三角関係

夢乃間

楓と南と美由紀

6月2日・午後17時。夕焼けの日差しが差し込む2年1組の教室には三人の少女達だけが残っていた。彼女達は三つの机を合わせ、机の上には進路についての紙が白紙のまま置かれている。


「・・・ねぇ、決まった?」


気だるげに静かに本を読んでいる少女に尋ねたのは千田 南。彼女はバスケ部に所属しており、恵まれた長身と天性の才能で多数の大会で優秀な成績を残している。そして男子生徒達よりも凛々しく整った顔立ちと男勝りな性格から、年上年下問わず、よく女子生徒から告白されていた。


「決まったも何も、私はもう決まっているわ。決まっていないのはあなた達二人だけよ。」


そう言って、長い黒髪の少女は読んでいた本にシオリを挟んで閉じた。

彼女は星野 美由紀。両親が大手企業の社長をしており、また彼女自身も弓道部で有名な人として知られている。その為か、学校にいるほとんどの人達が彼女の事を自分達とは遠い存在として見られており、憧れの眼差しを向けられながらクラスで孤立している。


「決まったって・・・お前もまだ白紙のままじゃねぇか。」


「あなた達が書き終わるまで見守っているだけよ。」


「さっきまで本読んでばっかのくせに見守るだ~?本当の事言えよ、実はまだ決まってませんってね!」


「どうして私が嘘をつく必要が?それより自分の事に集中なさい。まだ二年と考えているようですが、もう二年です。来年になれば進路に基づいて行動を起こさなければなりません。今決めないと、周りから遅れてスタートする事になりますよ・・・あら失礼。面倒くさがりのあなたには、スタートに立つ事すら難しいですわよね。」


「言い回しが長いんだよお前はいつも!あと、前から気になってたが俺の事を馬鹿にしてるだろ?」


「あら?今更ですか?」


「くっ!?こいつー・・・!」


一触即発の空気の中、二人の視界の端で寝言を呟きながらモゾモゾと動く人物に目がいく。少女が寝ている姿を目にした二人はたちまち怒りが収まり、優し気な微笑みを浮かばせていた。


「おいおい、いつの間にか寝てたのか?」


「・・・そのようですわね。」


南が少女の髪に手を伸ばそうとすると、少女は目覚め、ゆっくりと突っ伏せていた机から体を起こしていく。その少女の姿が窓から差し込まれた夕焼けに照らされ、少女の白銀の髪や深紅の瞳をより一層輝かせて魅せた。

彼女の名は九条 楓。幼い頃に原因不明の病で髪は白銀に染まり、瞳は宝石のルビーのように赤く輝く瞳へと変化した。それからというもの、彼女の姿が自分達と同じ人間でないという

同調性の汚点から彼女を阻害し、血の繋がった両親にさえ見捨てられ、自身の一人娘を置いて出て行ってしまった。

それからというもの、高校に上がるまで孤独に生きてきた楓だったが、そんなある時、南と美由紀と出会い、叶わぬ願いでもあった友人関係に結ばれた。


「・・・おはよう、南。おはよう、美由紀。」


「おはようさん!考えすぎて眠くなっちまったか?俺も考え込んでたら美由紀の奴にいじめられて―――イデデデッ!?」


南の言葉を遮るように美由紀は南の頬を強く引っ張り、そのままの状態でもう片方の手で楓の少し乱れた髪を整えてあげた。髪を直してもらっている間、楓は撫でられている猫の様に目を閉じながら美由紀の手に頭を寄せていく。


