追跡!遭遇!初めての魔獣は金属板!
湖を出てから幾ばくもしないうちに、森の様相は変化を見せ始めていた。木々が多くなり、深い深い緑の闇が辺りを包み、進み続けるただ一本の道だけが
「キスア、どこまでいくの」
クゥちゃんは訪ねた。暗く先が見えない道を辿り、ただひたすら歩き続けることに不安や、怖いといった色はみえない。しかしただ純粋に『知りたい』という欲求がその言葉を紡いだ。
「魔獣のいないところは、小精霊たちが多い場所――っていうことは、少ない場所を探せばいい!だけど闇雲に探すには森は広すぎるよね?そんなとき、もう一つの指針があるの」
「魔獣の痕跡――魔獣は普通の獣たちとは違って足跡が残らなくて、普通には探せないの、理由はまた今度説明してあげるね。それでね、獣とは違って魔獣の痕跡は『物』としては残らない!」
「見えないの?」
「見えないけど、見えるようにする事ができるの」
「魔術…?」
「魔術でも勿論方法はあるけど…私その魔術使えないんだぁ…」
「どうして?」
「適性がなくて…」
「適性…?」
「そう、魂にはそれぞれ特性があってね、みんなそれぞれの特性に応じて魔術の適性が違うの」
「そうだったんだ」
「トレイルさんは炎とかと相性がいいんだと思う、私は錬金魔法を使うけど、魔術の方はからっきしダメなの」
「あっでも使えないわけじゃないよ、ただ、魔力の効率が悪いからあんまり使いたくないなぁって」
「トレイルは炎が得意…じゃあ、土とか水はダメ…?」
「うーんどうだろう…炎以外にも使える魔術はあるかもしれないけど、トレイルさんが炎をメインで使っているならそれが一番使い勝手がいいんだと思う」
「んん、難しい…」
「魔術の話はまた今度するとして。さてさて、魔獣の痕跡を見えるようにするには、これを使いまーす!」
キスアは懐から瓶を取り出した、透明な器の中には宙を漂う5色の波が揺れている。
「それ、なに?」
「これは魔追いのミストポーション、魔術の痕跡とかを見ることができるようになるの」
「魔術の痕跡を見るの?魔獣の痕跡を見たいのに?」
「いいところに気がついたねクゥちゃん!そう、なぜ魔追いのミストポーションを使うのか、それは魔術の痕跡と魔獣の痕跡は同じだからなんだよ!」
「同じ…?」
クゥは突然のことに眉間にシワを寄せ、首を傾げている。
「どちらも結果として残るものが、『濃縮されたマナの残滓』って呼ばれるものなの」
「マナの残滓…」
「マナの残滓は、一般的な魔術を使ったときに少なからず生じるもので、自然に生まれることはまずないの、勝手に大気のマナが濃縮される自然現象は今のところ、限定的な地形でのみ発生してるから、本来森だとか山とかでマナの残滓を見ることはないの」
「でも、うーん、魔術の修行をしてる人がいるかもしれないし、魔獣かどうかわからないよ…」
「そうそう、その問題も解決できるよ!この魔追いのミストポーションは確かに魔術の痕跡も魔獣の痕跡も見えてしまう。けど同じように見えるわけじゃないの」
「見たときに違いがあるの?」
「そうなの!魔術の痕跡の場合、その殆どがマナが弾けた感じで広がってて、それでいて結構多く残ってるの、それと青と黄色で見えるの」
「じゃあ魔獣の場合色が違う…?」
「魔獣の場合は赤と青で見えるよ!それと魔獣の場合は直線で移動したりしないからクネクネしてるかな」
「じゃあ、それを見つければ魔獣の行き先がわかるの?」
「そういうことだね!わかったところで、わたしが追ってた痕跡をクゥちゃんにも見せてあげる、この瓶を胸にぶつけて割ってみて」
キスアは瓶をクゥちゃんに手渡し、胸に叩くジェスチャーをした。
「――んっ」
パリンッと瓶が割れて、容器の破片はあっという間に霞となって消え、中に入っていたカラフルな霧がクゥちゃんを覆った。
「わっすごい…光の中に入っちゃった…」
「どう…クゥちゃん?」
「あっ、赤と青が見える」
クゥちゃんの目の前にキスアが、そしてその背後には、やや蛇行しながら赤と青の軌跡がずっと続いているのがみえた。少し離れたところには青と黄色の軌跡も…。
「ねぇキスアあそこ…」
青と黄色の軌跡を指さして、クゥちゃんはキスアを見る。その顔はニコニコとしていた。
「気付いた?でも多分あとでわかる、かな?今は気にしないでも大丈夫、それよりも魔獣の痕跡は見えてるよね?それじゃあ、この痕跡を追いかけよー!」
「おー」
キスアが揚々と先導しながら、二人は魔獣を見つけるために二筋の軌跡を辿っていった。
―――――――――――――――
軌跡は垂直に上がり、迫り出した幾つもの岩壁の向こう、壁から伸びる木々を細かな線となり拡散しつつ分かれて進んでいる。断崖を真っ直ぐに登り切ったその先のようだった。
「崖壁の上だねぇ…クゥちゃん登れそう?」
振り返って見るとクゥちゃんは壁を見上げていた。
「んん…」
クゥちゃんは自分の脚を見ながら軽く足踏みをして、何度かその場で飛んで、体の調子を確認してみた。
