リゾートバイトの神様

未来野未朝希

第1話



明日の朝、5時半に社員さんが迎えに来る。

なのに、全然眠くならない。

ああ、どうしよう。

明日から、お盆が始まるっていうのに。


就活に失敗し、そのまま大学を卒業して、結局仕事も何も決まらないまま、ただぼんやりしていた私は、思い切って地方のテーマパークのアルバイトに申し込んだ。

夏休みなどの長期休みを利用して、期間限定で地方にあるテーマパークでアルバイトをするという、いわゆる『リゾートバイト』というやつだった。


テーマパークと言えば、バイトをしながらパレードとかキャラクターが見れるかも知れない!

そんなワクワクを抱えて、ボストンバッグを抱えて、電車に揺られること2時間。


早速始まった研修で私は固まった。


「アウトパーク…?」


説明すると、アウトパークとは文字通り、パークのアウト=外。

そう、パークの外という意味だ。

パーク外にお店と飲食店があって、そこは駐車場に一番近く、入園前や退園後に食事が出来る、という場所だった。

お客さん目線では、便利で有り難いお店なんだと思う。

思うけど、なんでよりによってアウトパークを引いたのか。

くじ引きじゃないんだから、社員さんが決めたのだろうけど、明らかに私のテンションは下がった。


もちろん、仕事なのだから浮ついた気持ちではいけないけど、少しぐらい可愛いキャラクターとかパレードが見えたら疲れも吹き飛ぶ気がしちゃうのは許してほしい。

なにせ、目の前にはバス・バス・バス!

ああ、私の夏。


まあ、そんな始まりだった私のリゾートバイトは、それでも、なかなかに楽しいものだった。

まずは、食事の美味しさ。

寮の食事も美味しいけど、社員食堂もいつも安くて美味しいものが出る。

大学に入ってから、一人暮らしをしていて常に金欠だった私には、手作りの夕食が出て片付けもほとんどしなくていいなんて、パラダイスだった。


それと、リゾートバイトならではの、寮の目の前が海!というロケーション。

土日に早番の日などは、夕食後、外に出れば花火が上がった。

寮も、同室の人とはそんなに絡まなくても許された。

漫画を多めに持って行っておいたおかげで、友達はすぐにできた。

自分のベッドと、せまいけど机もある。

唯一、慢性的に『買い物難民』という一点を除けば、なかなか快適な生活を送れた。



そう、お盆までは。

お盆経験者の山田先輩と田中先輩は口を揃えてお盆を地獄だと言った。


「いいか、まず、開園時間が早くなる。それに合わせて早くから出勤して準備するんだ」


「更に、遅番スタッフはシャトルバスが渋滞で遅れるから数キロの距離を徒歩で通う」


・途切れないお客様の列、列、列!

・作る数倍の速度で通り続けるオーダー

・洗っても洗っても消えない洗い物

・拭いても拭いても汚れていく机

・捨てても捨てても一瞬で満杯になるゴミ箱

・数分おきに発生しては泣き叫ぶ迷子

正に阿鼻叫喚の地獄!


山田先輩と田中先輩の話はほとんど、学校の七不思議みたいなネタ化しているものの、どれ程ヤバいかは伝わった。

ゴールデンウィークはこの倍、シルバーウィークはこの3倍の地獄であるという。

そんなもの、狂気の沙汰じゃないか。


そんな話をされたら、眠れるわけがない。

私はため息をついて部屋を出た。

真夜中だから、音を立てないように、そっと。


寮の玄関から外に出る。

玄関の時計は午前3時を回ったところだった。

この寮では、深夜でもカードキーがあれば出入りが可能だ。

昔は門限があって、カラオケで門限を超えると朝まで歌うしか無かったとバイトの生き字引の様な田中先輩が遠い目で言っていた。


真夜中の寮の外は真っ暗だった。

一応、街灯はある。

あるのだけど、街灯の絶対的な本数は少ない。

他に建物が少ない上に、少し離れたところにあるお隣さんも、就寝しているのか明かりが点いていない。

私は階段を登って海辺に下りてみた。

猫の額ぐらい小さな砂浜が、そこにあった。

海水浴場などではない、ほんの少しだけある砂浜。

目がなれてくると、雲ひとつ無い空には月明かりがそれなりにあって見渡せる。


その砂浜を見下ろすように座ると、来る途中自動販売機で買ったコーヒーを飲む。

このままじゃ5時半に起きるなんて無理だろうから、このまま起きるつもりだった。

昨日は帰宅してからしばらく寝たので大丈夫だろう。


スマホで音楽を聞きながら、ただ海を見てコーヒーを飲んだ。

静かな、真っ黒い夜の海が、テトラポットにタプタプと音を立てる。

そこに、船が現れた。


こんな時間に船?と不思議に思ったけど、乗っているのはよく見知った人だった。

金髪に染めた肩までの髪を後ろで結んでいるその姿は、寮の隣にお店を構えているサーフショップのお兄さんの了さんだった。


「よぉ、こんな時間になにしてんだ不良娘め」


船を杭に結びつけると、私の頭をぐしゃっと撫でた。


「わ、……了さんこそ、こんな時間に船なんか出してどうしたんです?」


そう聞くと、了さんは少し困ったように笑った。


「ちょっとな…」


了さんはハーフらしく、きれいな顔立ちをしている。

リゾートバイトの女の子達の中でかなり人気があって、毎年何人かが告白をするらしい。

同室の女の子たちの中でもかなり人気があるのだから、何十人が告白をしていても頷ける。

了さんはここにお店を構えてからの10年、頑なに告白を断り続けているらしい。

了さんには好きな人がいて、悲恋だったという噂がまことしやかに囁かれている。

影のあるイケメンはモテる。

そんな噂が更に彼の人気に拍車をかけていた。

あくまで噂だと思っていたけど、こんな困った笑顔を見たら、本当かも知れないと、堤防の杭にロープでボートを固定している了さんの横顔を見ながらドキリとした。



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