第四話

 このラブホテルの屋上がベストポジションと決めてから三時間が経過し、やっとターゲットが現れた。今回のターゲットは、あのオープンカフェのオープンプレイスで優雅にコーヒーを堪能している老紳士だ。なんでも国家機密を保持しているらしいのだが、私には、まったく関係の無い事だ。依頼人の理由とターゲットの原因には干渉しない。それが私のルールだ。もう、トラブルに巻き込まれるのは、ごめんだ。約束の報酬が頂ければそれでいい。完璧にターゲットの息の根を止める。それがヒットマンとしての私の仕事だ。

「あいつ、またコーヒーのおかわりをしたぜ。」

さて、この男はいったい何者なのだ?

「あーあ、あんなに砂糖を入れちまって、あれじゃあ、コーヒーがまずくなっちまうよ。あそこのコーヒー飲んだ事あるかい?美味いんだぜ。今度飲んでみなよ。あっ!見てみなよ。また、カップの中に入れ歯を落としてるぜ。でもって、またバッグからスペアーの入れ歯を出して装着して、そんでもってまたコーヒーのおかわりを頼んでるよ。あのじいさん、いったいいつになったらコーヒーを飲むんだ?そもそも、コーヒーを飲むだけなら入れ歯を装着する必要ないんじゃないか?まったく、何しに来たんだか?」

それは私も同感だ。と同時に私の中では、君も同等だよ。いったい君は、ここに何をしに来たのだ?ライフルを持ち、うつ伏せになり、スコープから老紳士を見ている。これではまるで君もヒットマンで、彼を狙っているみたいではないか。三時間前から気さくに話し掛けてくれてはいるが・・・・・・・・・仕方ない。いつまでも無視をしているわけにはいかなくなってきたようだな。もしも、この男のターゲットと私のターゲットが同じだとしたら・・・・・・・・・。

「君に尋ねたい事があるのだが?」

「んっ?やっと口を開いてくれたようだな。」

「君は、ここで何をしているのだ?」

「見れば分かるだろ?殺し・・・・・・・・・だよ。」

やはり・・・・・・・・・。

「あんたは?デートの待ち合わせってわけでもなさそうだけど?」

「君のターゲットは、誰なんだね?」

「おっとっとっと。それは、言えないね。守秘義務ってもんがあってさ。あんたが先に言ってくれたら言ってもいいけど?」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

やはり、ターゲットはあの老紳士か。

「ほらな。あんたも言えないだろ?まあ、あれだよ。そんなに考えたってしょうがないさ。時間が来ればいずれ分かる事なんだし、それまで楽しくやろうよ。相棒みたいなもんなんだからさ。」

相棒だと?ふざけるな!私は、今まで一人で依頼をこなしてきた。これからだってそうだ。

「あっ!見てみなよ。あのじいさん、横を通った美女に話し掛けてるぜ。素通りされてやんの。そりゃそうだ。あっ!くしゃみで入れ歯が飛んで女のお尻に噛み付いた!あーあ、そりゃ殴られるよ。何考えてんだか?」

それは君の事だ。いったい何を考えている?

「あんたはこの仕事、何年やってるんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「また、だんまりかい?どうせもう二度と会う事は無いんだし、記念に少しお喋りしたって、罰は当たらないだろ?」

「五十年だ。」

「こいつはたまげた。」

「物心ついた時からこの仕事をしている。」

「じゃあ、もしかして、殺し屋一家ってやつかい?」

「そうだ。」

「俺なんてまだまだ、これだけだよ。」

「そうか、十年か。」

まあ、ヒットマンとしては、これからって時だな。

「一年だよ。」

何!?一年だと!?ルーキーじゃないか!

「いったいあのじいさんは、あそこで何をしているの・・・・・・・・・か?」

突然何を言い出すのだ?

「誰かを待っているのか?ただ、午後のひとときをコーヒーで満喫しているだけなのか?それとも、もっと大きな何かを秘めているのか?」

「なぜそんな事を聞くのだね?」

「暇つぶしだよ。そこに意味なんて無いさ。ふと、思っただけだよ。」

「私は、あんまり他人の人生には興味が無い。彼が何をしてきて、何をして、何をするかなど、あまりにも関係の無い事だ。」

「なるほどね。だったら俺の考えを聞いてくれよ。いったいあのじいさんは、あそこで何をしているの・・・・・・・・・か?」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

何が可笑しい?なぜ私を見て笑う?

「・・・・・・・・・きっと誰かに殺されるのを待っている。」

これで決まりだな。このルーキーのターゲットもあの老紳士のようだ。

「なんてね。」

今更わざとらしく惚けても無駄だよ。

「そうかもしれんな。」

「ん?興味無かったんじゃないの?」

馬鹿にしているのか?

「人に命を狙われてるのは、どんな気持ちか考えた事があるかね?」

「さあね。場合によるさ。特に俺らみたいな奴に狙われてたら、それに気付く事なんて無いと思うね。ほら、あのじいさんのように。」

若いな。人は、命をターゲットされた時。無意識にシグナルを発するのだよ。私は、何度も経験がある。引き金を引く瞬間、スコープを覗く私の目とターゲットの目が合う時が・・・・・・・・・気付くものなのだよ。人は・・・・・・・・・。