「ほっ」
自分の身長の数倍にもなる迫り出した壁の一つに乗って、下にいるキスアに振り向く。
「大丈夫そう~」
「わぁ…すっっごい…。てっきり無理そうだからどうやって行くのか聞いてくれるかと思ったんだけど…その心配、いらないねぇ…」
キスアはクゥちゃんを抱いて華麗に登っていく夢想をしていただけに、想像以上だった身体能力の差を見せつけられて、上にいるクゥちゃんを眺め、笑顔のまま表情が固まってしまっていた。
「キスア、登れない?」
「うぅん、大丈夫だよ~!私も今行くよ~!」
「よっと……ふぅ、それじゃいこっか」
「うん」
岩の壁をどんどんと昇っていき、全て乗り越える頃には、先ほど下にいた場所が指先程に小さく感じるくらいの位置にまでなっていた。
「結構登ったねぇ」
「早くいこ」
「え、ぁうん…」
景色に感動する間もなくクゥちゃんは急かしつつ先に行く。軌跡の先に何があるのか、興味の方を優先していて、キスアは呆気にとられながら、再び二人は魔獣の痕跡を追いかけた。
ガシャア!ギチチ!
「んっ、よっ…」
「おっとごめんねぇ!先を急いでるからー」
蠍の獣、蜜肉サソリが道中を横切り、クゥちゃんが踏み台にして飛び越え、キスアは謝りながら横を通り抜けて行く。
「?」
密肉サソリはよくわからないといった表情をしたあと、何事もなかったと思うことにしたようで、そのまま歩いていった。
――――――――
「んっ」
「おっとと…」
クゥちゃんが立ち止まり、唐突だったためキスアは少しバランスを崩しかける。
開けた場所、そこに何かが見える。クーちゃんとキスアは草木に隠れて様子を伺う。
「キスア、あれ…」
クーちゃんは指をさしてキスアを向いた。
「痕跡の主だね」
キスアもクーちゃんを見やり答える。
「やっとみつけた」
クーちゃんは再び探していたその主がいる方を向いて、キスアもクーちゃんのその様子から視線を戻した。
「戦ってるね」
「あの人、見たことある」
「うん、トレイルさんのお師匠さん、マキーリュイさんだね」
「邪魔にならないように、ちょっとここで戦い方を見学しよっか」
「うん」
―――――――
少し前、ほんの少し、キスアとクーラがそこに出くわす前の事。
「はぁ、昨晩一緒に眠れなかったからと、朝食を激辛にされるとは思わなかったな…お陰でまだヒリヒリする…」
「明日も激辛にされないよう、今回の依頼は早く済ませよう…」
マキーリュイは森を歩く、今朝食べた辛味を付ける香辛料、コルフシが大量に入れられた料理、それを食べた。食べざるを得ない、愛しい弟子の料理を食べないという選択肢はマキーリュイにはないから。そのひりひりとした唇を指で優しく撫でながら。
源生力感知の魔術を使いながら、魔獣の痕跡を追う。
今回の依頼は『王都近くの森にいる魔獣の様子がいつもと違うので、調査をしてほしい』ということだった。
「この森に魔獣がいることは知っている、だがあれは狂暴な類ではなく、むしろ温厚で大人しいもののはずだが…様子がおかしいとはどういうことだ…」
「あ~この感知の魔術、目が疲れる…速いところ見つけなければ…」
眉間に皺を寄せ、どんどん足早になっていく。
「ん、あれは…」
少し開けた場所に出て、マキーリュイはようやく探していた件の魔獣を視界に収めた。その姿は『浮遊する反り返った菱形の白い金属のような板群』で構成されている。
「いつもはよく見かける癖に探そうとするといない…いや、やはり何かがあったから出会いにくくなっているのか…まぁいい、どれ、少し様子を伺ってみるか」
木の上に一飛びして上から身を隠しながら魔獣を観察し始めた。
コールトォナイ ウィジウコウゥホォオールフォンツァイフェイジウルドゥウ リージゥ リージゥ リージゥ
「(警戒度を引き上げて、この付近に脅威レベルの高い存在を検知した、どこ、どこ、どこ)」
「ん…?いつも見かける巡回行動じゃないな…明らかに動きがおかしい、何かを探しているのか」
テインスファイオーフォンツァイテイクビスローアイ ローアイ ローアイ
「(情報獲得、高脅威レベル存在感知、方角を推定、移動、移動、移動)」
「…一瞬止まって、再び移動を始めたな、やはり何か探しているようだが…いつもならその辺ですぐ寝始める筈なんだが…寝る場所が気に食わなかっただけか…?」
テチャム ウゥ テチャムゥ ムィ
「(怪しい、ここ、怪しいぃ、えい)」
魔獣は自身の一部である板を回転させながら、木々の間を抜けるように飛ばした。
ビリッ!とノイズが走るような音がした後、何もなかった筈の場所に、最初からあったかのように、裂けた紙に描かれた建物のようなものが現れていた。
エウウン エウウウン
「(やだなぁ、やだなぁぁ)」
「何だ…!?今何をした…?!」
思わずマキーリュイは声を上げてしまった。突然の出来事で、声は抑えていたものの、その声は魔獣には聞こえていたようだった。
ジュ! リャジュォオ!?
