第十一話

 仕事を終え、家のドアの前に着き、腕時計を見た時には、すでに午後十一時を過ぎていた。玄関のドアを開け、疲れた体に鞭を打ち、私は、スーツから部屋着へと着替えるため、真っ直ぐ寝室に向かった。ドアを開けると、そこには、疲れきった表情でベットに座り込んでいる私がいた。

「おう!」

私は、私に気付くと右手を上げて私に対し、気軽に挨拶を交わしてきた。

「お、おう・・・・・・・・・?」

私も右手を上げて私に挨拶を返した。これは、いったい何なんであろうか?あそこにいるのは、確かに私だ。ここにいるのも私だ。

「誰ですか?」

あまりの出来事に私は、思わず敬語で私に質問をしてしまった。

「誰って・・・・・・そりゃ私に決まってるじゃないか。」

決まっていた。この、私にそっくりな私は、どうやら私のようだ。それはもう、決まっていた。だったら、決まっているのであったら、それを踏まえて今一度、質問をしよう。

「なぜ私がいるのだ?」

「なぜって言われても・・・・・・私にも分からない。」

私の言う事は、確かに当たっている。なぜなら、私にも分からないからだ。私が分からない事を私が分かるはずもない。もし、私が私なら、同じような事を言ったであろう。

「まあ、少し落ち着いたらどうだ?」

確かに私の言う通り、私は慌てていた。慌てていたと言うより、パニックになっていた。パニックになっていたと言うより、慌てていた。そう、こんな有り様だった。だから、あえて問おうじゃないか私よ。パニックで慌てていながらも問おうじゃないか。

「なぜそんなに悠長にしていられるのだ?」

「悠長にって言われても・・・・・・慌ててたってしょうがないじゃないか。」

うん。それは、一理ある。納得だ。素直に納得だ。中々いい事を言うじゃないか私。さすが私。私じゃなければここまでナイスな事は、言わないだろう。ナイス私。私ナイス。だが、私は、私の言うように、落ち着く事など出来ない。

「慌ててもしょうがないかもしれない。がしかし、この事態は、慌てるのが普通じゃないのか?」

「分からないのか?慌てて問題が解決するのか?」

しない。するわけがない。した所を見た事がない。いい事言いまくりじゃないか私よ。よし!ここは、私の言う通り、少し冷静になろうじゃないか。

「分かった。まず初めに聞きたい。聞きたいと言うか、確かめたいのだが、そっちの私は、私だよな?」

「私は、私だ。」

「私も、私だ。」

そうか。やはり私達は、私なのだな。そっくりさんじゃなく、私なのだな。だったら考えるまでもなく次の質問をぶつけるまでだ。

「そっちの私は、この事態をどう思う?」

「分からない。分からないが、何かとてつもない事が起きているのは、確かな事実だ。」

「うむ。」

「同じ人間が存在するなんて、まるでフィクションじゃないか。」

なるほど・・・・・・・・・フィクションか・・・・・・・・・。ん?フィクション?フィクション、フィクション。そうか!

「フィクションじゃないのか?これ自体、フィクションなのでは?いやむしろ、フィクションでいいじゃないか。しっくりくるじゃないか!」

どうだ私!ずばりだろ私!

「フィクション?フィクションだったらこれは、夢って事か?」

「えっ!?」

夢?そうか!フィクション=夢と言う事か。気付きもしなかったぞ私。何て鋭い発想だ。鋭すぎて痛いぞ私。ん?つまりどう言う事なんだ?よし!ここは、冷静に分かったフリをして答えておこう。

「だろうな。」

「どっちの夢だ?」

は?

「私の夢なのか?それとも・・・・・・・・・私の夢なのか?」

そう言う事か。ん?

「私の夢だとしたら?」

「私が夢の住人と言う事になるな。つまり、そっちの私が作り出した幻。」

なるほど。

「じゃあそれで!」

「おいおい。勝手な事を言うんじゃない。私は、ちゃんと存在している。それならもし、私の夢ならば、逆にそっちの私の方が夢の住人だぞ。」

それは、困る。

「私は、現実だよ。」

「証拠は?」

証拠?そんなものあるわけないじゃないか。つねればいいのか?実際、私には、見えないだろうが、私は、さっきっからお尻をつねっている。ちねりまくっている。痛い!痛いぞ私。これが、この痛みが証拠として提出出来るのなら、私は、私だ。しかし、この証拠は、あまりにも幼稚すぎる。すぐに却下されるだろう。いや、もはやそれ以前に却下だ。

「無いんだな?」

ああ、無いよ。無いさ。しかし、証拠など関係ないじゃないか私!どっからどう見ても、あんなとこをそんな風に見たとしても、私は、私じゃないか。だいたい、だいたいだ。夢と現実なんて、感覚で分かる事だ。そもそも、そもそもがだ。これが夢でこれが現実だなんて、いちいち考えながら毎日を過ごしている人間がどこにいる。そんな奴は、いないぞ私。だから言おう。勇気を出して堂々と言おうじゃないか!