「さあ、もう無駄話は終わりにしよう。帰って美味しいコーヒーが飲みたくなってきたよ。」

「あのじいさんをあんたに殺させるわけには、いかないんだよね。」

「何!?」

「知ってるかい?依頼人は、直接ターゲットを始末した人間だけに報酬を支払うって?」

なるほど。ここにヒットマンが二人。そして、ターゲットが一人。私と君の勝負って事か。

「ギャンブルは、あんまり得意ではないのだが、嫌いではない。」

「何言ってんだか?この仕事自体がギャンブルみたいなもんじゃないか。」

「そうかもしれんな。」

「まあ、勝負はすでに決まってるけど。」

「ほほう、ずいぶんと自信があるようだな。」

「自信?確信だよ。」

若いな。だが、その心意気は立派だ。しかし、若いからこそ必要な時があるのだよ。敗北が・・・・・・・・・。

「そろそろ決めようじゃないか。」

「カチャッ。」

「決めよう?決まってるって言ってるだろ?」

「カチャッ。」

初めてだな。スコープを覗く人間の横でスコープを覗き、ターゲットを狙うのは・・・・・・・・・。

「あれは!?」

「気付いたかい?」

「ああ、あの円盤は、いったい何なのだね?」

「ありゃ、UFOだ。」

なんと!?あれがUFOなのか!実際、この目で見るのは初めてだが、随分と小さいものなのだな。蝶ぐらいの大きさと言ったところか。

「あのじいさん、まったく気付いてないぜ。」

老紳士の頭の上をクルクル回っている。その回り方は、実に不規則だ。何かしてるようにも見えるのだが・・・・・・・・・。

「あれはいったい!?」

何なのだ?老紳士の頭の上に、摩訶不思議な模様が作り出されたではないか!

「ミステリーサークルだよ。髪の毛でミステリーサークルを作ったんだ。」

あれがミステリーサークル!聞いた事はあったが、これまた見るのは初めての事だ。

「なあ、UFOの窓を見てみなよ。」

振っている!?全身灰色の大きな目の宇宙人?が二人で手を振っている!我々になのか?あっ!?

「行っちまった。」

「ああ、行ってしまったみたいだな。」

老紳士よ。優雅にコーヒーの香りを堪能している場合ではないぞ。凄い事になってしまっているのだぞ?自分の頭のてっぺんが!

「なあ、あのじいさんって双子だったか?」

「そんな話は、聞いていない。どうしたのだ?」

「だったら、じいさんの後に立っている、じいさんそっくりのあのじいさんは、誰なんだ?」

いつの間に!?本当にそっくりだ。しかし、無表情でどことなく生気を感じられない。何者だ?まさか!?新手のヒットマンか?

「あれってまさか!」

「知っているのか?」

「ドッペルゲンガー!」

ドッペ・・・・・・・・・?ドッペン・・・・・・・・・?なに?

「何だって?」

「ドッペルゲンガーだよ。もう一人の自分だよ。自分の死期が迫っていると姿を現すって言われてる現象だよ。」

「つまり何だと言うのだね?」

「簡単に言うと出会ったら死ぬ!あのじいさんが、もし振り向いてあいつと対面した時、あのじいさんは死ぬ!!」

そう言えば、そんな現象を聞いた事がある。我々に命を狙われているからこそ出て来たのか?いずれにせよまずい。老紳士よ。絶対に振り向いてはいけな・・・・・・・・・ん?ドッペルゲンガーが床に置いてある老紳士のバッグをあさり出し、スペアーの入れ歯を取り出して装着した!帰るのか?帰ってしまうのか?そうか、帰るのだな。いったい何をしに来たのだ!

「どうやら、あれを取りに来ただけのようだぜ。」

「そのようだな。」

まあ、何はともあれ一安心だ。何!!!

「な、何だあれは!?」

「えっ?」

「頭上を見たまえ!」

「おいおいおい。宇宙人、ドッペルゲンガーの次は、黒いマントに大きな鎌を持ったガイコツかよ!」

「いいのだな?あれはあれでいいのだな?」

「いいんじゃないか?あれは、誰がどう見たってあれだろ?」

死神!どうなっているのだ?お迎えか?それとも我々に殺される老紳士を待っているのか?しかし、老紳士を自ら迎えに来たと言うのならば・・・・・・・・・。まずい!これでは、私が直接殺す事にはならないではないか。

「おいおいおい!鎌を大きく振りかぶったぞ!!」

殺す気だな!死神に手柄を譲るほど、私は若くはない!どうやら!

「今のようだな!」

「ターン!ターン!」

「待ってました。」

同時?いや、私の方が幾分早かったようだな。ん?死神がいない。どうやら、諦めて帰ってしまったようだ。

「ピューン!」

「ピューン!」

「カンッ!」

「ヒュンッ!」

ん?なに!?ルーキーの弾と私の弾がぶつかった!!ぶつかった?ぶつけたのか?私の弾がそれて壁に当たった。偶然なのか?これがもし必然ならば、私は、ルーキーをなめていた事になる。何にせよ次で分かる事だな。

「引き分けのようだな。しかし次は、今回のようにはいかないぞ。」

「引き分け?何言ってるんだ?俺の勝ちだよ。問題!あんたの弾は、壁。さて、俺の弾は、どこに行ったの・・・・・・・・・か?」

「何を言っ・・・・・・・・・!?」

血!?

「そう。あんたの眉間の奥深くだよ。真上の死神がお待ちかねだぜ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

ば・・・・・・かな・・・・・・。はじ・・・・・・・・・めから・・・・・・このわた

「ガクッ。」

「任務完了・・・・・・・・・と。」

「ピロリロリロ、ピロリロリロ、ピロリロリロ。」

「ピッ。」

「はふほふほふひ。」

「入れ歯付けてくんないと何言ってるか分からないんですけど?」

「カポッ。」

「すまんすまん。ご苦労さん。これでわしも命を狙われながら、コーヒーを飲まずにすみそうじゃ。そうそう、約束の報酬だが、コーヒーの味を満喫した後で振り込んでおくとしよう。」

「よろしく。」

「ピッ。」


第四話

「ターゲット」

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