「(誰!敵なの!?)」
勘づかれたマキーリュイは覚悟を決めて、魔獣の前に姿を現す。
「お前が何をしようとしているのかはわからないが、お前の後ろに現れたものは奇妙すぎる…調査をさせてもらいたい。が、伝わらないだろうな…お前の目的が、そいつの破壊か、それともそいつを作った奴と何らかの繋がり故に証拠を隠滅するのかわからんが、邪魔になるだろうから少しそこで寝ていてもらおう」
剣を鞘から抜いて、ゆっくりと魔獣へと近づいていく。
フィジャニァア! フギュルオンフオンルオ フノンルォオ!!
「(邪魔しないで!安心しないと眠れないの!眠りたいのぉ!!)」
近づいてくるマキーリュイに魔獣は自身を構成する金属板の4枚を交差させながら真っ直ぐに飛ばし、その後更に5枚を大きな曲線を描くように飛ばした。
「ふっ!フッハッ!五枚とも大きく外したな、意識が乱れて狙いが反れたか…?」
向かってきた2枚を一振りで、その後3枚目、4枚目を弾き、後の5枚が大きくマキーリュイの体を越えて飛んでいったことを少し疑問に思いながらも、直ちにこの面倒事を片づけるべく駆けだした。
ニヤアァア!
「(やめてぇ!)」
魔獣は素早く体の半分以上の金属板をマキーリュイに向けて飛ばすものの、その悉くを弾いていく。
「っ!クッ…器用じゃないか…」
おおきく越えて行った5枚が後ろから迫って来ているのに気が付くのが遅れ、3枚弾いたものの、2枚に左の脇腹と右肩を裂かれ、マキーリュイは立ち止まった。
「今回の依頼はお前のその様子を理解することだ…生死は問われていないが、お前を殺すつもりは私には無いんだ、せめて大人しくしていてくれ…」
(どうするか…これ以上手加減は出来ない、とは言っても手加減をやめたら勢い余って殺してしまう…一度引くしかないか)
「マキーリュイさーんちょーっとお邪魔しますねーっ!」
声が上から落ちてきた。そして思い切り着地に失敗して、腰部を強打している。
「ぎゃーっ!痛いー!」
ギャーッ!
「(ギャー!)」
落ちてきたのはキスアだった。
――――――――――――――
「うーん」
キスアは、マキーリュイと魔獣が話しているのを聞きながら唸っていた。
「んん、どうしたの」
唸る声が観察の邪魔で、集中ができないクーちゃんはキスアの方を向いた。
「んんん…この子は倒す必要のない子だから、他の魔獣を探そうかと思って…」
「どういうこと…?」
「あはは…あの子全力で攻撃してないから…攻撃の理由が自衛に見えるんだもの」
「…?」
クーちゃんはキスアの言葉が理解できなかった。魔獣は耳を擘く音を響かせながらマキーリュイに攻撃をしている。クーちゃんには全力で攻撃し、命を奪おうとする姿としか見えなかった。
「よし…止めてくるね」
「え…?」
思い立った様子で立ち上がり、少し下がって木の枝を籠手から撃った光縄で掴んで、キスアは自身を引っ張り飛ばした。
「ぇえっ!キスアさん…!?なんでここに…?!」
空へ行く直前に、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
「うー…よくわかんない…んんん…えいえい…ん…」
クーちゃんはその辺の草や葉付きの木の枝をポキプチとちぎって身を隠せていないながらも、隠れたふうにして、こそこそとキスアの向かう方へ移動していった。
「あ…あれはクーちゃんスか…ね…」
装備でごつごつぶかぶかでそのうえ草や木で控えめに言っても雑ごみで作ったゴーレムとなっているクーちゃんが向かうのをみて困惑で独り言ちる。
「怪我した師匠を見ちゃってすぐ行こうと思ったのに…先にキスアさんと変なクーちゃんみちゃったから驚いて行きそびれちゃった…うーん出来れば師匠に姿見られたくないしぃぃんんんキスアさんならきっと大丈夫だと思うしぃぃんんん…ほんとに危なくなったら行くぅぅ………」
とても悩めるトレイルだけが、取り残された。
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