「しょ、証拠なんてものは、無い。」

「私もだ。そっちの私にこれが現実だと納得させる証拠など無い。逆に、これが夢じゃないと言う証拠もない。しかし、これは夢なんかではない。到底、理屈では説明など出来ない不条理な現実。納得するしない関係なく不愉快に侵入して来た現実。目で見た事実をそのまま受け入れなくてはならない恐怖感。紛れもなく安易に今の現実がこれなのだよ。」

ふむふむ。何だかわけが分からなくなってきたぞ。しかしだ。

「悪い事じゃないんじゃないか?」

「どう言う事だ?」

「素直にこの現実を受け入れて、有効利用すればいいじゃないか。」

「有効利用?」

「だって、考えようによっちゃあ、楽じゃないか。仕事だって、毎日行く必要がなくなるし、今までやりたくてやれなかった事だって出来る。これからもっと自由に人生が歩めるって事じゃないか。」

私は、何ていい事を言うんだ。自分で自分を抱きしめてやりたいよまったく。こんないい提案を私も否定できまい。

「馬鹿な事を・・・・・・・・・。」

ば、馬鹿?

「なぜだ私。」

「同じ人間が同じ世界の同一空間に同時に存在するなど、倫理的に許される事じゃない。有り得ては、ならない事なのだ。」

随分と気難しい事を言うのだな私よ。もっとお気楽でいいじゃないか。エンジョイしようじゃないか。ん?まてよ・・・・・・・・・これは、いろいろな事が出来るぞ。例えば、完全犯罪だって夢じゃないぞ!完璧なアリバイ工作が出来る!いける!これは上手い事やればいけるぞ!絶対やれるぞ完全犯罪!って私は、いったい何を考えているのだ。

「ましてや、そっちの私が良からぬ事を考えないとも言えんからな。」

ドキッ!

「もし、別の私が何か悪さでもしてみろ。何もしていない私にまで、迷惑がかかる。私自身がした罪ならば罰を受けよう。しかし、身に覚えのない罪で罰を受けるなど馬鹿らしい。つまり・・・・・・・・・。」

ん?つまり何だ?何が言いたいんだ?勿体振ってないで聞かせてくれよ私。気になるじゃないか。

「いらないのだよ。」

えっ?いらない?

「私の平穏な生活を邪魔する私など、必要がないのだよ。」

何を言っているのか私は、さっぱりだぞ私。

「分からないか?本当なら今私が言った事なんて考える必要すらない事なのだよ。そんなややこしい過程を踏まずとも、最初から答えは出ている。」

分からない。私の言わんとしている事がまったく理解出来ない。

「何が言いたい。」

「一人が消えなければならない。こんな馬鹿げた事態など、絵空事の世界だけで十分だ。現実世界では、決して有り得てはいけない事なのだよ。」

妙な雰囲気になってきたぞ。何かが妙だ。こいつは、本当に私なのか?私に変装した誰かなのか?だったらまずい!慌ててはいけない。落ち着くんだ。とにかく、何かとてつもなく妙な予感がする。ここにいてはいけないと、私の何かが感じとっている。一秒でも早くこの場を立ち去らなくては、大変な事になる。こんな時は・・・・・・・・・散歩だ!

「ちょっと気分転換に散歩でもしてくるよ。」

もっと冷静になろう。頭の中を一回空っぽにしてから、もう一度あらゆる観点と角度と視点から注意深くじっくり考え直そう。今の私の頭では、きっと簡単な算数の問題すら解けないだろう。

「じゃあ。」

よし。このまま、このままだ。このままゆっくり歩いて玄関に向かおう。

「カチャッ!」

ん?何か後ろの方で音がしたぞ?何だ?何なんだ今の寝室内に響く不協和音は?よし。ゆっくりだ。ゆっくりと振り向いて確かめようじゃないか。・・・・・・・・・銃!?

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「バン!バン!バン!」

「ドサッ!」

撃ち殺された私が、黒い塵となって消えていく。いったいこの光景を何回、目にした事か。朝から続くこの不可解な現象。ふと、腕時計を見るたびに考えてしまう。もし、時計の針が午前0時を回った瞬間、また日曜日の朝がやって来たらどうしようか?と。私が焦燥感にかられながら、ベットに座っていると

「ガチャ。」

また、私が帰って来た。そして私は、ゆっくりとこう呟く。

「終わるのか?」

そして、心の中でこうも呟く。「果たして私自身、本当の私なのだろうか?」と。


第十一話

「黒い日曜日」

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