「んん・・・ありがとう、美由紀ちゃん。」


「ふふ、楓さん。眠くなるのは分かりますが、あんた自身の為でもあるんですよ?」


「うん・・・けど私、あんまり考えた事なんて無くて。将来の事なんて、そんな事よりも今の事で必死で・・・。」


孤独にされて、一時は心を病んでしまい、何度も死にたいという想いに耐えてきた楓にとって、将来の事など考える余裕など無かった。

悲し気に俯く楓。そんな楓の手の上に美由紀が包み込むように手を置く。美由紀の白く細い手からは確かに人の温かさが感じられ、長い指がゆっくりと楓の手首をさすっている。

更に、いつの間にか楓の後ろに立っていた南が楓を優しく抱きしめた。


「大丈夫さ、楓。」


「ええ、そうですよ。これからゆっくり考えていけばいいんですよ。私達も一緒に考えますから。」


「どうして・・・そうまでして私に付き合ってくれるの?」


「どうしてって、そりゃあ・・・な?」


南と美由紀は顔を合わせるとニコリと微笑んだ。


「私達にとって楓さんが大切な存在だからですよ。」


「大切な、存在・・・。」


「だからさ、楓。一人で抱え込まず、もっと俺達を頼ってもいいんだぞ?一人より二人!」


「二人より三人、ですよ。」


「ッ・・・ありがとう・・・ありがとう!」


涙を堪えながら、笑顔を浮かべる楓。そんな楓を愛おしく思い、美由紀は抱いている想いに為すがまま、唇を楓のおでこに当てた。

一瞬固まった楓だったが、すぐに今自分がされた事に改めて気づき、真っ白な頬が赤く染まっていく。


「美由紀ちゃん・・・今・・・!」


「ごめんなさい、笑った楓さんがあまりにも可愛らしくて・・・つい。」


自分の唇を指でなぞりながら、美由紀は口を開けて驚いたままの南に挑発するように眉毛を上げた。


(お先に、ムッツリさん。)


(あの野郎・・・見せつけやがって!!!俺だって楓に・・・はぁぁぁん出来ないよぉぉぉ!今抱き着いているのだって勢いに任せてやっと出来たのに!)


「くっ!あーあ、もう止めだ!今日はもう帰ろうか!」


「え?でも、まだ何も書けてないよ?」


「また明日から考えましょう。楓さんが決めるまで、私は傍にいてあげますから。」


「という訳で!さぁ、早く帰ろうぜ!」


「・・・うん!」


三人は各々の荷物をカバンに詰め、楓を真ん中に教室から出ていった。下駄箱で靴を履き替えて外に出ると、夕陽の明かりに照らされて思わず顔を覆う楓。そこへ日傘を手にした美由紀が楓の隣に立ち、夕陽を遮るように傘を差した。


「あ、美由紀ちゃん。大丈夫だよ、少し眩しかっただけで。」


「夕陽とはいえ、お肌が焼けますよ?さぁ、もっとこっちに―――」


楓の肩に手を回し、自身の方へと抱き寄せた美由紀だったが、楓の隣にグイグイと南も入り込み、美由紀の体が傘の中から離れてしまう。


「南、あなたには傘は必要では無いでしょう?」


「俺だって女の子なんだからいいだろ?さぁさぁ、傘持ちの美由紀さんはもっとそっちに行って!」


「あなたこそ楓さんから離れなさい。それにあなた運動部でしょう?運動部なら夕陽に向かって走って行きなさいよ。」


楓を挟んで口論をする二人。楓はそんな二人の腕に手を回し、両手で傘を持つ。


「私が持つよ。ほら、もっと体を寄せればみんな入れるよ。」

「そ、それじゃあ!遠慮なく!」

「可愛らしい上に賢いなんて。流石楓さんね。」


そう言うや否や、二人はくっついたかのように楓に体を寄せた。あまりにも早急な対応に少し驚いた楓だったが、大切な友人二人と並んで帰れるのが嬉しく、ニッコリと笑顔を浮かばせながら歩いて行く。


以前まで失う物ばかりで、得る物は無かった楓だったが、高校に上がってから楓は大切な物を得た。

千田 南からは人の優しさを。星野 美由紀からは人の温かさを。しかし、楓が得た物がこれまでの過去を帳消しに出来た訳では無い。

だが、楓には確かに、かつて持っていた心を取り戻し、先の見えない暗闇に一筋の光が見出されていた。楓にはこれから悲しい出来事が起こるかもしれない。

けど、そんな時はきっと彼女達が楓を助けてくれるであろう。楓にとって、唯一無二の、大切な友達である南と美由紀が。


夕焼けに彩られた世界を楓は二人の歩幅に合わせて先へ先へと歩いて行く。


セミの鳴き声に混じって両隣から聞こえてくる荒い息遣いを無視しながら・・・。

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三角関係 夢乃間 @jhon_

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