はじめてのお使い

平中なごん

第一関門 電車

 ここは東京某所にある新興住宅地。


 自宅を利用して隠れ家的リラクゼーション店を営む間地代まちよさんのところには、3歳になる女の子、いすなちゃんがいます。


 いすなちゃん、お母さんの言うことをよく聞いて、お手伝いもしてくれるいい子なんですが、心配症のお母さん、まだいすなちゃんに自分一人だけで何かさせたということがありません。


 そこでお母さん、いすなちゃんをはじめて一人でおつかいに行かせることにしました。


「──いすなちゃん、商店街の金河岸かねがしさんのとこわかる? 電車乗って行くんだよ?」


「うん! しってるーっ!」


「いすなちゃん一人だけで行くんだよ? ほんとにひとりだけで行ける?」


「はーい! いけまーす!」


 お母さんの言葉に、いすなちゃん、手を挙げて元気よく答えます。でも、ほんとにわかってるのかなあ?


「じゃあ、いすなちゃん。気をつけて行ってくるのよ? 自動車に気をつけてね? 道わからなくなったら誰かに聞きなさいね?」


「はーい! いってきまーす!」


 いすなちゃん、お気に入りの白いリュックサックを背負って水筒を肩から下げると、お母さんに見送られながら家を出発します。


「あ〜る〜こ〜♪ あ〜る〜こ〜♪ あたちは〜……あ〜る〜こ〜…」


 おやおや、歌詞を忘れちゃったのかな? 楽しそうにお歌をういながら、いすなちゃんは足取りも軽く進んで行きます。


「あ! 人がいっぱーい!」


 閑静な住宅街を抜け、いすなちゃん、最寄りの駅前へと到着しました。


「うーん……どこいけばいいの?」


 大勢の人達が出入りする改札口を前に、立ち止まってキョロキョロと辺りを見回すいすなちゃん。


「えっとお……どおだったっけえ……」


 いつも、お母さんと電車に乗る時のことを一生懸命思い出します。


「そうだ! いすなちゃんもついてこっと!」


 しばらく改札口を見つめた後、近くを通ったサラリーマン風のおじさんの後をついて行くことにしました。


 おじさんの背中を追いかけ、いすなちゃんも自動改札を潜ります。


あらあ、扉が閉まる前に抜けちゃったみたいですね。背が低いので駅員さんも気づいていません。


「うんしょ、うんしょ……あ! でんしゃだ〜!」


 おじさんについて階段を登り、駅のホームへ行くと、ちょうど電車が入って来てきます。


「おじゃましまーす!」


 ちょっと場違いだけど丁寧にご挨拶をして、見慣れたその車両にいすなちゃんは乗り込みました。いや、いすなちゃん、電車はなんでも乗ればいいってもんじゃないんだよ?


「しゅっぱつしんこー!」


 ああ、行き先を確認する間もなく、扉が閉まると電車は走り出してしまいました。


「ばいば〜い!」


 椅子の上に立ち膝になって、暢気に車窓から手を振るいすなちゃん。


 見える景色にもなんとなく見憶えがあります……幸いなことに、乗った電車の行く方向は間違っていなかったようです。


「はやーい! すごーい!」


 流れる外の景色を眺めながら、いすなちゃん、ずいぶんとご機嫌な様子。降りる駅はすぐとなり。間違えないといいけど……。


〝◯◯〜◯◯〜〟


 と、その時。電車が次の駅で止まって、アナウンスが流れました。ちゃんと気づくかなあ?


「あ! おりなきゃ!」


 よかった。いすなちゃん、アナウンスを聞くと急いで座席から下りて、開いたドアの方へ向かいました。

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