済し
僕は強くなる為に霊界の重鎮、ベレー帽がよく似合うおじいさんの元へと浮遊しながら向かった。
本当は鳥みたいに飛翔したかったけど、どうしてもふよふよとしか行けなかった。
これもきっと僕が弱いせいだろう。
強くなりたいんです。
点々と浮いている霊に居場所を訊きながら、ようやく松に寝そべっていたおじいさんを見つけると、勢いよく頭を下げた。
何の為に。
おじいさんは寝そべったまま尋ねた。
何の為に強くなりたいの。
(彼女の為に)
本心だ。
彼女の為に。
だけど、彼女の為だけに、じゃない。
この世に留まる霊のほとんどは、自分が成仏できない理由がわかっていない。
生前のことをほとんど覚えていないからだ。
覚えていたとしても断片的。
きっと悔いていることがあるからだろうっていうのが、霊たちの考え。
悔いていることが何か。
どうにかなるさと流れに任せる人もいれば、思い出したい人もいて、思い出さずに早く成仏したいっていう人もいる。
思い出したくて思い出せない霊。
成仏したいのに成仏できない霊。
祓い人に見つけてもらった人は叶えてもらえるけれど、そうじゃない霊が多い。
苦しんで、苦しんで、苦しんで。
悪霊になってしまい、霊を襲うのだ。
想いを伝えたいと彼女は言った。
弟弟子が一人前になったらって。
目の前にいて、話せられるのは、この刻しかない。
先延ばしにしてほしくない。
一寸先は不可思議だから。
生きている今でどうにかしてほしい。
だけど、彼女は彼女自身と弟弟子のことを一生懸命考え抜いて、導き出した答えなんだと思うから。
彼女の考えも尊重しつつ、彼女の好きって気持ちを早く伝えられるようにもしたい。
後悔して、僕たちみたいに、この世に浮くだけの存在になってほしくない。
(まあ、彼女は浮くだけの存在にならないで、このおじいさんみたいに霊を手助けしそうだけど)
『ごめんね。いきなり変なことを話して。あはは。ちょっと、誰かに弱音を聞いてほしかったのかも』
あなたはどうしたい。
彼女に訊かれて答えられなかった僕に、彼女は身の内を告白した。
弟弟子が一人前になったらって決めてはいるけど、今伝えなかったことを後悔しそうで怖いって。
『後悔しない生き方をしなさいって言われているんだけどね』
彼女は笑ったけど、胸がグッと苦しくなった。
彼女には笑っていてほしい。
話したのはこんなにも短い時間だけれど。
この短い時間に一生分が詰まっているんじゃないかって感覚で。
強く、深く、濃く、僕に刻みつけられて。
強く、強く、強く思ったんだ。
強くなりたいのは何の為?
そんなの決まっている。
「幸せになる為です!」
「えー。おっちゃん。淡々とした霊が好きだから君みたいに熱々とした霊はやだ」
「え!?」
ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
(2022.5.9)
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