物理最強の脳筋男が歩く異世界踏破譚

Leiren Storathijs

修行編

第1話 師匠

 俺の名はファウスト・ハーデット。

 この名前は本名ではなく偽名だ。ただ本名は忘れているだけで、この名前はとある人に勝手に付けられた物だ。

 ファウストは『拳』ハーデットは『情熱』

 今考えれば安直な名前だが、もうこの名前に文句は言えないから気に入っている。


 俺は六歳の頃にクレイク村という集落とも呼べる小さな村にて、突如襲ってきた魔物に両親を殺され、村を焼かれた。

 そんな俺は死に物狂いで村を脱出し、とにかく魔物が追ってこない距離まで逃げて逃げて逃げ続けた。


 村を置いて行っただとか、両親を助けようとしなかったとか言われそうだが、当時六歳で、魔物の襲撃に何が何だか分からなかった俺に何が出来るってんだ。

 次々と村の人間が魔物に食われる光景を見つめる中、泣き叫ぶことも怒り狂うことも、あの時は命取りになると火事場の直感みたいなもので分かっていたんだ。

 だから逃げるという選択をした。


 無限に広がっているかもしれない。当時の俺の足では、走っても走っても果てが見えない草原を俺は逃げていると、そこで出会ったんだ。俺が一方的に『師匠』と呼んでいる爺さんに。


◆◇◆◇◆◇二十六年前◆◇◆◇◆◇


 お父さんとお母さんが死んだ。俺は何も出来ずに逃げることしか出来なかった。逃げて逃げ続けて、ただ地面を見ながら逃げ続けてきたから、最早自分が何処にいるかなんて、とうに分からなくなっていた。

 来た道をまた走って戻れば村に戻れるかもしれないが、今村に戻っても魔物の餌になるだけだ。


 後ろを振り向けば、もう何も追ってはきていなかった。ただ広い草原は視界一杯に続き、涼しい風が身体を通り抜けることが分かった瞬間に、自分の身体の疲れが限界に達していたことを理解する。


「ダメだ……もう」


 そこで俺は意識が途絶えた。いつまで走り続けていたのか分からないが、全身の力が抜け、指先も動かせないほどに体力がなくなっていた。


 村の周辺は兎も角、外は危険だから夕方から夜にかける時間は外に出てはいけないと両親から聞かされて居たことを思い出す。

 意識が途絶えても、すぐに動かすことが出来た瞼を開ければ、時間は既に日没を迎えようとしていた。


 この時間は最も魔物が活発化する時間であり、死体ように寝ている俺は正に格好の餌食だ。腐ってもいなく、新鮮な死体。

 俺は魔物から逃げて来たのに、また何も出来ずに次は殺されるのかと、心底うんざりした。

 太陽が徐々に地平線に沈んでいく中、俺は静かに目を瞑った。


 そうして月明かりでまた目を覚ます真夜中に、俺は案の定魔物に囲まれていた。

 死体と言えど、まだ息をしているから警戒しされたか。息を荒く、涎を垂らして、唸り声を上げる魔物。

 こんなに間近で見たのは初めてだ。もっと小さい頃は、鋭い牙を持ってとても恐ろしい存在だと聞かされていたが、案外村で飼っていたペットや家畜と見た目は変わっていなかった。


