ep21:夕闇の森は爆光に包まれて

 額に『罪肉』の文字を輝かせながら、キスアはデハルタと共に夜闇の如き様相になった森を歩く。


 お守りとしてデハルタから渡されたブレスレットは、突然の凶兆に対してあまり心強くは感じないが、不安げな様子に見えないデハルタを横目で見ると何故だか少し安心な気持ちになった。


 対してデハルタはというと、にこやかな表情とは内心違い、穏やかではなかった。


(こうも立て続けに起こる……。問題は山積みになるというのに、進展が全く見えない……)

 どれだけ手を尽くしても目的を達成できないことに、焦りを感じていた。すなわちキスアの現状において不安は感じていない。


(だけど、いつかは必ず全部を終わらせる。それがボクの命の意味だから)

 デハルタが思うのはただ、罪の清算。それだけだった。


「それにしても、遠い……。もう少しでトレイルさんとマキーリュイさんの家のはず……。確かこの森の入り口近くにあった、あの家なのに……全然見えてこないです」

「この異質な光景をみれば、おかしくないねぇ。むしろ正常だともいえる。さてさて、この先に待ち受けるのはな~にかなぁ」


「怖いこと言わないでくださいよ! それに、こんなことしてくる魔獣の話なんて見たことも聞いたこともないです……」

 キスアにはあのとき額に印をつけたのが人であったとしても、その理由がわからない。魔獣だったとしても意味を推察できなかった。理由はこの世界に欠けている要素、「惡」のため。


 「惡」を観測することができたのは昨日、夢の中。

 初めてのそれを、どうあっても彼女は理解できない。同じ体験や、経験、情報があれば理解に近づいたかもしれないが、今この場にはいなかった。

 

 夢というおぼろげなそれを真実として受け入れることはどんな人でも難しい。そういったこともあって、認識の欠如が彼女の現状への理解に歯止めをかけていた。


「暗い時に暗い話をしたって仕方がないぞ~? ボックはこの現状も楽しく終わらせたいんだ。落胆よりも楽観でいようじゃないか。それでいて、真面目に考えるのさ」


 空を指すように手を伸ばし、白衣の余った袖をひらつかせながら考えを述べた。森の空は相変わらず暗く、夕闇の曇り空を思わせる、薄暗い景色のまま。

 その中で、デハルタはニコニコとした表情を見せている。知らない者が見たのなら不気味かもしれないそれは、すでに顔を知り、会話を交わしたキスアには、安心させまいとしているように映った。


「それじゃあこのおかしな状況をデハルタさんはどうしたらいいと思いますか? このまま進み続けていればいつかは森から出られると思いますか? 楽観的に考えるのなら、わたしはそうであったらいいなとは思いますけど……」

 

「うん?じゃあ試しに君の持っている電熱鉱でんねんつこうをボックの爆弾にエンチャントして、投げてみようか」

 

「え……?何言ってるんですか?危ないですよそんなの」


「状況を変えたいと願うとき、一番簡単なのは、大きな出来事を自分で引き起こすことだ。リスクの分、大きなリターンを狙ってみるといい。どんなことにもリスクとリターンがあるんだ。それが相手からもたらされた停滞なら、こちらはそれを台無しにしてやる必要がある。いいかねキスアくん、これは意図的にボックたちに加えられた危害なんだ。それを認識しなければ、君はこれから、もっと搾られ、使い潰されてしまう」


「急に、そんなこと言われても……」


 キスアは唐突に突き付けられた穴に困惑している。欠如の穴は覗く者に苦痛を強いる。それを今、この場で埋めることを求められた。

 肉体的な欠点でもなく、知識の欠点でもない。どれも自分次第で、ある程度の努力で埋められるものの、認識の穴は見つめるものに深い闇を見せてくる。

 

 ある者には好奇心を。ある者には恐怖を与えるそれは、キスアの場合はその両方が与えられた。


 今まで自分の世界には無かった概念を、突然に突きつけられたらば、誰であっても劇薬だ。怒れる人には火に油、あるいは『認識しない』という選択をとらせるだろう。悲しむ者には光となるか、深い闇となるか。両極端に振り切らせるだけのリスクがある。デハルタはそれを敢えて使った。世界でただ一人、キスアにだけはその選択を取ることができたから、賭けるだけの価値があり、キスアのことを信じているから。


(長い付き合いだからね。君のことはよく知っている。そして君は受け入れ、先に進む選択を取る)


「わかりました。その代わり、防御魔術で守ってくださいね!」

 決心したキスアはデハルタに近づき、それを見たデハルタはすぐに自作の爆弾を差し出した。


「威力は最大まで引き出せるように頼むよ。大丈夫、ボっクがしっかり守るから安心して」

「どうなっても知りませんからね……! あとで王都の森林環境管理の人とか来ても私はデハルタさんのこと話しちゃいますからね……」

 半ばやけくそになりながら電熱鉱でんねつこうを爆弾に当て、錬金魔法によるエンチャントを施した。 電熱鉱でんねつこうは光となって爆弾に溶けるように飲み込まれていき、表面に黄色い模様が浮かびあがる。爆弾から淡い光が放たれていて、内包される力が目に見えるものとして漏れ出しているかのようだった。


「さて、じゃあ防御魔術を掛けよう。イルマテライト防御魔術発動

 エンチャントが掛けられたことを確認し、デハルタの詠唱のあと、二人に防御魔術が掛けられる。

 それぞれの身体を青い半透明の枠が覆い、リアルタイムで、展開する対象座標を修正し続ける。


「じゃあ、投げますよ……」

「安全のためにもなるべく遠くに投げといてね」

「わかりました。せーーーンのっ!!」

 思い切り振り被って、キスアは爆弾を遠くへ放った。山なりに軌道を描いて木々の向こうへ消えると、直後に光が辺りを満たす。


 ドーーーン!!!


 光の後に凄まじい音と爆風が二人に向かってきた。

 木々は大きく揺れ、突然の暴風に自然は騒々しく唸った。

「きゃあああ!」

「……」

 とてつもない爆風に煽られて思わず叫ぶキスアをよそに、デハルタは特段驚いた風もなく、爆発した方向を見ていた。


「さて、どうなるかな」

 大気すら揺らす喧騒が収まり、デハルタは森の反応を待った。


「何かこれで変わ――」


 「でりゃああああああああ!!!罪人っ!!だなぁああっ!!おまえーっ!」

 キスアが言い終わる前に、頭上から声が落とされた。

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