぱなしのたいせいことれている。

 わたしはたてもたまらずけいたいでんって、一一〇ばんにかけた。わたしははんにんはんこうもくげきしており、けいさつけいたいでんからわたしのじょうほうしゅとくできる。けっでんしのへんこころよいものだった。

「――さて、りかかったふねってやつか」

 このままではらいにんどくだ。ごさんになったうわ調ちょうわりに、けいさつへのきょうりょくをもってこのほとけとむらうとしよう。

 わたしがここでしばられていたしんそうも、げんのこっていればいいのだが。

げんざいこくさんまえかどわきさんは……まだ湿しめっている。こりゃされてからそんなにってないな」

 わたしはしつないわたした。

「ずいぶんとらされてるな。さいしょめたときとえらいちがいだ。まるでものりに――あっ!?」

 わたしはいやなかんられて、さいめんファスナーをった。

「くそ、きちせんせいひでせんせいえてやがる。……いやて、クレジットカードはだ」

 とうさんのわざか? あしがつかないよう、げんきんだけをっていったのか?

 そういえばかどわきさんは、ぶんかのじょとうさんのさんにんでシェアハウスしてるってはなしだったな。しかし、とうさんとのあいだきんせんトラブルがあったとはいていない。

みょうだな……どれどれ、っと」

 わたしはうたがいのかべぎわたくそそいだ。デスクトップパソコンにモニター、マウス、イヤホン、VRゴーグル、アルミのはいざらなどがざつぜんかれている。らされているかんじはない。

 になったのははいざらだ。たばこのがらとはことなる、くろえかすがちゅうおうのこっている。

 わたしはけいたいでんこうがくズームを使つかって、くろえかすをかんさつした。わずかにキラリとしている。わたしはちょっとかんがえて、それがほんへいもちいられるホログラムだとがついた。

「まさか、おれのかねか!? いやいや、ふつうやすかね? だけに」

 じょうだんはさておき、こっちのたばこのがら。わたしのしょおとずれたかどわきさんがむねポケットにのぞかせていたパッケージのやつだ。

「じゃあここはかどわきさんのか? かっったるなんとやらっつっても、まどまってて、あっちのドアがわのほうにほうちょうったとうさんがいたんじゃげようがないな」

 と、ここでかいあたまをもたげてきた。

 これがごうとうさつじんだとして、なぜわたしはきている? もくげきしゃとどくならまつするのがこのはんざいのセオリーじゃないのか?

 そも、今日きょうのわたしはうわ調ちょうのため、かどわきさんがシェアハウスしていたかいてのじゅうたくきんんでいた。そのあとのおくれになっている。

 とうさんにスタンガンでかれて、ここにはこばれたのか? なんのために?

「……さつじん、あるいはごうとうさつじんもくてきだとしたら、。まるで、ようしょくのメインディッシュになっとうしたかのようなけんだな……」

 わたしはせいでそりつづけてあおじろくなったあごをなでる。おかしなたいで、しきりにくばり、あたままわしているうちにパトカーがやってきた。ひつぜん、わたしはじょうちょうしゅけるべく、ちゅうおうおおきなけいさつしょまでごていねいはこばれるのだった。

 わたしはひるがりのみからずっときゅうけいしておらず、けいさつしょないでありがたくトイレをりさせてもらった。そのまえに、熱海あたみとかいうじゅんちょうおとこかるくいきさつをかたり、ようしゃであるとうさんもこちらにれんこうされることとなった。

 たっぷりようしたわたしは、ついでにいのけいさつかんとおしゃべりにきょうじつつ、はんのブラックコーヒーでえいやしなった。もくげきしゃとしてじょうちょうしゅ、というのはたてまえで、わたししんようしゃのひとりとしてしぼられるのがわかっていたからだ。あたじゅんちょうおにがわらみたいなかおて、やすかえれるとおもうやつはそういるまい。

