春と夏

俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き

春と夏

春が終わった。


まだ、そう言い切るには少し早いのかもしれない。


寝るときに毛布をかぶるし、何ならその上に布団を乗せる。


けど、寝る前に窓を少しだけ開けて風を入れたりもする。


まだ春かのか、もう夏なのか。


暦の上ではなんたらこうたら、気象予報士的にはどうたらこうたら。


そういう話じゃなくて。

なんとなく、心持ちとして気になった。


気になった――――








――だからといって、その日に電車に乗って田舎に向かうやつがいるか……。


他に乗客は若い親子の二人しかいない電車の中で、ため息をつく。


何で乗ってしまったのかと、後悔をしても後の祭り。


東京からもうすでに数時間。

外を見れば富士山が大きく見えるようになっていた。


ふと春と夏どちらなのか気になって、次の日が休みなのを確認すると、チケットを取ってしまった。


なんで、取ったんだろうな……。


4月が終わったのに、環境とかが変わることもなく、ただ同じ毎日を今年も繰り返すのだと思って、少しだけ変な気分になったからだろうか。


周りの環境は良いと思うし、人付き合いもそこそこにはできてると思う。


世間的に言えば負け組ではないし、いろんなことが平均よりは少し上と自負している。


毎日が、充実していないわけではない。


けど、なぜだろうか。


なんとも言えないが、有り体な表現をすると、あれだ。


心のどこかにポッカリと穴が空いたように、何かが足りないってやつだ。


その“なにか”が、コンクリートジャングルから一度抜け出せば見つかると思ったのかもしれない。


ぼーっと外を眺めていれば、中年の車掌のアナウンスが聞こえてくる。


駅だ……。


車掌さんに軽く頭を下げて、駅に降り立つ。


同じコンクリートなはずなのに、何故か東京のものよりも柔らかく、温かいような気がしたのは、多分気のせいだ。


それか、見上げた空にまるで絵に書いたような見事な入道雲が鎮座していたせいか。


空を見上げながら、ゆっくりと駅を出た。


田舎の景色が目に入る。


風景描写をするとすれば、アスファルトの一本道に、両側の田んぼ。


少し臭い側溝に、心地よい音を立てて流れる用水路。


人の声は聞こえず、蛙の大合唱とよくわからない虫の高い声が耳を撫でる。


時折風が強く拭き、目を上げれば山々の輪郭が重なって、奥の方は影しか見えず。そのさらに上には、見事な青のグラデーションの空にコントラストの映える真っ白な雲。


…………。


何を言うでもなく、空を見上げてしまう。


ただただ広くて青い空。

遠くからかすかに農作業の音が聞こえてくる。


別に田舎で育ったわけじゃないのに、どこか懐かしくなって。胸の奥が騒ぎ始める。


はぁ、ほんとうになんで来たんだろうか。


そう強く思って、でも、ここまで来てすぐに帰るのももったいないと思い直す。


近くの川にでも行ってみようかとスマホをポケットから取り出して……仕舞い直した。


駅舎に戻り、壁にかけられた薄汚れたファイルから一枚地図を抜き取る。


頑張っているのに、どこか素人感の抜けないレイアウトと色使いに苦笑しつつ、アスファルトの道へと歩を戻す。


見上げれば、ずっと変わらない青い空がそこにはあって。


高い高い雲もあって。


それを見上げて、意味もなく手を伸ばしてみたくなってしまう。




今は、春か夏か。




そんなの、意味のない問いだ。




それは、いま立っている地面がアスファルトなのかコンクリートなのかを問いかけるようなものだから。




そんなの、知るわけもないし、彼らの方だって、自分がコンクリートかアスファルトかなんて意識したことないだろう。




つまりは、そういうことなのだ。





自然相手に、そういうことを尋ねることがそもそも間違いだったのだ。




あぁ、自然とはなんと素晴らしいのだろうか。





空いた穴が塞がっていくのを感じながら、もう一度空へと手を伸ばす。











今は―――――今、だ。


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春と夏 俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き @Ch-n

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