第7話 自己犠牲の見返り
あの一件の深夜、江川は一人アジトに戻ってきた。疲労と緊張で足がふらつき、もつれながらも、菅野とともに送り出したデータの行方を気にしつつ、彼の無事を祈っていた。最後に見た菅野の覚悟と決意に満ちた表情が焼き付いていた。
「絶対に生き延びて帰って来いよ。」
江川は独り言でそう呟いた。
江川がデータを外部に拡散するという菅野の義務を果たし、アジトにたどり着いたのも束の間、すぐにリーダーの藤方と数人の仲間が駆けつけた。
「おい、大丈夫か?何があった?」
藤方は江川の様子を気にかける。
江川は深呼吸して自分を落ち着かせて菅野が自らを犠牲にして行ったデータ転送について簡潔に説明を始めた。その報告を受けた藤方は一瞬、唇を引き締めたが、すぐに状況を理解し冷静さを取り戻した。
「あいつの自己犠牲を無碍にするわけにはいかん。俺たちは動かないと。」
藤方はそう言うと、仲間たちに迅速に指示を出し始めた。
外部に転送されたデータがメディアや反体制組織に届き、15分都市の真実が少しずつ表面化することを期待していた。しかし、現実は甘くはない。街全体の防犯、安全確保を名目とした警備が強化され、監視の目が一層厳しくなり抵抗組織の炙り出しが始まるだろうことは確実だった。
朝方、15分都市のシステム内で異変が起こり始めた。通信内部がいきなりシャットダウンされ、住民たちが閲覧できる情報に関して規制されるなど制限される影響がおもむろに出てきた。それにより、日常の暮らしの中でささやかな違和感を感じ取る市民が少なからず出てき出した。都市が提供する「安心安全で快適で効率的な理想の社会」という名の管理の裏で、何かが隠されているのではないかという疑問が浮かび上がりつつあった。
市民の中には、以前から都市の生活に対する不信感を抱いていた者もいたが、その思いは言葉にする事が出来ず、言論統制されたかのように抑え込まれてきた。しかし、今回のような異変が起こることで、人々の胸の内にくすぶっていた不安が一気に燃え上がる火へ油を注ぐきっかけとなった。
「簡単に口に出すことは出来なかったけど、このシステムは本当に人々の生活と平和ためになっているの?」
ある若い女性がそう口にした瞬間、周囲にいた市民たちは、「確かに!」と納得して口には出せなかった疑念を共有し始めた。それは波紋のように広がり、やがて多くの人々が同じような疑念を抱き始めることとなった。
一方、藤方たちは抵抗組織は都市の管理をする支配者側が「機密情報漏洩」を完全に封じ込めようとする動きを察知していた。15分都市のメディアが流すニュースやネット上の情報は、一斉に「都市管理システムの一時的な不具合」だと報じて偏向報道することにより、市民をなだめたつもりでいた。しかし、隠された真実に目を向けようとする住民は日に日に増え続けており、彼らの不満が噴出するのは時間の問題だった。
江川は、都市の中心部にある「情報統制管理局」へと向かうことを藤方に提案した。管理統制局には15分都市のすべての情報が集められ、監視システムと住民に共有する情報の統制が行われている場所であり、そこに侵入できれば、この都市の実態をさらに深く暴くことができるかもしれないと確信したからだった
「藤方さん、菅野さんの犠牲に応えるよう俺は行きます。彼が繋いでくれた希望を、世界へ実現させるために。」
江川の決意を聞いた藤方は、承諾するように首を縦にふり、作戦計画を練る手助けをすることを約束した。藤方もまた、かつて都市に希望を抱いていた一人であり、その希望が裏切られた今、自らの手で未来の道を切り開く覚悟を持っていた。
翌日、江川は情報統制管理局へと向かうため、都市内で不審に思われないよう変装し、監視の目をかいくぐりながら接近を図った。過去に武装警備員に捕まって身元がバレている可能性もあるし、奴らも警察と情報共有をしている可能性も否めなかったからだ。
情報統制管理局は厳重な警備態勢の下にあり、入り口には無人でAIを使った管理だけでなく武装警備員という人間を使った有人セキュリティチェックが施されていたが、ユキは持ち前の変装の知恵と冷静さでなんとか内部への侵入に成功した。
情報統制管理局の奥深くにあるサーバールームにたどり着いた江川は、菅野が行ったデータ送信の一部が完全に終わっていないことに気づいた。
急いで端末にアクセスし、残りのデータをまとめて転送するための準備を始めた。しかし、その最中、後方から忍び寄る影に気づいた。
「そこの人、一体、何をしているのですか?」
振り返ると、背広に「情報統制管理局」と背中に記された紺色のジャンパーを着た職員らしき男性が江川を怪しむように見ていた。江川は気を取り直し、システムチェックと不具合対処のために派遣されたエンジニアを装って答えたが、相手の疑いを晴らすのは至難の業だった。
「では、そのエンジニアだかメカニックだかどうでも良いが、本当に派遣された作業員と言うならば確認させてもらおうではないか。」
疑い深い職員はそう言って身分を強引に確かめようと出るとこで出ようとする。
江川は職員が近づいてきた瞬間、隠し持っていた小型の妨害装置を作動させ、今いる場所の照明を一時的に遮断した。暗闇の中、端末から一気にデータを外部へと送り出す作業を完了させ、室内を駆け出した。廊下や部屋の出入り口、トイレの付近などの至る所に監視カメラが設置されており、追跡を振り切るのは簡単なことではない。
その頃わ外部のメディアやSNSなどの媒体で突如流れてきた15分都市の闇に関する情報に注目が集まってきていた。人体実験施設の存在、監視システム、不気味な情報統制、そして不自然な都市の制御。これらが一つの真実としてつながり、人々に都市の「理想的な社会」がただの監視の名のもとに築かれたものであることが明らかになってきていた。
江川が外部に転送したした管理社会に関する情報は、瞬く間に社会全体に広まり、SNSやニュースで取り上げられるようになった。15分都市で平和に暮らしていた人々もまた、その報道を目の当たりにし、改めて自分たちの生活の奥深い部分に疑念を抱き始める。友人や家族、恋人との会話の中で「本当の自由とは何か?」と考え始める住民が増え、これまで口には出来なかった安心安全の理想の管理社会」に対する不満が徐々に表面化していった。
一方で、都市の管理者たちも政府機関の者たちもこれらの事態の収拾をすることに血相かいていた。すぐさま報道陣からの質問やインタビューの内容を否定し、都市内での情報統制をさらに強化する動きを見せた。しかし、外部での拡散はもはや消しても新たに拡散されるため、止めようがなく、全世界の国々が15分都市の真実に注目していた。
情報統制管理局を脱出した江川は再び抵抗組織のアジトへと戻り、仲間たちと何とか合流した。彼の顔には菅野との約束を果たしたという満足感と同時に、次へのステップの心の順番な整っていた。仲間たちは江川の無事を喜び、互いに感謝の言葉を交わしたが、彼らもまた次なる課題を考えなければならなかった。
「この作戦が成功したおかげでこの都市の実態が明るみに出た。だが、喜びの祝杯をあげるのはまだ早い。ここからが本当の戦いだ。」
藤方は江川の肩に手を置き、重々しく語りかけた。
住民の意識が180度変わり、真実が広まったとしても、15分都市の構造を根底から変えるのは容易なことではない。彼らは、都市の外部からの圧力と住民の新たな改革の二つの力を用い、さらなる行動を計画していく必要があった。
江川は静かに頷きながら、菅野と交わした「自由」という漢の約束を心に刻んだ。
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