「ぼちぼちもどりましょうか」

 わたしはいのけいさつかんまえで、ゴミばこまるあなかんてる。わたしとおなちゅうねんであるかれはやおらながった。

けいそうだいいっじゅんちょうさん、あなたのじょうなんでしたっけね」

「ええ」

「ではきゅうけいのことはおたがいにみつということで」

「わかってますよ、のりふねさん」

「そりゃありがたい」

 わたしはそうって、いのけいさつかんよこならびになってしょないろうすすむ。ふと、とり調しらべしつのひとつであろうのドアがひらいていたので、そこにをやった。

 とむねかれるのはひつぜんだったろう。わたしはそれをるや、びくんとかたさぶり、あゆみをめてしまった。

「あそこですわってるの、のりふねさんがってたとうさんじゃないですか? がいはやかったですね」

 いのけいさつかんがわざわざわたしのためにあしめて、さくにった。しかしわたしはほうけたようにくちけたまま、ことひとつかえせない。

「…………だとしたら、ひつようだったんだ」

 ようやくわたしはしょうもどる。あたまなかには、ぶんでもしんじがたいすいがっていた。

「どうなさいました?」

とうさんはじつかもしれない」

「へ?」

いそぎましょう」

 わたしはいのけいさつかんはやあしいた。

 とうさんと、そしてたんていであるわたししんかんばんきずをつけるわけにはいかないのだ。


「――けっ、ようなしょくぎょうかねえ」

 あたじゅんちょうとり調しらべしつにわたしがあらわれると、かいこういちばんにいやみをこぼした。

「だいぶひまだったんで、おたくのめいあなくほどさせてもらったぜ。のりふねたんていしょのりふね寿さん」

「どうも、じゅんちょうさん」

「おい、おまえもどっていいぞ」

 あたじゅんちょうよこさしする。いのけいさつかんはきゅっとまゆめ、けいれいしてからとり調しらべしつをあとにした。

じゅんちょうさん」わたしはパイプすわる。「わたしがちがってましたよ」

「なにが?」

「このけんとうさんははんにんじゃないかもしれません」

「あんた、ぶんとうしてるとこをたってってたじゃねえか」

じゅんってはなしますよ。ひつようなことなんでね」

 わたしはせきばらいをはさんで、ほんだいはいる。

かるくおはなししましたけど、わたしはうわ調ちょうひるからあのじゅうたくきんんでまして、づいたときにはあの――さつがいされたかどわきさんのしつでしょう――にいました。りょうりょうあしなわしばられたまま、せつけられるかのようにかどわきさんがほうちょうされるめんたりにしたんです」

ほうちょうしたのがとうだってんだから、そいつがはんにんまってるだろ」

じゅうようなのはそこじゃなくて、わたしのほうです」

「あんたがそのにいたことが、ってか?」

 あたじゅんちょうるかのようにはならす。

せつめいはつくぜ。とうはなんらかのゆうかどわきころしたかった。だが、たまたまあんたがんでたせいで、ぶんいえりしているとこをられて、あとでうたがわれるのをおそれた。だからあんたをぜつさせて、まとめてまつしようとしたのさ」

「でも、わたしはこうしてきてるじゃないですか」

「ひとりころして、すっかりビビっちまったんだよ。それであんたをまつできなくて、せめてとうぼうするかんかせごうと、あんたをふたたびぜつさせた」

「わたしのさいからへいがなくなっていたてんは、どうせつめいするんです?」

とうぼうようきんにしたかったんだろ。あればあるほどとおくまでげられるからな。クレジットはいつようていされるかわからねえし、げんきんならあやしまれにくいってもんだ」

 あたじゅんちょうすいすじこそとおっているが、じつたいするひつぜんせいがない。

じつはあのはいざらに、へいやされたけいせきがあったんですよ。これがわたしのさいからったへいだったとしたら、じゅんちょうさんのすいにケチがつきませんかね?」

 わたしがこうてきして、あたじゅんちょうがしかめつらをさらにしかめたのがそのしょうである。

「……かんしきがかりから、げんじょうきょういている。げんものりがあったみてえにれてたそうだな。はいざらはさておき、とうとうぼうきんほっしていたうごかぬしょうじゃねえか?」

「そこまでするわりにはあっさりれんこうされてくるだなんて、へんじゃないです?」

れねえとあきらめたんだろ」

「ねえじゅんちょうさん、わたしのすいちがうんですよ」

「へっ、だったらかせてもらおうじゃねえか。たんていすいってやつをよ」

かどわきさんはぶんかのじょ――かやさんといいます――ととうさんとでシェアハウスをしてました。かどわきさんがとうさんとかやさんのなかにするていには、みなさんこうりゅうがあったようで。そんなあいだがらにんげんどうが、たがいのなかをいくらかあくしているのはひつぜんでしょう」

