箱
幼少期の私は何でもかんでも箱に仕舞っていたのを良く覚えている。
その中でも特にお気に入りの箱を持っていた。確かその頃に流行っていた女児向けアニメの可愛らしい収納箱だ。
大切な物はその箱の中に仕舞わなければならない。そう強く思い込んでいたのだ。
ただ、大きくなるにつれてその癖は自然と失われていった。プラスチックや段ボールの箱は私の大切な物を外敵から守ってはくれるとは限らない。そんな当たり前の事実に気づいてしまったからだろう。
そうして、私は箱に偏執的な信頼を抱くことはなくなった。ごくごく一般的な用途で箱を用いるようになった。
「あれ、懐かしいねー、それ」
私が手に取った箱のデザインを見て、恋人の
部屋の押し入れの片付けをしていたところでそれを発見したのだ。
「梨沙も見てた?」
「見てた見てた。良く真似してたよ。でも、
「小さい頃の私が凄く大切にしてた物だから、どうにも捨てられなくて今も置いてるんだ」
「へぇ、そんなに好きだったんだ」
「いや、どうだろ。作品よりもこの箱が好きだったんだと思う」
実際、内容に関してはまるで覚えていない。
そのアニメの放送が終わった後も私はしばらくこの箱を使い続けていた。
どちらに重きを置いていたかは明らかだろう。
「単にその見た目が好きだったってこと?」
「そうじゃなくて……何て言うかな、昔の私はこの箱に不思議な力が宿ってるって信じてたんだろうね。だから、大切な物はこの中に入れておけば安心って、そう思ってたんだよ」
「なるほどぉ。確かに守ってくれそうな感じはするね。見てもいい?」
「いいよ、はい」
私は梨沙にその箱を手渡す。彼女は手に取ると、パカッと中を開いた。
「今は何も入れてないんだねー」
「うん」
今の私に大切な物を守る為の箱は不要だから。
私は内心でだけそう呟いた。
「ふーん……はい、返すね」
梨沙から受け取ると、再び押し入れの奥に直した。片付けも一段落したので、終えることにする。
窓の外を見ると、日が暮れかかっていた。そろそろ夕飯の支度をしなければならない。
私はベッドにゴロンと寝転がった梨沙に問いかける。
「何か食べたい物ある?」
「んー、何でもいいよ」
「そう。じゃあ梨沙の好きな唐揚げにしよっかな」
「もう! そうやって好きな物を与えときゃ言うことを聞くと思って! はい、聞きます!」
「急に一人で何を言ってるの」
私は梨沙の傍に腰を下ろす。すると、彼女はすぐに擦り寄ってきた。膝枕の状態になる。
「いや、何かいつも愛香に甘やかされてばっかだなぁって。一緒に住んでるのに家事も一人でしちゃうし」
「いいの、私はしたくてしてるんだから。それに、梨沙はいてくれるだけで私に癒しを与えてくれるよ」
「私はマイナスイオン発生機か!」
梨沙の柔らかい髪やぷにぷにとした頬を撫でる。彼女は猫のように目を閉じて、されるがままとなっていた。
「このままじゃ駄目人間になっちゃうよー」
「その時は私が養ってあげる」
「うっ、悪魔の囁きが……」
「どうぞご検討を」
「うぅ……」
梨沙は目を閉じたまま悩ましげに唸っていたが、気づけば規則的な寝息を吐くようになっていた。
どうやら寝てしまったらしい。これでは夕飯の支度には移れないが、まあいいか、と私は彼女の可愛い寝顔を眺めることにした。
長い睫毛、白い肌、小さな顔。いつ見ても愛らしい顔立ちだと思う。
私は梨沙のことを心の底から愛している。彼女の為ならば何だってしてみせよう。
そうして、彼女に思って欲しい。私なしで自分は生きていけない、ということを。
大切な存在は私という箱の中に仕舞うのだ。死ぬまで離れないように。
「梨沙、好きだよ、この世のどんなものよりも」
私は愛しの眠り姫の頬にそっと口づけをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます