第十二話

 その日は、水飴のような空色だった。大きなエビフライの雲が一つあり、他は、綿菓子のようだった。何の変哲も無い、いつもの空模様だった。気になると言えば、あの大きなエビフライには、プリッとしたエビが入っているのか?それとも、近所のファミリーレストランのように、ころもだらけなのか?それくらいだった。何が言いたいのかと言うと、まったくもって、いつもだって事。


 でも、一つだけいつもじゃない事と言えば、空を見ながらうたた寝中に、目覚まし代わりのチャイムが鳴り、玄関の扉を開けると、そこには、ミライジンが立っていた事だった。何でもミライからやって来たらしく、名前をコマツと言うらしい。しかも、ミライでは、全員がコマツと言う名前らしい。だったら、どうやって区別を付けているのか気になったけど、あえて聞かなかった。なんとなく聞くのが恐かったからだ。


 車は、やっぱり空を飛んでいるらしく、ピントのズレたぼやけた写真を数枚見せられた。でも、何が車で何が雲なのかまったくもって分からなかった。けど、なんとなく数回頷いてみたりしといた。


 思った通りコマツは、タイムマシーンで来たみたいだ。見せてくれなかったけど、タイムマシーンの一部だって言って、ネジを見せてくれた。そのネジは、かなり大事な役割を担っているらしく、ネジ自体がタイムマシーンと言っても過言ではないらしい。触りたかったけど、触らしてくれなかったから、やっぱり本物なのかなと思った。白い三本線の緑のジャージもそれようのスーツなのかなと思ったけど、そこには触れなかったし、触れたくなかった。


 何でここに来たのか尋ねると、コマツは、偉い人に言われて来たと言った。偉い人って?


 どんな用で来たのか尋ねると、コマツは、極秘と言った。極秘って?


 サンタクロースは、いるのか尋ねると、コマツは、いる!と激烈な勢いで答えた。タンコブできた。なんで?

 コマツの頭の上に付いてるアンテナみたいなのを触ろうとしたら、頭の中に引っ込んだ。それを23回繰り返したら、次やったら24回じゃんと言って、コマツは、再び右手を振り下ろした。タンコブの上にタンコブができた。物凄く痛かった。しばらく呼吸ができなかった。上にできたタンコブは、最初のタンコブが持ち上がったのか?それとも最初のタンコブの上にタンコブができたのか?どっちなんだ?ってコマツに聞いたら、くだらない事でうじうじするなとゲンコツされた。確かにくだらないけど、うじうじはしていなかった。タンコブが3段になっている所を写真に撮って欲しかったけど、コマツに撮らせると、ピントがズレてぼやけるのでやめた。無念だった。武士だったら腹を切ってるし、主婦だったら大根切ってるし、課長だったら部下の首を切ってるし、船長だったら面舵いっぱいだ。


 コマツにミライの世界について聞いてみる事にした。そもそもいつぐらい先のミライからやって来たのか?コマツが言うには、ブラックコーヒーがアメリカンコーヒーに変わるには、十分過ぎるほどの量の砂糖とミルクらしい。砂糖が年月で、ミルクはミルクだそうだ。じゃあ、アメリカンコーヒーがミライなのか聞くと、勢いあまって左右の門柱に頭をぶつけるぐらい、首を振った。意味分かんないよって言ったら、ミライとは、そんなものだとコマツが言った。


 そんな事より、コマツってホクロが多いねって言ったとたん。ブワァーって顔中ホクロだらけになって、数種類の幾何学模様と何かの設計図が浮かび上がり、次の瞬間には、ホクロが一つも無かった。ミライジンは、こんな事もできるとコマツは、誇らしげに言ってたけど、羨ましくなかったし、とても気持ちが悪かった。ゲボが出そうなくらい気持ちが悪かった。


 宇宙旅行ができるか聞いてみると、コマツに鼻で笑われた。そんなの日常茶飯事だと、3回ぐらいカミながら言った。冥王星がオススメだと言ってきたから、証拠は?って聞き返した。すると、ポケットからタバコを取り出して、ライターで火を付けて吸い出した。コマツ曰く、冥王星産のタバコで、木星限定シリアルナンバー入りライターらしい。どう見ても、地球産のタバコだし、地球産のライターだった。