 あれは恐らく犬。又は狼だろうか。普通の動物と魔物は何が違うのかと。自分はそろそろ食われるというのに、そんな呑気な考えが頭を過っていた。


「ガルルル……グガアアァ!!」


 そうして遂に魔物が俺に飛び付いて来た瞬間、寝ていた俺の頭上を月明かりが逆光になって黒い影となっていた物が通り過ぎて魔物を吹き飛ばした。

 宙に吹き飛んだ魔物は、地面に激突する前に空中で爆ぜた。


「小僧ッ! こんなところで何寝ている! 魔物に食われたいのか!!」


「か……らだが……うご」


「ならばワシに任せい! しっかり掴まれぇ?」


「……え?」


 立ち上がる力も無い人間に、しっかり掴まれなんて無理な話だと思えば、男は俺を背中に背負えば、片腕をしっかり掴んで、もう片方では魔物の頭を鷲掴みにする。


「烈風破陣ッ!」


 そう訳の分からない言葉を言えば、魔物の頭を片手に、思いっきり回転。周囲にいた他の魔物を、片手に持つ魔物で巻き込んで行き、全力で投げ飛ばした。

 一匹の魔物によって、円陣を組んでいた魔物は一つに集まり、勢いよく遠くへ塊となって吹き飛んでいた。


「逃げるぞぃ!」


「ってさっきから……うぁ"っ!?」


 男は俺を背負いながら、一度しゃがんでから一気に全速力で走り出す。

 その余りの急発進に俺はまた意識を手放した。


 意識を失ってから体感数秒。夜の草原では感じられる筈の無い暖かさで俺は目を覚ます。時間は既に朝になっていた。

 どうやらその暖かさとは日差しのことだったようだ。

 その時は既に十分に体が休まっていたのか。自分の力で身体を起こすことができるようになっていた。


 そうしてふと首を横に向ければ、目の前に肉に串を刺したの物を無言で突き出すお爺さんが焚き火の向かい側に座っていた。


「食え」


「え……あ、はい」


 恐らくこの人が俺を助けてくれたのだろうと察するが、肉を目の前に差し出されると腹から大きな音が鳴ることに気がつく。

 無性に腹が減った俺は無警戒にその串を取って肉に齧り付いた。

 味は決して美味いとは言えず、どちらかと言えば不味かった。こんな肉で腹を満たせと言うのかと言いたかったが、俺はただただ無性にその肉を食っていた。


 そうして肉は腹六分くらいまでに収まり、その時点で肉は無くなっていた。


「さて小僧。ワシは狩りに出るから此処で待っとれ……」


「はい……」


 俺は静かに見知らぬ爺さんを見送った。この場から動こうにも、もう村は無くなっている筈だから、これ以上行く宛ても無い。

 目的なくどこかへ行こうにも、戦えない俺は魔物の餌になるのがオチだ。


 それから爺さんが帰ってきたのは夕方だった。肩に大きな袋を担いでいて、袋を開ければ三匹の狼のような魔物が気絶していた。


「これが今日の夕飯と明日の朝飯だ! 調理するから待っとれ! せいやぁあ!」


 爺さんは魔物を地面に寝かせると、拳で横腹を一撃殴れば、魔物の身体は一度びくりと跳ねると、絶命した。

 そしてさらにもう一発殴ったり、身体を地面に叩きつけたり、手刀で殴ったりと続けると、魔物はいつの間にか、今日の朝に俺が食った小さな肉片へと変わっていた。


 確か自分の母親は既に加工済みの肉さえも、包丁を使って切り分けていた光景を思い出すと、爺さんのやっていることはめちゃくちゃだと思った。


「よし。これを焼く。出来るまで待て」


 ただ俺はこの時、いつまでも爺さんの世話になんかなっていられないと思い、明日の朝にこの場を離れようと決めていた。

 そんなことを考えながら、俺は焼けた魔物の肉に齧り付くと腹を満たし、その夜を過ごした。


 次の朝。俺はなるべく早めに起き、爺さんがまだ寝ている間に、この場から去ろうとした。また何も持っていない手ぶらだが、なんとかなるだろうと適当に考えて。

 しかし、俺が寝床から立ち上がった瞬間に寝ている筈の爺さんに呼び止められた。


「何処へ行く」


 爺さんは確かにまだ寝息を立てて寝ている。だがその声は俺が無視して歩き出すのを止める程の強さがあった。


「いや、そろそろ出ていこうかなーって」


「死ぬぞ? それでも行くのか?」


「だって爺さんの世話にいつまでもなるわけには行かないし……」


「ならばやめておけ。別にワシはお前を世話しているつもりは無い。近くに大きめの町がある。そこまで連れて行くつもりじゃ。

 そんなにワシの所が嫌か? なら今日すぐに出発するかのぉ」


 爺さんはしっかり地面に横になりながら、目を瞑って寝息を立てているのに。爺さんは俺と普通に会話していた。


「そ、そうだったんだ。なら、今日行こう」


「よし。ならまだ寝てろ。まだ太陽すら出てないわい」


「わ、分かった」


 そう言われて俺は寝床に戻ってまた寝るのだった。

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