「だったらなんだよ」

「あんなにしっちゃかめっちゃかにせずとも、かどわきさんのさいなりなんなりさがせたはずだ、ということです。むしろあれじゃえますよ」

「なるほど。つまりだいさんしゃによるごうとうさつじんせかけたかったわけだ」

 あたじゅんちょうにはわるいが、はやてんである。

「あんたたしか、うわ調ちょうをしてたんだったな。じゃあこうだ。とうかやとかいうおんなとできていて、かどわきじゃだった。だが、ふつうにころせばそこをどうとしてうたがわれる」

「だからごうとうさつじんせかけたと? いやいや、そんなれいせいあたまがあったら目撃者わたしゆうにさせないでしょ」

「ちっ……だけどよのりふねさん、あんたとうしてるとこたんだよな? いまになってちがいだったなんてうんじゃねえぞ?」

ちがいでしたね」

「なんだってぇ?」

どうに、はっきりせつけられましたよ。とうさんのかおをね」

 われながらおかしなはつげんだとおもう。あたじゅんちょうてんになっている。

 しかし、こうあらわしてこそしんそうちかづけるはずだ。あのこったけんは、わたしをごうとうさつじんもくげきしゃてるだったかもしれないのだから。

「わたしがたのはおそらく、とうさんのにせものです。なぜなら――いまべつとり調しらべしつにいるほんものとうさんは、かおにニキビがあるんです」

「…………ニキビ?」

かどわきさんをしたほうのとうさんにニキビはなかった。ほんのすうかんで、がはっきりわかるぐらいのニキビがかおにできるものでしょうか? ありえませんよ」

「そ、そりゃまあ、ありえねえが……」

「あのニキビがしょうかなにかだとしても、そんなのはひつようです。はんこうぜんべつじんよそおなら、ころまえにしっかりとへんそうをして、ころしたあとにほんらいぶんもどればいい」

どうてんしていて、けいかくじゅんを――」

ころまえからどうてんしていたなら、ひとりもころせないでしょうよ」

「あ~……じゃあだれなんだよ!」

 あたじゅんちょうりょうつくえをたたき、す。

はんにんは! どこのどいつだ!?」

「――――かどわきさん、ほんにんです」

「か、かどわきだと……!? まさか、さつだってのか!?」

「わたしのすいたっているなら、そうなります。うなればきょうげんさつですよ」

 なぜわたしが、あのげんわせたのか。

 なぜもくげきしゃなのにころされなかったのか。

 ――あれがとうさんによるごうとうさつじんだと、わたしにしょうげんさせたかったんだ。

「おそらく、わたしがはんこうだったんです。かどわきさんはそれをわたしにせてからぜつさせ、そのあと、とうさんからごうとうさつじんったかのようにみずからして、VRえいぞうをなぞるようにみずかほうちょうむねした――これなら、どうもはっきり『かのじょうばったとうさんへのうらみ』だとわかります」

「ぶいあーるって、あんた、ほんかよ?」

とうさんにつみせるのがもくてきなら、わたしがかどわきさんにうわ調ちょうらいされたのも、VRえいぞうもくげきしゃえらばれたのも、ころされなかったのもうなずけますよ。げんにわたし、とうさんがしたってっちゃいましたし」

「じゃあニキビは?」

「あらかじめVRえいぞうようするにたって、さつけっこうするとうさんのかおそくできなかったためにまれたじゅん、ってとこでしょう」

ほんとうかよ……」

「あのからふたつのしょうつかるかだいですよ、じゅんちょうさん」

 そうして、わたしがさいつたえたすいきょうげんさつそうどうをぴしゃりとしずめたのだった。

 のちにうらみのほのおさえも、いずれしゃからえていくだろう。

「ひとつはパソコンからかくにん、あるいはふくげんできるであろうVRえいぞうのデータ。もうひとつはVRゴーグルにちゃくしているであろう、わたしのあいようするポマードのせいぶんです。――まるぼうかどわきさんもおなじポマードをあいようしていたならべつですがね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

21世紀の狂言他殺 水白 建人 @misirowo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