 コマツの左腕を見ると、腕時計のような、無線機のような物を付けていたので、何なのか聞いてみると、コマツは、おもむろに青いボタンの方を押した。そしたら、パカって上が開き、コマツは、右手に持っていたタバコをその中で消した。携帯灰皿だった。なっ!みたいな顔をコマツはしてたけど、何でそんなに自慢げにしていられるのかが不思議でしょうがなかった。


 正義の巨大ロボットは、作られたのかワクワクしながら聞くと、正義じゃないけど作られたと答えたから、悪なのって聞くと、家政婦だと言った。一家に一台とも言った。ミライの家は、大きいんだねと言ったら、この時代とあんまり変わらないなんて言うもんだから、巨大じゃないじゃないかって少し怒り口調で言うと、合体タイプだって言った。だいたいが5体からなる合体ロボットなんだって、お金持ちになると、その合体ロボットを複数所有するから、家政婦が数え切れないぐらいいるんだって、なんか少しだけミライっていいなと思えた。


 本題に入ろうかってコマツが真顔で言ってきた。今更?って思ったけど言わなかった。コマツは、今までにない緊張した面持ちで、こう切り出した。トイレ貸して!ってね。うんいいよ!って言うと、コマツは、一目散にトイレに駆け込んだ。そんなに我慢してたんなら最初に言えばいいのにと思った。しばらくして、トイレから戻って来たコマツは、満面の笑みでありがとうと言ったが、あまりの気味の悪さにこっちがトイレに行きたくなった。コマツが言うには、長い時間旅行だったので、寝ながら来たら寝冷えしてしまったらしい。


 そして、コマツは、たまたま家の前を通り掛かったタクシーを呼び止め、僕に手を振りながら去って行った。いったい何だったんだろうと考えてみても分かるはずもなかった。でも、コマツがタクシーで帰る姿を見て、なんだかミライも平和なんだなって、妙に安心した。この不思議な体験を今日の夏休みの絵日記に書こうと思い、握りこぶしでガッツポーズを決めようとした僕は、握りこぶしをした右手に、ネジを持っている事に気が付いた。

「これって、コマツが言ってたタイムマシーンの大事なネジだ。コマツ大丈夫かなぁ。」

僕は、大きなエビフライの雲を見ながら呟いた。


第十二話

「ミライジンコマツ」


「ピピーッ!ピピーッ!ピピーッ!ピピーッ!」

左腕の機械からの音に反応して、コマツは、それを口元に持っていき、赤いボタンを押した。すると、アンテナが飛び出した。

「コマツです。」

「上手くいったか?」

「はい。」

「じゃあネジは?」

「はい。コマツさんの言った通り、小学生時代の博士に渡しました。それと、多くのヒントと共に、シナプス増幅剤を脳に直接3回。」

「博士なら分かってくれるはずだ。」

「小学生でも博士は、博士なんですね。すごい好奇心と豊かな発想の持ち主でしたよ。」

「私も会ってみたかったものだ。」

「教科書で見るのとは、大違いでしたけどね。」

「とにかくよくやってくれた。これであの発明は、予定よりかなり早い時代に完成する事になる。我々人類が、唯一生き残ったコマツと言う一人の人間のクローンであると言うのも避けられる。」

「冥王星の異常接近による木星大爆発、防げるでしょうか?」

「博士の発明があの時代に完成されていれば必ず成功する!君の働きは、歴史上に残る事はけしてないが、私が我々コマツを代表して感謝しよう。ありがとうコマツ君。」

「当たり前の事をしただけです。恥ずかしいからやめて下さいよ。」

「はっはっはっ。コマツ君らしいな。さあ、任務が完了したのなら長居は無用だ。コマツ君!」

「分かりました。」

そう言うとコマツは、もう一度赤いボタンを押し、通信を切った。

「さて、ミライに帰りますか。コマツさん。」

タクシーの運転手がバックミラーごしに言った。

「お願いします。コマツさん。」

タクシーは、空を飛び、大きなエビフライの雲の中に消えていった。

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